いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百十話【SIDE:陽平】

『嘘つき……! 許さへんから!』
 
 成己は激しく泣きわめいて、物を投げつけてきた。卵をぶつけられるなんて、人生初めてだった。パニックになりかけながらも、晶を庇うと、火に油を注いだらしい。
 
『陽平から離れてっ!!』
 
 あの華奢な体のどこに、そんな力があったのか。成己は叫びながら、晶に向かって、むちゃくちゃに拳を振り落とした。獣のような暴れ方に、驚愕する。――これは、本当にあの成己なのか?
 
『なんで、この人を庇うの! なんで!?』
 
 執拗に晶に掴みかかろうとする成己から、強い怒りのフェロモンが香った。――オメガもアルファほどではないが、威圧のフェロモンを持つ。自分の「家」を守るため、闘うときのものだ。……いつもご機嫌な成己が、そんなものを見せるなんて。
 腕の中の晶が青褪めて、喉をかきむしる。俺は焦って、闇雲に殴りかかる成己を引き剥がした。
 
『いい加減にしろよ!』
『……友達って言ったくせに……信じてたのに!』
 
 床に力一杯押さえつけると、薄い胸を喘がせ、成己は睨みつけてきた。両の目尻から涙を流し、激しくしゃくりあげている。
 赤子のように真っ赤で、険しく歪んでいるのに――死ぬほど悲しい泣き顔だった。
 
 ――成己……
 
 一瞬、野江の事も晶のことも忘れた。
 胸に、成己への強い愛おしさが衝き上げて……泣き続けるこいつを抱きしめてやりたいとしか、考えられなくなる。
 腕を、伸ばしかけたとき――晶が「俺のせいだ」と声を上げ、我に返る。
 
『――心配しなくても、陽平は成己くんのものだよ』
 
 事情を説明し、晶は悲し気に微笑んだ。真っ白い体が、小刻みに震えているのは明らかだった。あいつの不安を、一瞬でも忘れた自分に呆れてしまう。
 
 ――何考えてんだ……晶には、俺しかいないんだぞ。
 
 気を持ち直した俺は、成己を宥めた。同じオメガとして、思いやりを持つように。もとは優しいあいつのことを、信じたかった。
 なのに――成己は婚約者にバレても良いのかと、晶を脅したんだ。
 
 ――嘘だろ、成己。お前がそんなこと言うなんて……
 
 今まで、共に過ごした成己の全てが、否定されるような感覚だった。
 にこにことご機嫌に笑って……優しいお人よし。大切にしてきた親友のことを、そいつ自身に打ち壊されてしまった。
 涙でぐちゃぐちゃの顔を睨みつける。――今はただ、許せなかった。
 
『陽平……!』
 
 俺は縋るような叫びに、背を向けた。
 もう、何も考えたくなかった。
 
 
 
 
 
『どうしよう……捨てられる。また、昔みたいに……!』
『晶……!』
 
 成己を寝室に置き去りにし――浴室に二人きりになると、晶は声を上げて泣き出した。
 与えられたストレスで、恐慌状態に陥っていたらしい。成己にばらされる、と晶は絶望に顔を歪めた。
 
『成己くん、俺のことをあの人に話すだろ……そうしたら、センター行になるんだ。ずっと、頑張って来たのに……!』
 
 シャワーの水流が床を打つ音を、かき消す程の慟哭。毅然とした晶の姿は、どこにもない。俺は慌てて、白い体を抱きしめる。
 
『うわぁぁ! なんで、俺ばっかり……!』
『晶、落ち着け……』 
『あの人に捨てられてっ……親だって、助けてくれない! こんなことなら、最初から捨てて欲しかった! 生まれた時に、センターに捨てられた方が、マシだった!』
 
 喉も裂けんばかりに叫ぶ晶を、きつく抱きしめた。
 
 ――どうしたらいい? 俺は……
 
 成己を許せないし、晶を助けたい。でも、今の俺ではどうすることもできない。
 すると、強い力で晶がしがみついてくる。――離さないでくれと、溺れる者ががむしゃらに縋るように。唇が押し当てられ、瞠目した。
 
『晶……』
『離さないで……今だけでいいから……!』
 
 否定を聞きたくないとばかりに、唇に舌が割入って来た。激しい水音を立て、晶は俺を愛撫する。
 浴室中に、むせ返るほどの晶のフェロモンが香り、理性ははじけ飛んだ。
 
『晶……!』
 
 痩身を抱き寄せ、後ろから深く繋がった。
 晶は甘い叫び声をあげ、背を反らす。何も考えたくないのは、お互い様かも知れなかった。
 
『お願い、もっと! もっと抱いて……!』
 
 めちゃくちゃに叫びながら、晶は悶えた。寝室に居る成己にも、届いているだろうと……頭のどこかで思った。丸くなって震える小さな背中を思うと、罪悪感に胸が軋む。
 けれど……
 
『俺には、お前しかいない……今だけでもいい。側にいて……!』
 
 晶に必死に訴えられ、放っては置けなかった。
 婚約者に捨てられると怯えて、この俺に助けを求めている。こんな晶を、放っては置けない。
 
 ――成己……お前が晶を追い詰めるから! お前が……
 
 成己は、オメガとして最低のことをしようとした。その上野江を頼り、俺を必要としていない。
 ――なら、もういいと思ったんだ。
 
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