いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百十一話【SIDE:陽平】

 成己のことが、わからなかった。
 ……ご機嫌で、お人よしで。少し頼りないけど、純な優しい奴。それが成己だと思っていたのに……いまのあいつは、くだらない嫉妬で晶を不幸のどん底に陥れようとしている。
 
『許さへんから……!』
 
 涙でぐしゃぐしゃになった、険しい顔。二度とほほ笑まないのではないかと思うほどの、激しい怒り。
 あんな成己は、初めてだった。
 
 ――俺が見ていたあいつは、全部嘘だったのか? 
 
 胸に重石を乗せられたようだった。……もう、何も考えたくなかった。
 だから、晶の為に成己を切り捨てようと、決めたんだ。 
 フリーのアルファに戻って、晶が椹木に捨てられたとき、俺が受け皿になってやろうって。
 
『また捨てられる。だれも、助けてくれない……!』
『そんな事ないわ。晶ちゃんをセンターになんて、行かせるものですか』
 
 なにしろ、共に帰った俺の実家でも、晶は泣き続けていて。母さんの慰めも届かない有様に、とても放っておけなかったし。
 
『もう、自分からセンターに行こうかな……成己くんに、センター行にされたなんて、思いたくないし』
『晶……』
 
 気の強い晶が、身も世もなく泣くのは、痛々しかった。
 晶をここまで追い詰めたことを、成己も、思い知るべきだと思った。あいつは愛されて育ったから、人間がどれだけ利己的か、知りもしない。
 問題ってのは、話し合って解決できないことが殆どで。それがトドメになることもあるってことを。
 
『成己と、婚約破棄したい』
 
 決意を話すと、母さんは強く後押ししてくれた。
 すぐさまセンターに赴き、婚約破棄の手続きをして。あとは、縋りつく成己を振り払って……俺は晶に言ってやった。
 
『もう心配いらねぇ。俺がセンターになんか、行かせねぇから』
『え……本当に?』
 
 力強く頷くと、晶の瞳に光が点った。泣き笑いで、飛びついて来たあいつを抱き留めて――これで良かったんだと思った。
 晶を守る。晶には、俺しかいないんだから……
 縋りつく腕の強さが、愛情と感謝の表れだと信じていた。
 
 



 
 
「……」
 
 陰り始めた光が、窓から振り込んできて、額を撫でる。床に転がった体には、倦怠感がまとわりついていた。
 
 ――なのに、全部嘘だった。
 
 色々と考えているうちに、ずい分と時間が経っていたらしい。一人、天井を見上げていると……喉を締め付けられるように、息が苦しくなる。
 拳を振り上げて、床を叩く。どん、どん、と鈍い音が連続するほどに、手が痛み始める。
 
「俺だけってのは、何だったんだよ……」
 
 文句を呟くことさえ、怠い。もう、今までの全てが、解らなくなっていた。
 だって、晶が椹木を愛していたなら……どうして、「俺だけ」なんて言ったんだ? どうして、婚約者と向き合いたいと、一度も言わなかったんだ。
 
――『俺には、お前だけ……離さないで!』
 
 涙を流して、抱きついて来たのは? あれは、セックスの最中の戯言だったとでも言うのか。
 ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしった。苦心して抱えていた荷物が、今さら他人の所有物だったと知らされたような気分だった。
 
 ――晶の奴……どういうつもりなんだよ!
 
 椹木に惚れているかと訊いたときの、真っ赤な顔が浮かぶ。――関係を持った男の前でするには、あからさまで、あまりにも配慮がない反応。
 もし、俺に少しでも悪いと思っているなら……あんな風に振舞わない。

「……っ」

 噛み締めた奥歯から、くぐもった呻きが漏れた。
 それほど好きなら、なにを躊躇してたんだよ。

「くそ……」

 胸の奥が、ぐらぐらと煮詰められるように熱くなる。晶への信頼や、期待を取り戻そうとしても、上手くいかない。
 信じられないほど、ガッカリしていた。
 
「はっ……」
 
 自嘲する。
 俺は――晶のことは、友達だと思っていた。だけど、”晶には”特別に想われているのではないかと、どこかで思っていたらしい。
 馬鹿馬鹿しい、自惚れだった。
 でも、仕方ないだろう? 俺の知ってる晶なら、好きでもない男に何度も抱かれたりしない。まして、本命の男と向き合うのを逃げるためなんて。
 そんな、ばかげた理由でなんて。

 ――だったら、俺は! 何のためにこんなことをしてるんだ……!?

 全て、徒労だったのか。――晶の為に、あれこれ尽くした自分は、道化だったとでも。

「馬鹿みてえ……」

 友人が嫌いな奴と婚約してるんじゃないって、思えれば楽なんだろうに。どうしても、そんな風には思えない。
 晶に騙された――そんな気分が拭えなくて、吐きそうなほどに苛立っている。
 また拳を振り上げた……そのとき。
 
 ――『陽平に頼るのを悪いと思うなら、尚更、ふたりで解決せな……』
 
 突然、成己の必死に訴える声が甦った。
 
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