いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第三章~お披露目~

百六十九話

 ゲームが始まって、パーティはますます賑やかになっていた。
 
「どうですかー? おお、リーチが五人も……そろそろビンゴ出そうですね! 成くん、次行こうっ」
「はいっ。――次は、三十二番ですっ」
 
 お義母さんに目配せされ、ビンゴマシンからボールを取り、番号を読み上げた。
 すると、場内でどよめき「ビンゴ!」と声が上がった。
 
「おめでとうございます!」
「は、はい……!」
 
 にこやかな笑顔で、綾人が景品のコーナーへ当選者さんを案内する。濃紺の着物に同色の羽織を纏った綾人はカッコよくて、当選者さんは見惚れてるみたいや。
 嬉しくなって、隣の宏兄を振り返る。
 
「宏兄、宏兄。三十二番だよ」
「あ……おう」
 
 宏兄は、夢から覚めたようにタブレットに番号を打ち込んだ。すると、ステージ中央のスクリーンに映された既出の番号欄に、「三十二」の数字が並ぶ。聞き逃していたお客さんの中から、また「ビンゴ」と声が上がった。
 ぼくはちょっとすまして、宏兄の腕をつつく。
 
「ふふ。メモ係さん、ちょっとぼうっとしてませんか」
「ああ、悪い。お前があんまり綺麗で……つい、見惚れちまうんだ」
「ひえっ……な、何言うてるんっ」
 
 ぱあ、と頬が熱くなる。くすぐったいほどの眼差しから、くるんと背中を向けると、低い笑い声が聞こえた。
 
 ――もう、宏兄ってば、お口が上手いんやから……!
 
 頬を押さえて俯くと、白い着物が目に入る。やわらかな光沢の美しいそれは、お義母さんからお借りしたもの。
 ぼくは、当選者さんに笑顔でトークを仕掛けているお義母さんを、そっと見つめた。
 この着物を、お借りしたときのことを、思い返す――
 



 
 
 パウダールームでぼく達の窮状を知ったお義母さんの行動は、迅速やったん。
 生け花や料理を運ぶカートに、ぼくと綾人を乗せ――こっそりと、会場から連れ出してくれはってね。それから、控室でお着替えをさせてくれはってんけど……
 
「おほー……成くん、すごい華奢だねえ! 僕の着物でも、ちょっと大きいか? 最近、肥えたからなあ」
「えっ、えっと」
 
 お義母さんはぼくの肩の後ろから、鏡を覗きこみながら、唸った。
 とけるような肌触りの、水色の着物を着つけてもらったぼくは、おろおろと尋ねた。
 
「あ、あのっ。ぼく……いいんでしょうか。お義母さんのお着物を、お借りするなんて」
「もちろん! たくさんあるから、遠慮しないで。綾人くんにも向こうで、選んでもらってるから。ねっ」
 
 お義母さんはほほ笑んで、ぼくの肩に手を置いた。その温かな手のひらに、じわ、と安堵が胸にこみ上げる。
 
「お義母さん、ありがとうございます。ぼく、ほんまにどうしようって……」
「ううん、ごめんよ。スーツ、良く似合ってたのに。僕のパーティで、こんなひどい目に合わせるなんて……」
「お義母さん……」
 
 ぐすりと真っ赤な鼻を鳴らすお義母さんに、ぼくは狼狽える。
 
「違うんです。ぼくが、その人とは元々揉めていて……それで、助けてくれた綾人まで。ごめんなさい……!」
「へっ」
 
 蓑崎さんとぼくの問題に巻き込んで、皆さんに迷惑をかけてしまった。
 
 ――ぼくのせいや。宏兄のご家族に、前の婚約のこと知られたくなくて……きちんと話してなかったから。
 
 ぼくは、事情をかいつまんで話した。宏兄の前に婚約していた人がいて、良くない終わり方をしたこと。その関係で、揉めてしまったこと。
 
「……そっか」
 
 お義母さんは、静かに呟いていた。
 深く頭を下げていると、ぽふりと頭に手が乗った。――そのまま、なでなでと撫でられる。
 
「よしよし」 
「あ、あの……?」 
 
 おろおろと目を上げると、お義母さんはにっこりしている。
 
「あのね。若い子が、そんなに気負わなくていいの。困ったら、だれか頼っていいんだよ」
「えっ」
「少なくとも、僕や旦那に遠慮しないで。成くんは、僕たちの息子なんだから」
「……!」
 
 両手を取られ、しっかりと握られる。慈しみに満ちたほほ笑みを向けられて、瞼が熱くなった。
 息子――そんな風に言ってもらえたの、初めて。
 胸に熱いものがこみ上げて、慌てて俯く。
 
「ど、どうしてそんな風に、言って下さるんですか? ぼく、まだ何も出来てません。迷惑をかけてるのに……」
 
 ぐっと涙をこらえていると……目の下にハンカチが押し当てられる。ふわ、と柔軟剤のいい匂いがした。あったかい、涼子先生のハンカチと同じ匂い。
 
「なに言ってるの。数ある選択肢から、うちの宏章を選んでくれた。それだけで十分だよ」
「……うう」
 
 ぽろ、と零れた涙がふわふわのハンカチに吸い取られてく。
 お義母さんは、ふふと笑った。
 
「それに、あの超可愛いティーセット。きっと、僕たち趣味が合うよ」
 
 そう言って、茶目っ気たっぷりにウインクしたお義母さんは、宏兄にそっくりで。
 今日、ここにこられて良かった――ぼくは、心からそう思ったん。

 
「よし、早く選ぼう。さっきのスーツに負けないやつを!」
「はいっ」
 
 真剣に着物を吟味していると、隣の部屋が開いて、お義母さんの側近の佐藤さん(佐藤さんのお父さんなんやって!)に伴われ、綾人が入って来た。ぼくはその出で立ちに、あっと歓声を上げる。
 
「綾人! すごいカッコいい!」
「でへー、そうか?」
 
 照れくさそうに、頬を緩める綾人が身にまとうのは――濃紺の落ち着いた着物。透けた羽織が粋な感じで、舞台俳優さんみたいに決まってる。颯爽とした綾人に、大人っぽい渋さが加わって凄く素敵。
 お義母さんは、懐かしそうに目を細めた。

「綾くん、超いいじゃない! 懐かしい、それ。旦那が若いころの着物!」
「えっ、そうなんすか? オレてっきり、サイズ的におかーさんのかと」 
 
 綾人は意外そうに、袖をはたはたさせる。たしかに、さっきお会いしたお義父さんは、宏兄と同じくらい背が高かったもんね。
 
「いやいや。彼、僕より年下だからさあ、昔は今ほどデカくはなくて……あ!」
 
 言葉の途中で、お義母さんが手を打ち鳴らす。側近の佐藤さんを振り返り、人差し指を振り回してはる。
 
「秀くん、この頃の僕の着物も、持ってきてたよね! アレなら、成くんにぴったりじゃないかな!?」
「ああ、なるほど。わかりました」
 
 側近の佐藤さんは頷いたかと思うと、もう手に着物を抱えてきはった。すごい早業や。
 
「じゃ、これを着てみよう!」
 
 笑顔でひろげられた、その着物は――乳白色で光沢があって……白い花の絵が描かれていた。お義母さんの、少年時代の着物なんやそう。
 お義母さんは、にこにこと着物の由来を教えてくれはった。

「懐かしい。旦那がその昔、デートに誘って来たんだけど。僕、着物持ってないって言ったら、仕立ててくれてさ。そしたら、こんな可愛くて……まあ、昔は、今より痩せてて可愛かったんだよね」
「めっちゃ、いい思い出じゃないすか。あ、じゃあ、オレの着物もそのときの?」
「そうそう。初デート記念服。鯉見に行ったんだよ」
「わああ」
 
 ぼくと綾人は歓声を上げた。――めっちゃ、素敵な思い出のつまったお着物や……! 
 お義母さんは、てれてれと頬をかいてはる。すると、側近の佐藤さんが咳払いをした。
 
「こちらなら、成己さんに合うはずです。急ぎましょう。余興の時間が迫っています」
「はい……ありがとうございます!」
 
 ぼくは、側近の佐藤さんに促され、着付けのスペースに入った。
 
「でもさ、おかーさん。このコンセプト、オレと成己が夫婦みたいじゃないっすか?」 
「わはは、たしかに。息子二人はやきもち焼きそうだ。とくに朝匡」
「いやいや、宏章さんも大概すよ。こないだなんて、オレが成己に電話したらね……」
 
 のほほんと、綾人とお義母さんが話してはる。
 ひ、宏兄がやきもち? 気になったけど、側近の佐藤さんに「しゃんと」と背を叩かれ、慌てて前を向く。

「まあ、妻のピンチにうかうかしてる夫達だし。やきもちくらい焼かせればいいよ」






 ……大きな手に、そっと手を取られて、ぼくは目を瞬く。
 場内の熱狂の中、宏兄が穏やかにほほ笑んでいる。

「どうしたの?」
「うん。可愛い笑顔だなと思って。なに思ってた?」
「も、もう……楽しいなあって思ってただけ!」
「そうか」

 宏兄は、安堵したように頷く。いろいろ心配かけちゃったなあって反省しつつ……ぼくは、そっと手を握りかえす。

「はい、そこー新婚さん! 仲良しもいいけど、札を引いてねーっ!」
「あ……はいっ!」

 と、お義母さんの賑やかなツッコミが入る。
 どっと笑いに包まれる場内で、ぼくと宏兄も笑った。
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