202 / 505
第四章~新たな門出~
二百一話【SIDE:陽平】
しばらくウダウダしていたが、腹が空腹を訴え始める。
寝込んでいる間、水とゼリー飲料だけは飲んでいた。それも、キッチンまで取りに来るのが面倒で、満足ではなかったから。
「なんか、食うか……」
ベッドから下りると、空のペットボトルをぐしゃりと踏みつける。捨てに行く気力もなく、放り出したものがそのままになっていたらしい。
……動けるようになった途端、片づけかよ。億劫で、気が塞いだがどうしようもない。
ひとりで体調を崩すと、こんなことにも煩わされるのか。
「だる……」
何にせよ、ゴミ袋をとってこないといけない。それなら、まず何か食って、掃除はそれからだ。
のろのろと寝室を出れば、寝込む前と大差ないダイニングに迎えられる。投げ飛ばしたティッシュ箱さえ、そのまま落ちていて、三日前にトリップしたような錯覚に陥った。
――……晶の持って来た食材を冷蔵庫に突っ込んだ自分を、褒めてやりたい。
放置していたら、寝室どころじゃない惨状に迎えられただろう。
冷蔵庫を開いて、さらにため息がでた。
「……」
食えるもんがない。
牛乳は、期限が切れてるし。つまみ用のチーズやハムなんて、病み上がりに食うにはヘビーすぎる。
期限間近のヨーグルトを取って、椅子に座った。大して食いたいものじゃないけど、手ごろに食えそうなもんがこれしかない。
「……いただきます」
無糖のすっぱいヨーグルトを、機械的に口に運んだ。冷たいもったりした食感が、何度も喉を滑って、胃に落ちる。
美味くはない。……本音を言うと、ただ寒い。病み上がりに、何食ってんだろうと思う。
『……陽平、つらい?』
心配そうな、やわらかい声がふと甦り、スプーンを握る手が止まる。
体調を崩したとき、何度も聞いた……成己の声だった。
『なにか食べられそう?』
そう聞かれて、「なにが食いたい」と言えば、にゅうめんでも雑炊でも、なんでも出てきた。一度、何気なく「ざる豆腐」と伝えたら、それも。
――そんなもの、一度だって食いたいって言ったこともなかったのに……どうして。
成己は、センターで構われてきたせいか……誰よりもまめまめしく、俺を看病した。
体を拭い、汚れ物を片付けて、俺の飯を作って。――なのに、魘されて目を覚ますと、いつも傍にいた。
『しんどいねえ。すぐ良くなるからね……』
そう言って、額を撫でる手は、水につけたように冷たくて。それが俺の熱で、じわじわ温もっていくのを感じると、胸が苦しくなった。
どこかへ帰りたいと、強く願うような……泣きたいような感情にさらされて。
「……っ」
喉が、ぐっとつまる。
……ホームシックなのだと、思っていた。あの実家でも、離れれば恋しくなるのだと。
だって、ここは俺の家じゃないから。
――なのに……なんで、今も同じ気持ちになるんだ。
スプーンを、きつく握りしめる。無理矢理に、ヨーグルトの残りをかきこんだ。
これ以上、くだらない感傷に浸りたくない。――とんでもない答えに、辿りつきそうで、怖かった。
ソファに寝転んで、ダラダラしているうちに、夕方になる。
結局、掃除もしていない。怠惰だ――そう思うものの、どうにもしんどい。
「……」
積んでいた電子書籍を消化していれば、時間は過ぎた。返信を急ぐ連絡なんかも、殆ど来ていない。強いて言うなら母さんくらいだが、
『返事は?!』『なんで連絡しないの!』『ひどい』……
かなりヒステリックな文面に、今はまだ触れたくないと思う。
……俺が体調を崩しているとか、そういう風に考えてくれないんだよな。
それが、俺への母さんの評価なのかもしれない。
「……はぁ」
逆に、晶の奴からは一切の連絡がないのも、滅入る。
喧嘩したとはいえ、俺の体調が悪いのを、知ってるはずなのに。おおかた、俺が謝るまで連絡しないつもりだろう。
喧嘩をして、向こうから謝ったことはない。
――いつでも俺が悪いんだ。晶も、母さんも……
俺はアルファだから、当然だ。
二人は大変だから、俺が守ってやらなきゃ……そう思おうとして、以前より断固とした決意にならないことに驚く。
「……なんで」
あんなに強く、思えたのに。
……成己が居たときは。
「……っ!」
考えたくない!
寝返りをうつと、スマホが新しく通知を鳴らす。
SNSからだ。西野さんの投稿があったという――消すはずが、タップしてしまい、俺は息を飲む。
「……成己?」
西野さんの投稿した写真のなかに、成己がいた。
後ろ姿だが、わかる。華奢な背中と、エプロンの紐の絡む細い腰……いつも、キッチンで見ていた光景だ。
「なんで、成己が?」
西野さんの投稿を確認すれば、『七月の試験帰りに、芽実と友人の家を訪ねたときの』とある。
『美味しいのご馳走になっちゃった! 新婚さんの二人にも』
数枚ある写真は、コーヒーとホットケーキ。結婚指輪が光る、白く華奢な手と、浅黒い肌のでかい手。頭がカッとなる。
――んだよ、この当てつけみたいな……!
苛々と画面をスクロールすると、西野さんと佐田と、成己の写真が現れた。
「……っ!」
目元はシールで隠れているけれど、にっこりと笑った口元。見慣れた成己の笑い方だった。
――成己。
何故か、目が離せない。
呆然としていると、新規コメントがついた。
『あーこれ。美味しかった』
と、佐田らしきアカウントから。すると、
『だよね! お店再開したら、絶対行くんだ~』
すぐに西野さんからの、返信がつく。
俺は、そのやり取りを見るともなしに眺め……アプリを閉じた。
なんとなく……本当になんとなく、成己の写真を保存してから。
寝込んでいる間、水とゼリー飲料だけは飲んでいた。それも、キッチンまで取りに来るのが面倒で、満足ではなかったから。
「なんか、食うか……」
ベッドから下りると、空のペットボトルをぐしゃりと踏みつける。捨てに行く気力もなく、放り出したものがそのままになっていたらしい。
……動けるようになった途端、片づけかよ。億劫で、気が塞いだがどうしようもない。
ひとりで体調を崩すと、こんなことにも煩わされるのか。
「だる……」
何にせよ、ゴミ袋をとってこないといけない。それなら、まず何か食って、掃除はそれからだ。
のろのろと寝室を出れば、寝込む前と大差ないダイニングに迎えられる。投げ飛ばしたティッシュ箱さえ、そのまま落ちていて、三日前にトリップしたような錯覚に陥った。
――……晶の持って来た食材を冷蔵庫に突っ込んだ自分を、褒めてやりたい。
放置していたら、寝室どころじゃない惨状に迎えられただろう。
冷蔵庫を開いて、さらにため息がでた。
「……」
食えるもんがない。
牛乳は、期限が切れてるし。つまみ用のチーズやハムなんて、病み上がりに食うにはヘビーすぎる。
期限間近のヨーグルトを取って、椅子に座った。大して食いたいものじゃないけど、手ごろに食えそうなもんがこれしかない。
「……いただきます」
無糖のすっぱいヨーグルトを、機械的に口に運んだ。冷たいもったりした食感が、何度も喉を滑って、胃に落ちる。
美味くはない。……本音を言うと、ただ寒い。病み上がりに、何食ってんだろうと思う。
『……陽平、つらい?』
心配そうな、やわらかい声がふと甦り、スプーンを握る手が止まる。
体調を崩したとき、何度も聞いた……成己の声だった。
『なにか食べられそう?』
そう聞かれて、「なにが食いたい」と言えば、にゅうめんでも雑炊でも、なんでも出てきた。一度、何気なく「ざる豆腐」と伝えたら、それも。
――そんなもの、一度だって食いたいって言ったこともなかったのに……どうして。
成己は、センターで構われてきたせいか……誰よりもまめまめしく、俺を看病した。
体を拭い、汚れ物を片付けて、俺の飯を作って。――なのに、魘されて目を覚ますと、いつも傍にいた。
『しんどいねえ。すぐ良くなるからね……』
そう言って、額を撫でる手は、水につけたように冷たくて。それが俺の熱で、じわじわ温もっていくのを感じると、胸が苦しくなった。
どこかへ帰りたいと、強く願うような……泣きたいような感情にさらされて。
「……っ」
喉が、ぐっとつまる。
……ホームシックなのだと、思っていた。あの実家でも、離れれば恋しくなるのだと。
だって、ここは俺の家じゃないから。
――なのに……なんで、今も同じ気持ちになるんだ。
スプーンを、きつく握りしめる。無理矢理に、ヨーグルトの残りをかきこんだ。
これ以上、くだらない感傷に浸りたくない。――とんでもない答えに、辿りつきそうで、怖かった。
ソファに寝転んで、ダラダラしているうちに、夕方になる。
結局、掃除もしていない。怠惰だ――そう思うものの、どうにもしんどい。
「……」
積んでいた電子書籍を消化していれば、時間は過ぎた。返信を急ぐ連絡なんかも、殆ど来ていない。強いて言うなら母さんくらいだが、
『返事は?!』『なんで連絡しないの!』『ひどい』……
かなりヒステリックな文面に、今はまだ触れたくないと思う。
……俺が体調を崩しているとか、そういう風に考えてくれないんだよな。
それが、俺への母さんの評価なのかもしれない。
「……はぁ」
逆に、晶の奴からは一切の連絡がないのも、滅入る。
喧嘩したとはいえ、俺の体調が悪いのを、知ってるはずなのに。おおかた、俺が謝るまで連絡しないつもりだろう。
喧嘩をして、向こうから謝ったことはない。
――いつでも俺が悪いんだ。晶も、母さんも……
俺はアルファだから、当然だ。
二人は大変だから、俺が守ってやらなきゃ……そう思おうとして、以前より断固とした決意にならないことに驚く。
「……なんで」
あんなに強く、思えたのに。
……成己が居たときは。
「……っ!」
考えたくない!
寝返りをうつと、スマホが新しく通知を鳴らす。
SNSからだ。西野さんの投稿があったという――消すはずが、タップしてしまい、俺は息を飲む。
「……成己?」
西野さんの投稿した写真のなかに、成己がいた。
後ろ姿だが、わかる。華奢な背中と、エプロンの紐の絡む細い腰……いつも、キッチンで見ていた光景だ。
「なんで、成己が?」
西野さんの投稿を確認すれば、『七月の試験帰りに、芽実と友人の家を訪ねたときの』とある。
『美味しいのご馳走になっちゃった! 新婚さんの二人にも』
数枚ある写真は、コーヒーとホットケーキ。結婚指輪が光る、白く華奢な手と、浅黒い肌のでかい手。頭がカッとなる。
――んだよ、この当てつけみたいな……!
苛々と画面をスクロールすると、西野さんと佐田と、成己の写真が現れた。
「……っ!」
目元はシールで隠れているけれど、にっこりと笑った口元。見慣れた成己の笑い方だった。
――成己。
何故か、目が離せない。
呆然としていると、新規コメントがついた。
『あーこれ。美味しかった』
と、佐田らしきアカウントから。すると、
『だよね! お店再開したら、絶対行くんだ~』
すぐに西野さんからの、返信がつく。
俺は、そのやり取りを見るともなしに眺め……アプリを閉じた。
なんとなく……本当になんとなく、成己の写真を保存してから。
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
愛され方を教えて
あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。
次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。
そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。