いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百三話【SIDE:陽平】

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「お前さあ、ママのこと何とかしろよ」
 
 部屋に戻ってきて、開口一番に晶はそう言った。
 
「はぁ?」
 
「立ち話は困る」と言うので、仕方なく家に上げたら、この態度って。
 
 ――こないだの事で、ひと言もねえし……何なんだよ。
 
 その上、意味がわかんねえけど、晶の方はブチ切れているらしかった。真っ白い額に青筋が浮かび、苛々とテーブルを指で叩いている。
 威嚇めいた行動に腹が立って、俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。殊更ゆっくり飲んでいると、晶が「陽平!」と怒鳴った。
 
「んだよ」
「話してんだろ。真面目に聞けよ」
「……聞いてるって。俺の母さんがなんだって?」
 
 尖った声で詰め寄られ、面倒になる。話を促せば、晶は言う。
 
「お前のママが、椹木の家に訪ねてくんだよ! 毎日、毎日……!」
「え?」
「やれ「見舞い」だ、「土産」だってさぁ……! 頻繁過ぎて、使用人にも怪訝に思われるし、困ってんだよ。それとなく来ない様に言っても、「なら家に遊びにいらっしゃい」「ずっと居てくれてもいいから」って言うんだぞ……?!」
 
 晶は、テーブルに拳を叩きつけた。
 わなわなと細い肩が震えているのを見ながら、俺は唖然とした。
 
「マジかよ……」
 
 まさか母さんが、椹木の家にまで訪ねて行くとは思わなかった。――そんな大胆な行動に出る程、俺と晶を結婚させたいのか? 母の執念にぞっとしていると、晶に胸倉を掴まれた。
 
「お前、ママに何吹きこんだ? 俺はお前と結婚なんて、死んでもごめんだぞ」
 
 そんな言い方があるか、とムッとした。別に、俺だって晶の婚約を壊そうなんて思っていないのに。
 細い手首を握り、振り解く。
 
「……何も言ってねえよ、ただ、母さんは、俺とお前が寝たのを知ってるから」 
「はぁ?! もう……ママなら、解ってくれてると思ってたのに……」
 
 晶は、悔し気に髪を掻きむしった。
 手の中でペットボトルを回しながら、俺は複雑な気持ちを持て余していた。――そんなに苛立たなくていいだろ?
 
「……なあ、ちゃんと話そうぜ。母さんは突っ走ってるけどさ、お前をマジで心配してんだよ」
 
 母さんは、晶が婚約者と上手くいっていない事を、ずっと案じていた。それで、息子の俺と結婚するならと、夢中になってしまったんだろう。――それは、俺たちが家で寝ちまったことにも原因があるし、ちゃんと話すしかない。
 そう、言った。しかし、
 
「なんで俺が。お前、自分のママくらい一人で宥めろよ」
 
 心底不思議そうに言われて、目を見開いた。
 
「何、言ってんだよ。俺たちのことを誤解してんだぞ? ちゃんと二人で……」
「だ・か・ら! それはお前のせいじゃん。陽平ちゃんが、ママにきちんと説明できねえせいで。俺が、お前と寝たくて寝たみたいになっちまうんだろ!」
「けど、母さんはお前を案じてるんだよ。お前からも言わないと、納得なんて」
「うっせえなぁ。アルファのくせに、母親くらい、黙らせらんねーの? お前がそんなだから、俺が迷惑被ってんじゃねーかよ!」
 
 晶が、苛立たしげに怒鳴る。その言葉に――さあ、と血の気が引く気がした。
 
「お前さ……母さんが迷惑って、流石にねえんじゃねえの?」
 
 自分でも、驚くぐらい冷えた声が出た。
 晶も、俺の空気が変わったのに気づいたか、怯えたように肩を震わせる。
 確かに、晶にも婚家での立場があるはずで。母さんの行動で、椹木に勘づかれたらと思うと、嬉しくないのはわかる。
 だけど。
 
『晶ちゃん、椹木の家で上手くいってないみたいなの。心配よね』
『いつでも、いつまでも居てくれていいのよ。晶ちゃんなら息子同然だもの』
 
 母さんは、あれだけお前を案じていたじゃねえか。
 
「言葉が過ぎんだろ。お前、母さんにどれだけ婚約者の愚痴言ったよ。お前が、遊びに来て、母さんが迷惑がったときあったかよ?!」
 
 許しがたい言葉だった。なんでそこまで、自分を思う人の気持ちを無視できるんだ?
 
「……そんなの、ママは自分の家だからだろ。俺は、椹木の家で、どれだけ肩身が狭いか……!」
 
 震える唇が吐き出したのは、それでも反論だった。心のどこかが倦んでいく気がしながら、俺は言い返す。
 
「お前がそう言うから、母さんは心配してるってんだろ。何が不満なんだよ」
「だからッ……わかんねぇのかよ。陽平ママが、お前との関係匂わせたらっ……あの人に、捨てられる」
 
 悲痛に震える声に、俺はため息を吐く。可哀そうと思う余裕もない。
 
「だから。そんな奴に捨てられても大丈夫なように、俺は……もう何なんだよ、お前。どうしたいんだ? ただ単に、椹木にバレたくないだけか」
「それは……」
 
 珍しくしどろもどろになる晶に、疑問が湧きおこる。
 まるで、椹木と別れたくないみたいだ。
 そのとき――野江のパーティを思い出した。嫌いなはずの椹木の腕に、大人しく抱かれていた晶の姿を……
 
「お前さ……本当は、椹木に惚れてんの?」
 
 その問いの効果は、覿面だった。
 
「あ……俺は、あの人のことなんて……」
 
 晶は色が白いから――赤くなると、本当に目立つ。指先まで赤くなって、おろおろと視線をさ迷わせるさまは、間違いようもなく「肯定」を表していた。
 
「はは……」
 
 乾いた笑いが漏れる。
 
 ――なんだ、そう言う事だったのかよ。
 
 晶は、椹木に惚れていた。口で何と言おうと、別れたくないし、そのつもりもなかったんだ。 
 だったら、俺は何だ。――晶は、俺にしか頼れないと、思っていたのに。
 
『誰とでも、こんなことすると思うなよ。お前は、弟だから……』
 
 そう言って、身を寄せてきたお前を抱き留めた。――それができるのは、俺だけだと信じていたから。
 なのに、違ったのか。お前には、頼りたい相手が居たってことなのか?
 
  じゃあ、俺は……一体、何のために!
 
 酷い吐き気がこみ上げてきて、口を覆う。――昨夜からずっと見ていた、成己の笑顔が浮かんだ。それから、婚約を決めた日の、嬉しそうな泣き顔も。
 その顔が、次第に悲し気に歪んでいき……暗闇に溶けるように消えていく。
 
「陽平……?」
 
 呆然と立ち尽くしていると、晶におずおずと腕をとられる。俺は、なんでか芯からゾッとして、身を躱した。――触れられたくなかった。
 
「帰れ」
 
 冷たく言い放ち、自室に籠る。
 晶の怒鳴り声が背を追っかけてきたけれど、今は何も響かなかった。
 
 
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