いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第三章~お披露目~

百三十七話【SIDE:陽平】 一月二十一日(零時八分)ちょっと加筆しました!

 実家のリビングのソファで、俺は母さんと向き合っていた。大学に行こうとしたところ、呼び出されたのだ。
 
「陽平ちゃん、どうしたの? 浮かない顔して」
 
 ティーカップを片手に、母さんが小首をかしげる。
 出された茶に手もつけず、座り込んでいる俺が不思議なのだろう。
 
「……母さんこそ、急になんなんだよ。俺、講義あんだけど」
 
 今朝、目が覚めて見りゃ、晶はいないし。追いかけようにも、玄関の惨憺たる有様を、放っておくわけにはいかず――ようやく、掃除を終えたところだったのに。
 不満を述べると、母さんはくすくすと笑いを零す。
 
「いいじゃない。日数くらい、計算してるんでしょ」
「そうだけど……」
「ねえ、それより、晶ちゃんとは最近どうなの。仲良くやってるの?」
 
 母さんは、「話は終わり」とばかりに手を叩き、身を乗り出す。昔から、なんでも自分の思い通りにする人だ。俺はため息をつき、応えを返す。
 
「別に、普通だよ」
「もう、なに照れてるのかしら。そろそろ、婚約とかしないの?」
「はあ?!」
 
 とんでもない期待に、ぎょっとする。
 
「そんなわけないだろ! あいつは、婚約者がいるんだぞ」
「何言ってるの! 晶ちゃんの婚約者って、酷い奴なんだからね。私、よく相談されてるから知ってるのよ。仕事ばかりで、発情期くらいしかマメに帰ってこないし。プレゼントだって、趣味じゃないものばかりだって! 奪ってあげた方が、晶ちゃんも幸せに決まってるわよ」
 
 拳を握り、力説する母さんに腰が引けてしまう。
 つか、その理屈だと、母さんも父さんと離婚する羽目になるような気がするけど……
 
「俺はただ、晶を守りたいだけだ。奪おうとかじゃない。それに、あいつがどんなつもりかは……」
「陽平! あなたには、男の責任ってものがあるでしょう?」
 
 叱咤され、ぐっと詰まる。
 母さんは、勝ち誇ったように胸を張った。
 
「貴方たちが初めて結ばれたのは、どこだったか……。お父さんにバレないように、使用人に口留めしてあげてるのは、無責任なことをさせるためじゃないのよ」
「……う」
 
 晶と初めて抱き合ったとき、この家だったのは痛恨の極みだ。
 
 ――あの夜は、成己のことでむしゃくしゃして、上手くフェロモンが制御できなくて……晶が偽発情を起こしちまったんだ。
 
 抱きしめて、宥めているうちに、晶の唇が俺に触れていて……そこから先は、嵐のようで。朝まで、休みなく抱き合っていた俺たちは、起こしに来た使用人に見られてしまったのだ。
 そうなると、母さんにバレるのは必然だった。 
 
「いい? 晶ちゃんと結婚なさい。あなたは城山家のアルファよ。晶ちゃんみたいな良家のオメガが、あなたには合ってるんだから」
 
 母さんは、熱を込めて言う。
 晶との関係がバレて以来、しきりに結婚するようにとせっつかれている。母さんは、昔から晶を可愛がっているから、嬉しいのだろう。大きな損失を被ると解っていて、成己との婚約解消を認めてくれたのも、「晶が息子になる」という期待があったからかもしれない。
 
「わかってる……けど」
 
 煮え切らない俺に、母さんの表情が険しくなる。
 
「もう、はっきりしなさい! なんのために、あの子と婚約破棄したのよ。晶ちゃんを守るためじゃないのっ!?」
「……!」
 
 母さんは叫び、だん、と踵でローテーブルを蹴りつけた。ティーカップががしゃんと音を立て、茶がテーブルに赤く広がった。使用人が慌てて駆け寄ってきて、布巾で拭い始める。
 
「あなたはアルファでしょ! 大切なオメガを守るために、どーして戦うことができないのよぉ!」
 
 母さんの唐突な不機嫌は、いつものことだ。……番である父さんがいなくて、不安があるのだと思う。
 俺は、苛々と髪を掻きむしる母さんに駆け寄り、「ごめん」と謝った。
 
  ――プロポーズすれば、母さんが喜ぶのはわかってる。なのに……
 
 俺はどうしても、「うん」と頷くことが、出来ないでいた。
 胸の奥で、何かが「違う」とざわめくのだ。
 
「俺は……」
 
 言いかけた時、廊下を進む荒々しい物音が聞こえてきた。
 バタン! と壊れんばかりの勢いでドアが開き、誰かが中に飛び込んできた。
 
「――陽平ママ!」
 
 晶だった。
 晶は、俺と目が合うと――静謐な美貌をくしゃりと崩す。真黒い目から、ぼろぼろと涙をこぼした。
 母さんは、俺を突き放すように立ち上がる。
 
「晶ちゃん、どうしたのっ?」
「俺、成己くんがわからないっ……!」
 
 駆け寄った母さんが、泣いてる晶の背を擦った。
 
 ――成己? 成己がどうして……
 
 じっと見守っていると――晶は切れ切れの息で、苦し気に言葉を紡いだ。
 
「成己くん、結婚したんだよ。野江さんと……!」
 
 ――え?
 
 成己が、結婚?
 
「なんですって!? どうしてなのよ!」
「わからない……でも、本当なんだ。どうしよう、陽平……」

 涙を流す晶の肩を、母さんが強く抱く。俺は、その光景を呆然と眺めていた。
 脳裏に、成己の声が再生される。

――『ねえ、陽平――』



 夕暮れの中、俺と成己の影が、伸びている。
 そっぽを向く俺の手を、華奢な手が掴んだ。思いのほか、しっかりとした力に驚く。

「なんだよ?」
「ねえ、陽平。ぼく、頑張るからね」
「え……?」

 はしばみ色の瞳が、じっと俺を見上げていた。しらず、息を飲むと、成己は懸命な様子で言葉を紡いでいる。

「陽平のお父さんとお母さんに、認めて貰えるように。陽平と、ずっと一緒にいたいから」

 はにかんだ笑顔が、夕日に溶けていく……



――あのとき、俺はどう思ったんだ? 俺は……

 
 晶の啜り泣きと、母さんの怒声の響くリビングで、俺は呆然と立ち尽くした。

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