いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第三章~お披露目~

百七十八話

「わあ! すごいお部屋……!」
 
 ぼくはお部屋に入って、びっくり仰天した。
 すっごく広い。いきなりリビングがあって、ベッドルームが隣の部屋に続いてる。大きな窓から絶景の見えるバスルームに、お洒落で上品な調度品たち……どこをとっても、高級感溢れるそこは、まさに。
 
「ここって、まさか……スイートルーム?!」
「おお、そのまさかだなぁ」
「す、すごーい!」
 
 映画とか、ドラマでしか見たことが無いっ。
 ものすごいプレゼントに、ぽかんと口を開けていると……後ろから宏兄に抱き寄せられた。
 
「ごめんな。うちの親が強引で」
 
 少し甘えるように頭に頬を寄せられて、どきっとする。
 
「宏兄……ううん。すっごく嬉しいよ!」
「そうか?」
「こんなに素敵なお部屋でお泊りなんて、映画みたいで……」
 
 口にしてから、ハッとする。
 二人で、『お泊り』。――宏兄と、映画みたいなスイートルームで……!
 それって、もしかして。その……何か、夫婦として大きなイベントが起こってしまったり、するんでしょうか。
 大きなベッドの白いシーツが、にわかに眩しく見えて……ぶわ、と頬が燃え上がる。
 
「あわわ」
「成?」
「な、なんでもないよっ」
 
 不思議そうな宏兄に、笑って誤魔化す。
 
 ――ど、どうしよう。急に緊張してきちゃった……!
 
 背中に感じる宏兄のぬくもりに、心の奥がむずむずとくすぐったい。――俯いてしまうと、宏兄は喉の奥で笑った。ぎゅ、と一際強く抱きしめられる。

「ひゃっ」 
「じゃあ、せっかくだから楽しむか。……成、見てごらん。記念日のプランで、八時ごろにケーキとシャンパンが届くそうだぞ」
「わ、わあ。素敵っ、嬉しいね」
 
 テーブルの上に置かれたカードを示されて、反射的にほほ笑んだ。……火照りのせいで、頬が固い気がします。
 宏兄は明るい声で、「よし」と頷いた。
 
「それまでは、たっぷり時間があるし。色々できるな」
「……!」
 
 ――いろいろってなに!?
 
 口をぱくぱくさせるぼくに、にっと笑いかけ――宏兄は、颯爽とリビングルームを出て行った。すぐに「ジャー」と水音が聞こえてくる。

「えっ」

 慌てて後を追うと……バスタブに向かう、大きな背中があって。どうやら、お湯をためているみたいやった。
 
「ひえ。ど、どうしてお風呂わかしてるん?」
「うん? 入るからだぞ」
「何でですか?!」
 
 まだお昼なのに……!
 パンクしそうな頭で尋ねると、宏兄は大らかに笑った。
 
「パーティで気を張ってて、疲れたろ? そろそろ寛ぎたいんじゃないかと思って」
「え……」
 
 とくん、と鼓動が跳ねる。
 そう言われると……ほっとして、疲れが体にずっしり来てるような。
 
「た、たしかに。ふくらはぎもパンパンで……。お風呂入れたら、きもちいいかも……?」 
「なっ。――湯が溜まったら、成は先に入っててくれ。俺はその間にひとっ走り、横のモールで着替えを調達してくる」
「えっ、悪いよ!」
「遠慮するな。お互いに美しいが、このままじゃ寛ぎにくいだろ?」
 
 宏兄は、茶目っ気たっぷりに言う。
 たしかに、お義母さんにお借りしたお着物……汚してしまったら大変や。ぼくは悩んだ末、ありがたくお言葉に甘えることにした。
 
「宏兄、ありがとう。じゃあ、お先にいただきます」
「はい、どうぞ」
 
 宏兄は、さらりと笑った。 
 ……なんか、大人やなあ。こういう所にきても、気遣いを忘れず……堂々としていて。自分の浮かれぶりが恥ずかしくなって、コホンと咳払いをする。
 
 ――落ち着かなくっちゃ。宏兄は、大人で……それに、まだお昼なんやからっ。
 
 慌ててないで、おいしいお茶を入れるとか。宏兄も疲れてるんやし、ぼくも何かしなくちゃ。
 ぱちんと頬を叩いて、気合をいれていると、給湯完了の音楽が鳴り響く。
 え、早いっ。
 
「お、沸いたな。じゃあ」
「あ……はいっ! お先に行ってまいります」
 
 慌てて、びしっと敬礼する。
 
 ――大丈夫、お風呂の後に挽回しよ……
 
 そう決めて、ふかふかのバスタオルをかごに入れていると……宏兄はくすりと笑って、ぼくの手を引いた。
 
「宏兄?」
「成。脱ぐの手伝うよ」
「……えっ!?」
 
 ぎょ、と目を見開く。
 
「着物を着るの、初めてだろう? 脱がせてあげるから、こっちにおいで」
「えっ、あっ」
 
 大きな手に引かれて、ベッドルームまで連れてこられてしまった。――カーテンが閉まっていても、仄明るい部屋に、どきりとする。
 宏兄は、ぼくをベッドの前に立たせ、そっと腰に手を触れた。
 
「……ぁっ!」
「ほら、じっとして」
 
 大げさにびくついたら、笑い交じりに囁かれる。ますます熱くなった頬を、隠すように俯くと――帯の結び目に、宏兄が指をかけたのがわかった。
 
 ――うわあ。くすぐったい……
 
 しゅるしゅると帯が腰を滑る音が、大きく響く。
 宏兄は、手早く帯を解いて、ベッドに置いた。腰ひもも、解かれる。宏兄の胸に凭れながら、ぼくは石みたいにじっとしてた。
 
「……」
 
 どうしていいか、わからんくて。
 目の前の大きな体に、抱きつきたいような。くすぐったさを、訴えたいような。……でも、何をしても、今よりもっと恥ずかしくなる気がしてん。
 
 ――佐藤さんのお父さんに、着つけて貰ったとき。こんな風に、恥ずかしくなかったのに……
 
 宏兄が、ぼくの肩に手を乗せた。「あ」と思った瞬間、襟を開かれ――するり、水の流れるように着物が剥がれ落ちてしまう。
 
「……あ!」
 
 さ迷わせた目が、宏兄とぱちりと合った。綺麗な目に、ぼくの戸惑った顔が映っていて……ぱっ、と自分でもわかるほど、顔が熱ってしまう。
 なんかね、裸みたいな気持ちになったん。長じゅばんも着てるのに、おかしいよね。
 恥ずかしい? ――どきどきする? 多分、両方。それから……何でか、すごく切ない。
 
「……っ」
 
 じんわり涙が滲んでくる。
 俯いていると……宏兄が、ふと笑うように息を漏らした。そして――
 
「ひゃあ……!?」
「可愛い。項まで真っ赤だな」
「あ、そのっ」
 
 優しい木々の香りに、包まれてしまった。ぎゅ、と抱きしめられ、あたたかな胸に片頬が押し付けられる。
 薄い布越しに背中を撫でられて、内心で「わああ」と叫んでしまった。
 
 ――ひ、宏兄……もしかして……?!
 
 覚悟を決めて、ぎゅっと目をつぶる。
 すると――宏兄が、「あ」って声を上げた。
 
「しまった。ハンガーが欲しかったな……掛けてくるよ」
「……えっ」
 
 ぱっと腕をはなし、宏兄が笑う。
 そのまま、のんびり歩いていく背を見送り……ぼくは、へなへなと崩れ落ちた。
 し、心臓に悪いです……!
 
 
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