いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
191 / 505
第四章~新たな門出~

百九十話 

 実際、夢のような生活やと思う。
 おはようからお休みまで、宏ちゃんと一緒にいられる。
 宏ちゃんの家のことをして、お仕事のお手伝いをして。
 余暇にはふたりで映画を見たり、美味しいものを食べに行ったり。宏ちゃんがお仕事で外出するときは、のんびり読書をしたりもする。

「成、おいで」

 宏ちゃんは、どれだけ忙しくても、ぼくのことを毎日愛してくれた。「これが俺の活力だから」って、優しく笑って。

……夢みたいやった。

 たった一月前……ううん、今まで考えもしなかった生活やから。
 夜中に目が覚めたときとか、センターのお部屋に寝ているような錯覚をしたりする。隣で眠っている宏ちゃんを見て、「現実」やって、安心するん。

「宏ちゃん……」

 間接照明に照らされた、綺麗な顔を見つめていると、ふいに泣きたくなった。

――幸せで怖いなんて。ぼく、弱虫やね……

 広い胸に顔を寄せると、眠ったまま、抱き寄せてくれる。
 幸せで胸が痛かった。




 宏ちゃんとのひと月が終わり、八月が始まる。
 その日、ぼくと宏ちゃんは、食料品の買い出しに出かけていた。

「宏ちゃん、車出してくれてありがとう」
「何言ってんだ、当たり前だろ。俺こそ、いつもありがとうな」

 宏ちゃんはハンドルを操りながら、大らかに言う。
 後部座席に、一週間分の食材と、日用品が積まれてた。
 ぼくは今、抑制剤を止めているので、外出には宏ちゃんが付いてきてくれるん。宏ちゃんは「俺が行くよ」と言ってくれるけど、全部お任せするのは、心苦しくて。

――とはいえ、ぼくが行くのでも、お仕事の手を止めてしまうのに、違いはないよね……
 
 むん、と唸る。
 お買い物じたいは、好きなんやけど。配達サービスの利用とか、考えたほうがいいのかな……?
 そういえば、綾人のご実家は配達サービスを使ってたって聞いた。
 今度教えてもらおうかな、と考えていたその日の午後――
 綾人が、うさぎやに訪ねてきてくれたんよ。
 悲しいことに……のんびりお話するような状況やなかってんけど。


「オレはもう限界だ!」

 顔を合わせるなり、わっと叫んだ綾人に飛びつかれ、ぼくは目を白黒した。
 ともかく、ぽんぽんと背中を叩く。

「ど、どうしたん? なにがあったん、綾人」
「聞いてくれよ、朝匡のやつが!」

 がばっと顔を上げた綾人は、かっかしてる。猫のように勝ち気な瞳には、涙が滲んでいた。

――こ、これはただ事やなさそう……

 ごくり、と唾を飲んだとき、背後から「まあまあ」と声がした。

「綾人君。コーヒーを入れるから落ち着いて。座って、ゆっくり話そう」

 成り行きを見守っていた宏ちゃんが、苦笑して椅子を勧めた。


「……何があったん? 綾人」

 お店のテーブルに向かい合って、さっそくぼくは尋ねた。

「うう……オレ、もう朝匡とやってけねえよ」
「へ?!」

 綾人は、悲壮な顔で叫ぶ。ぼくはぎょっとして、身を乗り出した。

「ど、どういうこと?! どうして?」
「どうもこうも! あいつ、勝手すぎんだ。オレのバイト、勝手に辞めさせやがったんだぞっ」
「えぇっ」

 綾人は、悔しそうに拳を握ってる。――バイトしてたん、初耳や……と言うのは置いといて。

「お、お兄さんが勝手に、綾人をクビにしたってこと?」
「そう! どこから知ったのか、オレのバイト先に勝手に電話してさ。もう二度と行くなって」
「ひええ」

 な、なんて強引な。
 絶句していると、綾人はさらに続けた。

「せっかく、店長さんのご厚意だったのに。あんな一方的に、失礼だろ。せめて代わりが見つかるまでって言ったら、オレのこと「浮気者」だって言うんだぞ。――何だそりゃ?!」
「うわ……兄貴……」

 宏ちゃんが呆れ声で、ぼそりと呟く。ぼくは、綾人の手を握った。

「……辛かったね。大丈夫?」
「成己ぃ……」

 大好きなお兄さんに、そんな風に言われて。すごく悲しかったに違いない。
 背中を擦ると、綾人の瞳に涙が盛り上がる。

「……オレ、あいつのとこに帰りたくねえ。……しばらく、泊めてくんねえかな」
「綾人」
「頼む! 新婚の二人には悪いと思う。でも、オレの実家はあいつのテリトリーだし……恩は返すから!」

 ぺこぺこと頭を下げられ、慌ててしまう。
 ぼくとしては、綾人のお願いを聞いてあげたい。宏ちゃんを見つめると、そっと肩を抱かれた。

「宏ちゃん」
「客間に風を入れてくるよ。成、綾人くんの話を聞いてあげてくれるか」
「あ……!」

 頼もしい笑みを浮かべる宏ちゃんに、ぱっと心が明るくなる。

「宏章さん、成己。ありがとう……!」

 綾人がやっと、明るい顔で笑った。

感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。