いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第三章~お披露目~

百八十一話

 ぼくは、息を飲む。
 
「宏兄、それって……」
「悪い。怖かったな」
 
 宏兄は、ちょっとばつが悪そうに目を逸らす。大きな手で唇を覆っているから、見えなくなってしまったけど。
 
 ――さっきのって……アルファの牙。

 オメガに花の紋様があるように、アルファにも特殊な身体特徴があるねん。
 それが、「牙」。
 アルファの犬歯は、大きく発達しているんよ。
 そして、それは……アルファの本能が昂ったとき、さらに鋭く伸びて、獣の牙みたいになるんやって。――オメガの項を穿つために。

「わあ……」

 ぼくは、かああと全身が火照った。ドキドキと、心臓が早鐘を打っている。

――宏兄……!

 宏兄は表情豊かで、よく笑う人。けどね、ぼくに歯を見せることも、あまり無かったん。
 牙が伸びてなくても、アルファの犬歯は鋭いから。オメガのぼくを脅かさないよう……紳士的に振る舞ってくれていたんやと思う。
 せやのに。

「……宏兄っ」
「うお」

 がば、と飛びついた。勢い余って、タックルになって――宏兄を、押し倒してしまう。
 ぼふん、と二人してマットに倒れ込んだ。

「宏兄、宏兄っ」
「うん。……どうした?」

 馬鹿みたいに呼びながら、ぎゅう、と首にかじりつく。
 宏兄は驚いて、目を丸くしてる。

――宏兄……ぼくを、宏兄のオメガにしたいって、思ってくれたんや。

 胸が、きゅうって苦しい。
 ぼくは嬉しさのあまり、ぐりぐりと肩に頭を押し付けた。

「えへへ……」
「成?」

 宏兄は、ぼくのテンションに戸惑っているみたい。大きな手で、落ち着かせるように、背中を撫でてくれる。
 広い胸に凭れていると……宏兄の唇に、きらりと光るものが覗いた。
 どきん、と鼓動が跳ねる。

「……宏兄。見せてっ」
「ん?」

 ぼくは、ずいと身を乗り出した。大きな体に乗り上げて、そっと両頬を包む。
 宏兄は、僅かに目を見開く。

「……!」
「宏兄の牙、見たいっ。……見てもいい?」

 じっと見つめると……宏兄は少し苦笑した。穏やかな目で、頷いてくれる。

「いいよ。お前の好きなように」
「やった……! ありがとう」

 許されたのが嬉しくて、頬が緩んだ。ぼくは優しさに甘えて、宏兄の唇を親指でそっと引っ張った。

「わぁ……」

 思わず、感嘆の声が漏れる。
 上唇から覗く、長い牙。――すごく鋭くて、尖ってる。真珠みたいに綺麗なのに……鋼鉄も噛み切れそうや。
 
「すごい……こんな風に……」
「……怖いか?」
「ううん……!」

 ぶんぶん、首を振った。――ほんとうに、怖くなかった。
 授業でならったとき、どんなやろうって思ってた。
 怖いのかなって。痛いのかなって……でも。

 ――こんなに、心がときめくんや。

 初めて見た、アルファの牙。宏兄が……ぼくを、オメガにしたいって思ってくれた、証――

「うれしい……」

 じわ、と瞼が熱を持った。嬉しくて……宏兄が、ぼくの為に、こんな風にしてくれたことが。

『お前なんか、妻にしたがるアルファはいねえんだよ……!』

 切りつけられた傷が、熱く潤む。鋭い牙に、そっと触れた。――宏兄は、優しい目でぼくを見る。

「ぼくなんかに……」
「……お前だからだよ」

 喉が、ひくりと鳴る。
 ぽろりと涙がこぼれ落ちた。

――ぼくのこと、求めてくれたん? 子供っぽくて、やせっぽちで。そんなぼくなのに……?

 今だって。こうして……好きにさせてくれることも。
 全部、嬉しい。

「……宏兄っ」

 お腹の奥が、きゅうって甘く痺れる。息ができないくらい、切なくて――ぼくは、気づいたら身を屈めてた。

 ちゅ。

 宏兄の牙に、キスする。
 鋭く、硬い感触が唇に触れて――はっと我に返った。

「あ……!」

 宏兄と目が合って、頬が燃え上がる。

――ぼ、ぼく……なんてこと……!

 おろおろと顔を背けた。

「ご、ごめんなさい……!」

 なんてはしたない真似を。宏兄の顔が見られなくて、体から下りようとする。
 そのとき、ぎゅっと腰を抱かれ――くるん、と視界が回転した。

「えっ」

 ぽすん、と背中がマットに沈む。天井を背負った宏兄が、ぼくを見下ろしていた。

「なーる。もう満足したのか?」
「あ、あの……?」

 宏兄は、どこか面白がるような笑みを浮かべている。
 頬を撫でられて、肩が震えた。息苦しいほどドキドキして……

「――じゃあ、そろそろ俺の番」

 楽しそうな囁きのあと、言葉が奪われる。
 深く合わされた、唇のなか――溶けそうに舌が絡んだ。自分じゃ触れられないところまで、優しくさぐられて……

「ふ、う……っ」

 ぞくぞくって、背筋が何度もふるえた。

――すごいっ……きもちいいよう……

 甘い感覚に酔わされて、意識が薄れそうになり……ぼくは、必死にしがみついた。
 
「宏兄……」
「可愛い……もっと見せて」

 額の花に口づけられ、声が漏れる。宏兄の手は、ぼくの項を、肩を撫で……それから、バスローブの襟に滑り込んだ。

――あ……!

 花びらが開くように、襟が肩を落ちていく。――ぼくはびくりと慄いて、宏兄の腕にしがみついた。

「待って……っ」

 ぼくの体、宏兄に見られちゃう。
 ――気に入ってもらえなかったら。不安で、宏兄の袖を離せずにいると……そっと顎をすくわれた。

「……成、好きだよ」

 唇に、ふわりとキスされる。……ぼくの怯えごと、包むように、優しい感触。

「あっ……宏兄っ?」
「俺に見せてほしい……お前のことを、全部」

 額にも――熱る頬や、首筋にも。ふわふわと、花のようにキスが降ってくる。

 ――……あったかい……

 唇で、愛でられているみたい。
 そうされているうちに……おなかの奥から、甘い熱が溢れてくる。
 むき出しになった肩にくちづけられ、吐息が震えた。

「あ……」
「……怖くないから」

 ぎゅっと、抱きしめられる。大きな体に包まれて、守られているように思う。そして、優しい森の……宏兄の香り。

――宏兄なら……怖くない。
 
 大きな肩にしがみついて、ぼくは……こくりと頷いた。
 バスローブの紐に手がかかるのを感じても、もう怖くなかった。
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