213 / 505
第四章~新たな門出~
二百十二話【SIDE:陽平】
婚約破棄を言い渡した日のことだ。
――『行き違いがあるのかもしれへんよ? 蓑崎さんも、結婚したいとまで、思った人なんやし……』
成己は身投げでもするように、必死な顔で話していた。――どうか考え直して欲しい、晶のことは婚約者に任せるべきだと。
当時は、自己保身にしか思えなくて、ただ煩かった。今さら何を言われても、俺は心を変えるつもりはなかったし。耳を貸さないことが、決意の表れだとさえ思っていたから。
「……あ」
はっ、と目を見開いた。
……ひょっとして、成己は何か解っていたのだろうか。
何か、オメガの勘で、俺に見抜けない晶の嘘を、感じ取っていたのか。
思えば、成己はいつも、晶のことを気遣っていたじゃねえか。――泊まりに来ても、いつも嫌な顔ひとつしなかった。快く飯を作り、洗濯をして、大学に送り出してくれた。
そんなあいつが、「晶を許せない」と言ったことを、もっと重く受け止めてやるべきだったんじゃないか。
――『陽平、考え直して。別れたくないよ……』
ひたすらに悲しそうな顔が、甦ってくる。あの日成己は、晶と俺の関係を疑っていながら――必死に、俺に縋りついてきた。プライドを捨てても、俺を失いたくない、と。
「成己……」
胸がぎゅっ、と締め付けられる。
――成己は、なにも変わっていなかったんだ。
晶が嘘だったと分かった今、ねじ曲がっていた成己の像が、もう一度クリアになっていく。薄情に思えていたあいつの言葉が、真っすぐに胸に届いた。
晶に騙されて、あいつのことを信じなかったことが、痛いほど悔やまれた。あいつは、きっと……晶の欺瞞に気づいて、俺のことを心配していたんだろうに。
俺は、ノイズに振り回されて、信じなかった。
――そうだ、野江とのことを疑っていたから。お前こそ、自分を棚に上げて何言ってんだって……
ごろ、と寝返りをうつ。膝を抱えて、呻いた。
本当はもう、わかっている。
あのとき成己は……野江に指一本、触れられていなかったって。
――『陽平、恥ずかしいよ……』
羞恥に震え、今にも逃げ出したそうにしていた。あの日、俺の下で震えていた成己のカラダ――
「……っ」
どこもかしこも綺麗で、触れられた痕なんて見当たらなかった。足を開かせて、丹念に確かめた秘所も……無垢そのもので。
あの体が、他者の蹂躙を受けているはずがなかった。
俺はアルファだ。どれだけ丹念に、痕跡を消しても――体内に他人を受け入れたかどうかくらい、簡単に嗅ぎ取ってしまうんだから。
「……俺は……」
間接が白くなるほど、手を握りしめる。
成己は怯えて、震えながら――従順に、俺に身を差し出していた。奥手でお堅いあいつが、どれだけ勇気を絞ったのか……今さらながらに、思い知る。
なのに俺は、怯えを拒絶だと思い、あいつを跳ねのけてしまった。
――……馬鹿だな、俺は……
成己の泣き顔が浮かんで、胸が締め付けられる。
野江と関係を持っていると、思いたかったのは……晶を信じたかったからかもしれない。成己が悪いと思わなければ、晶を信じ切ることは出来なかった。
まして――成己を憎んで、突き放す事なんて出来なかったはずだ。
「……はは」
今さら、気づいたって遅えよ。
体から力が抜けていき、床にだらんと伸びた。
成己はもう、野江と結婚しちまったんだ。
――そういや、センターに行ったほうがいいのかって、成己に泣かれたな……
そんなことは、考えてなかった。成己に不幸になれなんて、思ってないけれど――あいつが、他の男のものになることが、耐えられなかっただけだ。
『陽平、おはよう』
俺の隣で嬉しそうに目覚めるときの……笑顔。あれが、野江のものになるなんて、今でも信じられない。
……手放すんじゃなかった。
後悔で胸が苦しくなって、寝返りをうつ。すると――クローゼットが目に入った。
成己への誕生日プレゼントがある。
――『ひどいよ、陽平……!』
ぼろぼろと涙をこぼして、怒っていた成己を思い出す。
あの時のあいつは。野江の妻らしく上品な絽を纏いながら……俺に必死に訴えていた気がする。――「どうして、わかってくれないんだ」って。
野江の元に居て、なお……あいつの心には俺の影がある。
「……!」
俺は、がばりと身を起こした。
成己のプレゼントをつかみ取り、部屋を飛び出した。
――行かないと……!
がむしゃらに走り、成己のもとへ向かう。
ずっと、成己のことを誤解していた。今更、どうにもならねえかもしれねえけど……あいつに、きちんと想いを伝えたかった。
俺だって、誕生日を楽しみにしていた。お前と、結婚するつもりで……伝えたい言葉があったことを――
「成己……!」
あいつが野江の元にいるのは、解っていた。
何度か連れて行ってもらった、あの男の店まで走り続け――着いた頃には、閑静な住宅街に夕焼けが差していた。
「あいつの店は……」
道筋を辿ってゆくと、笑い声が聞こえてきた。
「じゃあ、また来るよ」
「ありがとうございますっ」
はっと息を飲む。あの柔らかな声は………会いたかった奴の顔がすぐに浮かんだ。
――成己!
――『行き違いがあるのかもしれへんよ? 蓑崎さんも、結婚したいとまで、思った人なんやし……』
成己は身投げでもするように、必死な顔で話していた。――どうか考え直して欲しい、晶のことは婚約者に任せるべきだと。
当時は、自己保身にしか思えなくて、ただ煩かった。今さら何を言われても、俺は心を変えるつもりはなかったし。耳を貸さないことが、決意の表れだとさえ思っていたから。
「……あ」
はっ、と目を見開いた。
……ひょっとして、成己は何か解っていたのだろうか。
何か、オメガの勘で、俺に見抜けない晶の嘘を、感じ取っていたのか。
思えば、成己はいつも、晶のことを気遣っていたじゃねえか。――泊まりに来ても、いつも嫌な顔ひとつしなかった。快く飯を作り、洗濯をして、大学に送り出してくれた。
そんなあいつが、「晶を許せない」と言ったことを、もっと重く受け止めてやるべきだったんじゃないか。
――『陽平、考え直して。別れたくないよ……』
ひたすらに悲しそうな顔が、甦ってくる。あの日成己は、晶と俺の関係を疑っていながら――必死に、俺に縋りついてきた。プライドを捨てても、俺を失いたくない、と。
「成己……」
胸がぎゅっ、と締め付けられる。
――成己は、なにも変わっていなかったんだ。
晶が嘘だったと分かった今、ねじ曲がっていた成己の像が、もう一度クリアになっていく。薄情に思えていたあいつの言葉が、真っすぐに胸に届いた。
晶に騙されて、あいつのことを信じなかったことが、痛いほど悔やまれた。あいつは、きっと……晶の欺瞞に気づいて、俺のことを心配していたんだろうに。
俺は、ノイズに振り回されて、信じなかった。
――そうだ、野江とのことを疑っていたから。お前こそ、自分を棚に上げて何言ってんだって……
ごろ、と寝返りをうつ。膝を抱えて、呻いた。
本当はもう、わかっている。
あのとき成己は……野江に指一本、触れられていなかったって。
――『陽平、恥ずかしいよ……』
羞恥に震え、今にも逃げ出したそうにしていた。あの日、俺の下で震えていた成己のカラダ――
「……っ」
どこもかしこも綺麗で、触れられた痕なんて見当たらなかった。足を開かせて、丹念に確かめた秘所も……無垢そのもので。
あの体が、他者の蹂躙を受けているはずがなかった。
俺はアルファだ。どれだけ丹念に、痕跡を消しても――体内に他人を受け入れたかどうかくらい、簡単に嗅ぎ取ってしまうんだから。
「……俺は……」
間接が白くなるほど、手を握りしめる。
成己は怯えて、震えながら――従順に、俺に身を差し出していた。奥手でお堅いあいつが、どれだけ勇気を絞ったのか……今さらながらに、思い知る。
なのに俺は、怯えを拒絶だと思い、あいつを跳ねのけてしまった。
――……馬鹿だな、俺は……
成己の泣き顔が浮かんで、胸が締め付けられる。
野江と関係を持っていると、思いたかったのは……晶を信じたかったからかもしれない。成己が悪いと思わなければ、晶を信じ切ることは出来なかった。
まして――成己を憎んで、突き放す事なんて出来なかったはずだ。
「……はは」
今さら、気づいたって遅えよ。
体から力が抜けていき、床にだらんと伸びた。
成己はもう、野江と結婚しちまったんだ。
――そういや、センターに行ったほうがいいのかって、成己に泣かれたな……
そんなことは、考えてなかった。成己に不幸になれなんて、思ってないけれど――あいつが、他の男のものになることが、耐えられなかっただけだ。
『陽平、おはよう』
俺の隣で嬉しそうに目覚めるときの……笑顔。あれが、野江のものになるなんて、今でも信じられない。
……手放すんじゃなかった。
後悔で胸が苦しくなって、寝返りをうつ。すると――クローゼットが目に入った。
成己への誕生日プレゼントがある。
――『ひどいよ、陽平……!』
ぼろぼろと涙をこぼして、怒っていた成己を思い出す。
あの時のあいつは。野江の妻らしく上品な絽を纏いながら……俺に必死に訴えていた気がする。――「どうして、わかってくれないんだ」って。
野江の元に居て、なお……あいつの心には俺の影がある。
「……!」
俺は、がばりと身を起こした。
成己のプレゼントをつかみ取り、部屋を飛び出した。
――行かないと……!
がむしゃらに走り、成己のもとへ向かう。
ずっと、成己のことを誤解していた。今更、どうにもならねえかもしれねえけど……あいつに、きちんと想いを伝えたかった。
俺だって、誕生日を楽しみにしていた。お前と、結婚するつもりで……伝えたい言葉があったことを――
「成己……!」
あいつが野江の元にいるのは、解っていた。
何度か連れて行ってもらった、あの男の店まで走り続け――着いた頃には、閑静な住宅街に夕焼けが差していた。
「あいつの店は……」
道筋を辿ってゆくと、笑い声が聞こえてきた。
「じゃあ、また来るよ」
「ありがとうございますっ」
はっと息を飲む。あの柔らかな声は………会いたかった奴の顔がすぐに浮かんだ。
――成己!
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
愛され方を教えて
あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。
次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。
そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。