いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第三章~お披露目~

百六十七話【SIDE:晶】

「晶君……」

 すり、と米神に頬を擦り寄せられる。愛情めいた仕草に、悔しいほど動揺してしまう。

「っ、やめてください。くすぐったい……」
「あ……すみません」

 慌てたように、彼が離れていく。
 気をそらすために、周囲を確認すると……二人組の男が床に昏倒していた。目立った外傷はない。恐らく、彼がフェロモンで威嚇したんだろう。
 体の前に交差する逞しい腕に、かあと頬が熱る。
 
 ――もしかして、俺を、たすけにきたのか……? パーティを放りだしてまで?
 
 淡い期待が胸に押し寄せて、体が火照っていく。
 もしかして、俺がいないのを気にしてくれたんだろうか。思わず、彼の腕を抱き、ぎゅっと目を閉じた時――
 
「この男たちは、先ほども別の方々に狼藉を働こうとしていました。野江さんに報告しましょう」
「!」
 
 側近と厳しい声で話す彼の言葉に、甘い期待は打ち砕かれる。
 
 ――そっか。そりゃそうだよな。この人は、可哀そうなオメガを放っておけないだけだ。

 俺がオメガだから、助けただけ。
 俺だからじゃない――そう思うと、一気に気が萎えた。

「晶君、大丈夫ですか。気分は……」

 そっと、振り向かされる。心配そうに俺を見下ろす目から、顔を背けた。

「……平気です。お手間をおかけして、すみませんでした」

 自分でも、硬く冷たい声だと思った。
 けれど、相手は気にしなかったらしい。俺の頬を、大きく無骨な手が包んだ。

「……手間など。君は私の大切な人ですから」
「……!」

 黙れ、と思った。
 なのに……体が、俺の意に反して、熱く燃え上がる。腰の奥が甘く痺れ始めた。

「あぁっ……!」

 かあ、と炙られるような下腹に耐えきれず、膝から力が抜ける。――すぐさま抱きとめられ、涙が溢れた。

「あっ……うう……」

 熱い。こんなときなのに、体が……
 
「晶君……大丈夫です。私が何とかします」

 体を包むように抱かれ、安堵感に満たされる。体は、この抱擁を焦がれるほど喜んでいた。

 ――いやだ、こんなのは……! 

 絶望にしゃくりあげると、唇が温かなものに包まれる。……優しく、慰撫するような口づけ。欲のかけらもない――

「んん……っ」

 蕩けるような快楽に、俺の腕は勝手に逞しい背に縋りつく。
 すると、子どものように抱きかかえられ、彼がどこかへ歩みだす気配がした。

「晶君。泣かないで……わかってますから」
「ううーっ……」

 スーツの胸に顔を押し付けて、唸る。

――わかってるもんか、何も……アルファのくせに!

 アルファは、生まれながらに勝ち組で……何でも手に入るんだろ。
 傲慢で、勝手な男。
 こっちの気持ちをお構いなしに、心を掻き回して。
 どうせ、信じた途端、裏切るくせに。オメガの体を、利用したいだけのくせに。
 父さんや、陽平のように……!
 
 ――嫌いだ。大嫌いだ、あんたなんか……!
 
 内心で、強く叫ぶ。
 それなのに、気まぐれに構われるたびに、腹の奥で「さみしい」と甘えた声がする。――「抱きしめて」、「俺を満たして」と、泣きわめく声がする。
 
「……っ」
 
 どれだけ、あらがっても――自分がオメガだと、思い知らされる。
 心底、無様だった。




 

「ん……っ」

 優しく肌を拭われる感覚に、意識が戻って来る。俺は、うとうとしながら、目を開けた。

「……!」
「あ……晶君。目が覚めましたか?」

 静かな声に尋ねられ、俺は正気に返る。がばりと身を起こすと、「ああ」と彼が慌てた。

「無理しないで。まだ、辛いでしょう?」
「……っ!」

 彼の言葉に、先程の行為を思い出し、羞恥に頭が痛くなる。
 こういう事もあろうかと、取っておいたという部屋に連れてこられ……ベッドに寝かされて。
 それから……すぐに始まった。スーツを脱いで。パーティそっちのけで……

『……晶君、苦しくないですか?』
『いいから……もっとして……!』

 いつも、負けたくないと気を張っている相手に……必死に強請ってしまった。
 彼の膝の上に跨って、淫らに誘ったことを思い出すと、死にたくなる。

「うっ……」

 息が詰まる。自尊心が、めちゃくちゃだった。発情の熱が冷めると、いつもそう……

「晶君?」
「なんでも、ありません……!」

 心配そうな声に、ふいと顔を背ける。

――結局……俺は快楽に負けたんだ……

 発情のたび、思い知らされる。必死に否定したところで……俺もオメガなんだって。成己くんと変わらない……

「ひっく……うっ……」

 悔しくて啜り泣いていると、無骨な手が頭を撫でる。

「……泣かないで。すみません、私が自制するべきなのに。君が魅力的で、止まれませんでした」
「……っ」

 悔やむような声に、頬が熱る。いつになく激しくされた腰の奥が、甘く疼くのを感じた。

――やめろ……心にもないことを言うな!

 期待するような事を言って。オメガなら、誰でもいいくせに。頭で必死に否定するのに、心はときめいてしまう。

「晶君……」
「……んっ」

 覆いかぶさってきた彼に、キスされる。――疲れた体を包むような、優しいキス。じん、と脳が痺れ、つい舌を伸ばすと、優しく迎えられた。

「ふあ……っ」

 舌を絡め合っていると、重なった胸から、熱い鼓動が伝わってきた。
 強くて、速い脈。……まるで、俺と「同じ」だと言うように。

――オメガだからだ。俺が、好きなわけじゃない!

 そう百回は唱えて、俺は彼の胸を強く押しのけた。

「やめてください……!」
「……!」

 体ごと顔を背け、濡れた唇を手の甲で拭う。甘い感傷も全部、拭い去るように。
 「すみません」と、彼が呟いたのが聞こえた。どこか寂しげに聞こえて……ずきりと胸が痛む。

――くそ……被害者ヅラすんなよ。ほっとけなくなるだろ……

 これ以上、アルファの気まぐれに振り回されたくない。
 俺は、ベッドから下り、シャワールームへと向かう。

「……晶君?」

 怪訝そうな声に、俺は冷静に言う。

「身支度を整えます。パーティはまだ、終わってませんよね」
「そうですが……いいのですよ。体も辛いでしょうし、休んでいてください。皆さんには、私が」
「いいえ。――これも、俺の務めですから」

 あなたに飼われるオメガとしての――そこまでは、口にはしなかったけれど、伝わったらしい。
 黙った彼を置いて、俺はシャワールームに籠もった。
 体を洗いながら、涙が止まらなかった。







 それから――やっとの思いで身支度を整えて、戻った会場で。

「……え?」

 俺は、さらに最低の気分を味わうことになる。
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