いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第三章~お披露目~

百四十話

「えっ」 
「あ……!」
 
 きょとん、と目を丸くした宏兄に、ぼくはわれに返った。
 
 ――馬鹿~! つい焦って、直球で言っちゃった……!
 
 エッチしないの、やなんて。初めてキスした日に、「どんな奴だ」って思われちゃう。
 両手で顔を覆って、丸くなっていると――ぎしり、とベッドが軋んだ。
 
「成」
 
 低い、静かな声が降ってきた。
 
「……!」
 
 大きな手に包まれた肩が、びくりと震える。
 宏兄、何を言うんやろう? ぼくは怖くなって、捲し立てた。
 
「ち……ち、違うの!」
「ん?」 
「えと、違わんけど……そうじゃなくて……ぼくっ……」
 
 なんとか弁明したいのに、しどろもどろになっちゃう。
 焦っていると、ふわりと体が持ち上げられた。あぐらをかいた宏兄の腕の中に、閉じ込められてしまう。
 
「わかってる」
「ひ、宏兄……」
「こういうことしないのか……ってことだろ?」
「あ……!?」
 
 太腿をするりと包むように撫でられて、息を飲んだ。
 きっと、顔も真っ赤になってるはず……。宏兄の腕の中で、人形みたいにガチガチになっていたら、くすりと低い笑い声がした。
 
「可愛い」
「……っ」
 
 耳に、キスが降ってくる。額や、頬にも……くすぐったくて、ぎゅっと目を閉じた。
 
「ゃ……」
 
 ぼくの体は、燃えそうに熱くて……触れられたとこから、ジュッて音がせんのが不思議なくらい。
 宏兄のシャツに、震える手でしがみ付いていると、ぎゅっと抱きしめられた。
 
「はい、おしまい」
「……え」
 
 涙目を瞬くと、宏兄は苦笑する。
 
「無理をするな。これはまだ、怖いんだろ?」
「あ……」
「ゆっくりでいいよ。最初に言った通り、俺は待てるから」
 
 抱きしめられたまま、あやすように背を擦られる。宏兄はいつも通り、優しい香りがした。
 そのことが、なんでか凄く悲しくて……ぼくは、ぶんぶんと頭を振った。
 
「……っ、無理してないもん」
「成? どうし――」
 
 シャツにしがみ付き、切れ長の目を見上げる。
 
「ぼく……子どもっぽいし、色っぽくないからっ。宏兄、その気にならへん?」
「へっ?」
 
 宏兄の目が、驚きに見開かれる。その反応に、頬がかああと熱くなった。
 
 ――……そ、そりゃそうやん。ぼくなんか、綺麗でもないし……宏兄にお似合いでもない。
 
 なにを、自意識過剰な事言ってるんやろう……!
 死ぬほど恥ずかしくなって俯けば、やせっぽちの薄い体が目に入った。
 陽平に捨てられた、ぼくの体……
 
「……っ」
 
 ……ぼく、考えてたんよ。
 陽平が、友達のぼくを助けるつもりやったみたいに……宏兄も、弟のぼくを助けるために、傍に置いてくれたんやとしたら。
 恋人みたいには、なれへんよねって。
 
 ――でも……それじゃ、不安やったん。寄っかかってばっかじゃ、陽平のときみたいになっちゃう……
 
 やから、進みたかった。ちゃんとした夫婦になれたら、離れずにすむかもしれへんって。
 唇に、そっと触れる。――今日、はじめて宏兄が触れてくれたところ。
 宏兄が、応えてくれたって、嬉しくて……つい調子に乗ってしもた。
 
「ごめんなさいっ……忘れて!」
 
 ぼくは宏兄の胸を押して、膝から降りようとした。その瞬間――ぎゅっ、と力を込めて抱き締められる。
 
「あっ!?」
 
 顎に指がかかって、上を向かされたと思うと……唇にキスされていた。
 
  
 
 
「んっ……」
 
 驚きのあまり、きつく目を閉じる。
 温かい腕に抱きしめられながら、何度も、唇が触れ合った。……陽平と違う。触れるだけの、優しいキス。
 なのに……チャペルでしたキスとも、全然違う。
 もっと、うっとりするほど甘くて、体が痺れるみたい。
 
 ――こんなの、しらないっ……
 
 ぼくの唇が、愛でられてる。温かくてしっとりした唇に、言葉以外の方法で……。 
 息を吸うと、鼻にかかった甘えた声が出てしまう。
  
「……かわいい、成」
「ぁっ」
 
 つやめいた声を唇に吹きこまれ……熱く目が潤んだ。
 必死にしがみ付いていると、強張った肩を撫でられる。五本の指で、優しく宥められて、ぞくぞくした震えが背筋を走りぬけた。
 
「……あぅ……っ」
 
 また、唇が重なる。大きな手に頬を固定されて、ぼくは燃えそうな頭の中で、激しい鼓動の音を聞いた。
 宏兄のフェロモンは、苦しいほどで……森の香りに、お腹がじわじわと甘痒くなってく。
 
 ――……からだ、あつい……
 
 長いキスのうちに――唇をぴったり合わせたまま、背中がベッドにくっついてしまった。
 
「……ひろにいっ」
 
 涙に滲んだ視界に、天井を背負った宏兄が映ってる。
 覆いかぶさられて、はじめて……宏兄の大きさを、思い知らされた。――強くて、大きいアルファ。きっと、ぼくがどんなに暴れても、逃げられへん。
 ぞくん、とお腹の奥が震えた。
 
 ――……恥ずかしいっ……こわい……!
 
 ひぐ、と喉が鳴った。
 あっと思ったときには――火のように熱い頬を、涙がとろとろ零れてく。
 
「――成」
「……あ、違っ」
 
 な、泣いちゃダメ……! どうして……せっかく、宏兄がしてくれてるのに。
 涙を堪えようとすればするほど、しゃくりあげてしまう。
 
 ――どうしよう、どうしよう……!
 
 拒んだときの陽平が脳裏をよぎり、お腹の底が冷たくなる。
 嫌われたくない。身を捩って、みっともない顔を隠そうとしたとき……頬に、やわらかいものが触れた。
 
「……っ?」
「……大丈夫だ」
 
 涙に濡れる目尻に、キスされる。
 包むように、抱きしめられて……ぴったりと合わさった胸から、ぬくもりが伝わってきた。
 
「成が好きだよ」
「……!」
「お前が可愛くて、仕方ない……お前ほど可愛い子は、他にいないよ」
「……っ……うっ」
 
 よしよしって優しく背を撫でられ、余計に泣けちゃう。その涙にさえ、キスされて――堪えていた堰が切れた。
 
「宏兄っ……!」
 
 ぼくは、宏兄の首にかじりついて、わあわあ泣いてしまった。
 
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