いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
201 / 505
第四章~新たな門出~

二百話【SIDE:陽平】

 俺は、呆然と立ち尽くしていた。
 あの男の店の中に、戻っていった成己を見送ることしかできない。

――何をやってんだ。こんなつもりじゃ……

 ただ、これを渡しに来ただけなのに。右手にさげた、ショッパーの持ち手をきつく握りしめた。







 ときは、数日前に遡る。
 熱に浮かされて、俺は夢を見続けた。
 その大抵は悪夢だ。意識が覚醒するたびに、自分がもう大学生で、ここが実家じゃないんだと確認する。
 
「……は」
 
 そして、やっと安堵の息を吐く。具合が悪いと、いつもこんな風になるから、嫌だった。
 
 ――最近は、ここまで最悪じゃなかったのに。
 
 布団にくるまって、手足を縮める。うう、と喉の奥で呻きを押し殺し、頭を抱えた。――本当は、不安に叫びだしたいのを堪えながら。
 眠りたくない。寝たって、疲れなんか取れやしない……
 そう思うのに、意識は必ず途切れて、また夢を見る。


 
 
『……やめて、そんなもの!』
 
 引き攣った、泣き声が響く。
 
『お母さんだってねえ、人間なんだから。あんたの機嫌を取るために、生きてるんじゃないわよッ!』
 
 母さんだ。母さんが泣きわめいて、使用人に取り押さえられている。
 俺は呆然と、恐ろしい形相の母を凝視していた。――小さな手の中で、カーネーションがしおれていく。
 
『……なんで?』
 
 幼い俺は、痛む頬を歪めた。花を渡した途端、引っ叩かれたんだ。
 
――俺はただ、「お母さん、ありがとう」って。伝えたかっただけなのに。
 
 小等部に上がったばかりの頃だ。
 父さんが、仕事で家を空けがちになって、家には母さんと使用人だけになった。母さんは、父さんと離れて、情緒不安定だったのだと思う。そして……その不安を飼いならす方法も、今ほどは知らなかった。
 
『私、頑張ってるのに! なんで解ってくれないの!』
 
 母さんはよく暴れて、使用人や俺を責めた。
 
――『なんで、母さんはこうなんだろう?』
 
 幼心に、母さん”が”俺を傷つけていることは、わかっていた。
 母さんは、いつもは優しくて……俺を愛してると言う。でも、それが長続きしない。風邪をひくみたいに俺を嫌いになって、邪魔にする。
 
『そりゃ、お前が甘えてるからだって』
 
 晶は、呆れかえって言う。――場所が子供部屋に移っていた。遊びに来た晶に、母の日のことを話していたんだ。
 
『甘えてるって?』
『自分の子どもだからって、何でも許せるわけないじゃん。他人と一緒で、あんまり甘えてたら、ウザくなって当然だろ』
『……』
 
 子どもらしくない表情をするせいか、晶は同年代の誰より大人に見えた。晶の言葉は的確に思えたし、その分きつかった。
 だって、親に愛されていたいのは、子どもの純粋な欲求だろう。
 
『お前が悪いんだよ。カーネーションなんか渡して、「ママらしくいろ」って言ったから』
 
 晶の言う事は、もっともだと思った。母さんは不安定で、俺は子供とは言えアルファだ。守ってあげないと、いけない。
 
 ――でも……なんで、俺ばかり我慢するんだろう?
 
 いつも、喉の奥から出かかっていた。――なんで、俺ばかり。俺の気持ちは、誰が聞いてくれる?
 
『晶ちゃん、ありがとう!』
『当然だよ! 陽平ママのこと、大好きだから』
 
 晶の渡したプレゼントのぬいぐるみごと、あいつを抱きしめて、頬ずりする母さん。
 俺は、遠巻きに二人の様子を眺め、空しかった。
 
『陽平ちゃんは、こんなことしてくれないの。本当に嬉しいわ』 
『マジ? まあ、陽平なりに考えてるから、許してあげて』
『ありがとうね。晶ちゃん、いい子ね』
 
 俺は、いったい何なんだろう?
 ただ喜んでほしかったのに……母さんに泣かれ、晶に責められて。
 どうして、何が悪かったのか……「なんで」って、言いたかった。でも、「なんで解らないの」って言われるだけだって、わかっていて、何も言えなかった。

 
「ちくしょう……」
 
 唇を噛み締めて、涙をこらえていると……そっと抱きしめられる。溶けるようにやわらかで、優しい腕の感触に、息を飲んだ。
 
「陽平、話して?」
 
 優しい声が言う。
 
「陽平の気持ち、聞かせて。ちゃんと話したいから……」
 
 そのとき――ふわり。優しい香りが、夢に入り込んでくる。咄嗟に、伸ばした手が……ふわふわと柔らかなものを握りしめた。




 
「……っ」
 
 そろそろと薄目を開けると、見慣れた天井が見えた。閉まりっぱなしのカーテンから、白い光が透けている。
 起きる前から、体が軽いのがわかった。この二日、ずっと纏わりついていた倦怠感が消えている。
 
「……あ」
 
 自分が、思い切り握りしめているものを見て、はっとする。
 ひょっとして、夢の中で掴んだ柔らかな感触は、これだったのか。
 
――『陽平、風邪ひくとあかんから。これ、かけとき?』
 
 ……あいつがお節介して、かけてきた夏用のブランケット。
 やわらかくて、軽いのに暖かい。これがあれば何とかなる気がして、ずっと探していた。
 
「あいつ……」
 
 ブランケットを畳みなおして、唇を噛み締める。
 これを見つけたのは、成己の部屋の衣料箪笥だった。綺麗にパッキングして、仕舞ってあったんだ。「To Narumi」って……小さな刺しゅうがある、ブランケットと同じ柄の、袋と一緒に。

「くそ……!」

 道理で、俺の所には無いはずだ。顔を埋めると、ほのかに淡い花の香りがする。
 ずっと俺のものだと思っていたのに、成己の私物だった。素知らぬ顔で、あいつが俺に与えていたのだと知り、どうしようもない気持ちになる。

――なんで、今さら気づかせるんだ。お前は……

 手の中のやわらかさが憎い。でも、引き裂く真似はもうできそうになかった。
 
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。