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第四章~新たな門出~
百九十一話
「――マジで、朝匡は頑固すぎるんだよっ」
二人きりになって、綾人は喧嘩の真相を話してくれた(やっぱり、弟の宏ちゃんの前では話せへんこともあるよね)。
「そっか……お兄さんの誕生日プレゼントを買いたくて、バイトの理由を言えへんかったんやね」
そもそもは、お兄さんのお誕生日をお祝いしたい――そんな健気な気持ちが、事の起こりみたい。……綾人が、すごく照れて誤魔化すんやけど、かみ砕くと、そういうことやと思う。
お兄さんの好きそうな靴を見つけたから、どうしても自分でプレゼントしたかったんやって。
問題は、お兄さんは綾人のバイトを知らなくて。綾人も、言えば止められるのを解ってたから、バイトに出ることを隠してたことやった。
「でも、オレなりに考えて、高校のダチの兄貴がやってる小料理屋で、働かせて貰ってたんだよ。オレがオメガでも態度変えなくて、マジ良い人なんだ。今回のことも、快くオーケーしてくれて。なのに、朝匡の奴……」
悔しそうに、綾人は唇を噛み締める。
綾人の願いを知っていて、取りなしてくれようとした店長さんに、お兄さんが「いかがわしい店で働かせられない」って怒鳴ったらしい。
ぼくは、第三者やけど血の気の引く思いがした。――恩人に、大切な人がそんなことを言ったら。
「それは、苦しいね……」
なんとか言うと、綾人は頷いた。
「そんで、マジむかついてさ。オレに怒るだけならまだしも、なんて酷い奴なんだって。だからオレ、誕生日プレゼントの為だったとか、言いたくなくなったんだ」
「……そうやったの」
「そしたら、もう外には出さねえって。ずっと閉じ込められてて……今日、あいつが仕事行った隙に、なんとか出てきたんだ」
綾人は、すんと鼻を鳴らして俯く。
「綾人……」
ぼくは、綾人を何と励ましていいか……必死に言葉を探った。
お兄さんは、今までお会いした限りでは……頑固そうでも、こんなに無茶をする人には思わなかったのに。
「ごめんな、成己。新婚なのに……」
「何言うてるん! 頼ってくれて嬉しいんやから」
綾人は、しょんぼりと肩を落としている。
ぼくは慌てて、隣に座り直して、そっと膝の上の手を握った。
「ね、気にせんと居ってよ。なんでも話して……そうや、ごはん、何食べたい? 綾人の好きなもの作るからっ」
「……うう。サンキュ、成己ぃ」
必死に励ますと、綾人の瞳がうるりと潤んで、大きくなる。
ぽすん、と肩に乗っかって来た頭は、火の玉みたいに熱かった。――泣きそうなせいかもしれへん。
ぼくは、麦色の髪をそっと撫でた。
「綾人。つらい?」
「……わからん。でも、朝匡と居たくねえ」
「うん……」
人が好きで、優しい綾人。お兄さんのことだって、大好きやからこそ……今回のことは、どれだけ堪えたやろう。
ぼくは、しくしくと泣いている綾人の頭を、じっと撫でていた。
なんでなんやろう。
お兄さんも、綾人も想い合ってるのに……どうして、こんなことに。
ぼくは、複雑な気持ちでささみにパン粉をはたいた。
「――成、大丈夫か?」
「あっ、宏ちゃん」
はっとして、振り返ると……台所に宏ちゃんが入ってくるところやった。
「……綾人君、どうだった?」
「うん……今はね、眠ってる。やっぱり気を張ってたんやろうね」
ひとしきり涙を流して、疲れが出てきたんやと思う。
ふらふらし始めた綾人を、客間に案内すると、すぐに眠り込んでしまったん。
「そっか……ありがとうな、成」
「ううん、こちらこそ……! 宏ちゃんの方は、どうやった?」
恐る恐る尋ねると、宏ちゃんは神妙に眉を寄せた。
「まあ……兄貴のやつは案の定、激昂してたな。綾人君は、しばらくうちに居させることと、お互いに落ち着くまで会わせない、って言っといた」
「……そっか。大丈夫かな? 綾人、無理に連れ戻されたり……」
お兄さんの綾人への執着は、凄いものがあるらしい。
どうせ黙っていても居場所がバレてしまうから、先にバラして牽制したほうがいい――そう、宏ちゃんは言ったんやけど。
――怒ってるお兄さんが、怒鳴り込んできたらどうしよう……
不安なのが顔に出てたのか、宏ちゃんが凛とした声で言う。
「大丈夫だ。こっちは筋を通した。――いくら兄貴でも、俺の縄張りに踏みいらせたりしない」
「……!」
強い眼差しに、はっと息を飲んだ。
「お前の大事なものは、俺が守る。安心してくれ」
宏ちゃんは、決然と言ってくれた。心強くて、つい涙ぐむと……慌てた宏ちゃんに、頬を包まれる。
「ど、どうした? やっぱり怖いか?」
「ううん! 宏ちゃん、ありがとう……ホッとしただけなん」
「……そうか?」
シャツに頬を寄せると、森の香りがした。――穏やかで、暖かくて……ぼくを安心させてくれる。
宏ちゃんは、頭を撫でてくれた。
「成、ごめんな。兄貴の馬鹿のせいで、気を揉ませて……」
「なんで、宏ちゃんが謝るん。綾人の味方になってくれて、嬉しいんやから」
すまなそうな宏ちゃんに、驚く。――宏ちゃんがいてくれるから、大丈夫だって思えるのに。
「ぼくの大事な友達のこと、守ってくれてありがとう」
「成……」
ぎゅっと手を握って、笑う。宏ちゃんが、目を細めて……笑いをこぼした。
「ふふ。……パン粉まみれだな」
「あっ! ごめんなさいっ」
お料理の最中やったん、忘れてた!
慌てて手を離すと、宏ちゃんが隣に立つ。
「俺も一緒に作るよ。ささみチーズか?」
「ありがとうっ。あのね、綾人、フライ食べたいって言うてくれたん」
手を洗って、ふたりで調理台にむかう。
綾人は、揚げ物が好きなん。晩ごはんのリクエスト聞いたら、「フライ」って。
――好きなもの食べて、元気だそうって……前向きでえらいな……
健気な綾人に、鼻の奥がつんと痛くなる。宏ちゃんが、大らかな笑みを浮かべた。
「なら、とびきり美味いのを作るか!」
「うんっ」
ぼく達は、せっせとパン粉をつけた。
二人きりになって、綾人は喧嘩の真相を話してくれた(やっぱり、弟の宏ちゃんの前では話せへんこともあるよね)。
「そっか……お兄さんの誕生日プレゼントを買いたくて、バイトの理由を言えへんかったんやね」
そもそもは、お兄さんのお誕生日をお祝いしたい――そんな健気な気持ちが、事の起こりみたい。……綾人が、すごく照れて誤魔化すんやけど、かみ砕くと、そういうことやと思う。
お兄さんの好きそうな靴を見つけたから、どうしても自分でプレゼントしたかったんやって。
問題は、お兄さんは綾人のバイトを知らなくて。綾人も、言えば止められるのを解ってたから、バイトに出ることを隠してたことやった。
「でも、オレなりに考えて、高校のダチの兄貴がやってる小料理屋で、働かせて貰ってたんだよ。オレがオメガでも態度変えなくて、マジ良い人なんだ。今回のことも、快くオーケーしてくれて。なのに、朝匡の奴……」
悔しそうに、綾人は唇を噛み締める。
綾人の願いを知っていて、取りなしてくれようとした店長さんに、お兄さんが「いかがわしい店で働かせられない」って怒鳴ったらしい。
ぼくは、第三者やけど血の気の引く思いがした。――恩人に、大切な人がそんなことを言ったら。
「それは、苦しいね……」
なんとか言うと、綾人は頷いた。
「そんで、マジむかついてさ。オレに怒るだけならまだしも、なんて酷い奴なんだって。だからオレ、誕生日プレゼントの為だったとか、言いたくなくなったんだ」
「……そうやったの」
「そしたら、もう外には出さねえって。ずっと閉じ込められてて……今日、あいつが仕事行った隙に、なんとか出てきたんだ」
綾人は、すんと鼻を鳴らして俯く。
「綾人……」
ぼくは、綾人を何と励ましていいか……必死に言葉を探った。
お兄さんは、今までお会いした限りでは……頑固そうでも、こんなに無茶をする人には思わなかったのに。
「ごめんな、成己。新婚なのに……」
「何言うてるん! 頼ってくれて嬉しいんやから」
綾人は、しょんぼりと肩を落としている。
ぼくは慌てて、隣に座り直して、そっと膝の上の手を握った。
「ね、気にせんと居ってよ。なんでも話して……そうや、ごはん、何食べたい? 綾人の好きなもの作るからっ」
「……うう。サンキュ、成己ぃ」
必死に励ますと、綾人の瞳がうるりと潤んで、大きくなる。
ぽすん、と肩に乗っかって来た頭は、火の玉みたいに熱かった。――泣きそうなせいかもしれへん。
ぼくは、麦色の髪をそっと撫でた。
「綾人。つらい?」
「……わからん。でも、朝匡と居たくねえ」
「うん……」
人が好きで、優しい綾人。お兄さんのことだって、大好きやからこそ……今回のことは、どれだけ堪えたやろう。
ぼくは、しくしくと泣いている綾人の頭を、じっと撫でていた。
なんでなんやろう。
お兄さんも、綾人も想い合ってるのに……どうして、こんなことに。
ぼくは、複雑な気持ちでささみにパン粉をはたいた。
「――成、大丈夫か?」
「あっ、宏ちゃん」
はっとして、振り返ると……台所に宏ちゃんが入ってくるところやった。
「……綾人君、どうだった?」
「うん……今はね、眠ってる。やっぱり気を張ってたんやろうね」
ひとしきり涙を流して、疲れが出てきたんやと思う。
ふらふらし始めた綾人を、客間に案内すると、すぐに眠り込んでしまったん。
「そっか……ありがとうな、成」
「ううん、こちらこそ……! 宏ちゃんの方は、どうやった?」
恐る恐る尋ねると、宏ちゃんは神妙に眉を寄せた。
「まあ……兄貴のやつは案の定、激昂してたな。綾人君は、しばらくうちに居させることと、お互いに落ち着くまで会わせない、って言っといた」
「……そっか。大丈夫かな? 綾人、無理に連れ戻されたり……」
お兄さんの綾人への執着は、凄いものがあるらしい。
どうせ黙っていても居場所がバレてしまうから、先にバラして牽制したほうがいい――そう、宏ちゃんは言ったんやけど。
――怒ってるお兄さんが、怒鳴り込んできたらどうしよう……
不安なのが顔に出てたのか、宏ちゃんが凛とした声で言う。
「大丈夫だ。こっちは筋を通した。――いくら兄貴でも、俺の縄張りに踏みいらせたりしない」
「……!」
強い眼差しに、はっと息を飲んだ。
「お前の大事なものは、俺が守る。安心してくれ」
宏ちゃんは、決然と言ってくれた。心強くて、つい涙ぐむと……慌てた宏ちゃんに、頬を包まれる。
「ど、どうした? やっぱり怖いか?」
「ううん! 宏ちゃん、ありがとう……ホッとしただけなん」
「……そうか?」
シャツに頬を寄せると、森の香りがした。――穏やかで、暖かくて……ぼくを安心させてくれる。
宏ちゃんは、頭を撫でてくれた。
「成、ごめんな。兄貴の馬鹿のせいで、気を揉ませて……」
「なんで、宏ちゃんが謝るん。綾人の味方になってくれて、嬉しいんやから」
すまなそうな宏ちゃんに、驚く。――宏ちゃんがいてくれるから、大丈夫だって思えるのに。
「ぼくの大事な友達のこと、守ってくれてありがとう」
「成……」
ぎゅっと手を握って、笑う。宏ちゃんが、目を細めて……笑いをこぼした。
「ふふ。……パン粉まみれだな」
「あっ! ごめんなさいっ」
お料理の最中やったん、忘れてた!
慌てて手を離すと、宏ちゃんが隣に立つ。
「俺も一緒に作るよ。ささみチーズか?」
「ありがとうっ。あのね、綾人、フライ食べたいって言うてくれたん」
手を洗って、ふたりで調理台にむかう。
綾人は、揚げ物が好きなん。晩ごはんのリクエスト聞いたら、「フライ」って。
――好きなもの食べて、元気だそうって……前向きでえらいな……
健気な綾人に、鼻の奥がつんと痛くなる。宏ちゃんが、大らかな笑みを浮かべた。
「なら、とびきり美味いのを作るか!」
「うんっ」
ぼく達は、せっせとパン粉をつけた。
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