いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百十四話

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「あー、満足だぜ!」
 
 満面の笑みを浮かべた綾人が、ぱん! と手を合わせる。ぼくもゆるゆるの頬で、何度も頷く。
 
「美味しかったねえ。宏ちゃん、ごちそうさまですっ」
「お粗末さま」
 
 宏ちゃんが穏やかに言って、目を細める。
 特製のホットケーキに舌鼓を打って、和やかなムードやった。ぼくは、温かい紅茶を一口飲んで、宏ちゃんの横顔をじっと見つめる。
 
 ――もう、いつもの宏ちゃんや。
 
 さっき、お店の外を見てるときね。何だか、ぴりぴりしてるみたいやってんけど……
 
「ん? どした」
 
 視線に気づいた宏ちゃんが、不思議そうに微笑む。ぼくは慌てて、首を振った。
 きっと、気のせいやんね。
 
「ふぃ~、リフレッシュしたし! オレは勉強でもするかな」
 
 と、綾人が明るい声で宣言して、立ち上がる。休憩室に駆け込んでいったと思うと、透明なプラスチックの鞄を抱えて、出てきた。
 
「綾人、お勉強してるん? えらいねぇ」
「いやあ、模試があるからさ。ちょっとやっとかんと、ヤバいかなって」
 
 もし?
 きょとんとしていると、綾人が照れたように頬をかく。
 
「オレ、一応受験生だから。つか、浪人生なんだけど」
「えぇ?!」
 
 びっくりして、叫んでしまった。
 
 ――綾人、受験生やったん!?
 
 宏ちゃんも知らんかったのか、目を丸くしてる。
 
「色々あって、今のタイミングなんだけどさー。朝匡が、「うちで働くなら、大学は出とけ」っつうもんだから。有り難く行かしてもらうかと」
「そうなんやぁ。ちなみに、どちらを?」
「あー……この近くの大学デス」
 
 おずおずと返ってきた答えに、ちょっとギクッとした。
 この近くの大学と言うと……陽平の通っているところやったから。
 
「朝匡が、そこならいいぞって。なーんで、よりによって、日本で一番賢いとこなんだよな?! あいつ、オレがすげーバカなの解ってて、嫌がらせか?」
 
 綾人はぷんぷんしながら、拳を握りしめる。
 ぼくは、「そんなことないよ」と苦笑してしまう。
 
 ――お兄さん、綾人と絶対離れたくないんやろなあ……強引すぎて、伝わってないですよ……
 
 ここ以外やと、遠方の大学になるもんね。
 宏ちゃんも同じことを思ってたのか、「仕方ないな、兄貴は」と笑っていた。
 
「それにしても、綾人ってば。受験生なんやったら、遠慮せんと言うてくれたらええのにっ。サポートさせてよー」
 
 ぼくは、ずいと身を乗り出した。
 受験生にとって、夏は正念場じゃないですか。ぼくときたら、「映画見よ~」って誘ったりしてたやん。
 綾人は、頬を赤らめて、目を泳がせた。
 
「いやあ。言ったらさ、一緒に遊んでくれねえかなーって」
「……綾人ってば!」
 
 あんまり可愛い答えに、爆笑してしまった。
 ひとしきり笑ったあと、宏ちゃんが目尻を拭いながら、言う。
 
「まあ、息抜きは適当にするとして。勉強時間は確保出来るよう、計らうからな。店長として」
「っす。ありがとうございます、宏章さん」
 
 綾人は、ニカッと笑った。


 
 
 それにしても、びっくりした。
 その日の深夜――宏ちゃんとベッドの中で、しみじみと話す。
 
「綾人が受験生やったなんて。そういえば、はやくに「寝まーす」ってお部屋に引き上げてたけど。あれ、お勉強してたんやなぁ」
「そうだなあ。知らずに、「気晴らし旅行に行こうぜ!」って誘わなくて良かった」
「せやねえ」

 ノリがいい綾人の事やから、快くつき合ってくれそうやもん。実際、「おうちシアターしよ」って言うたら、全部付き合ってくれてたし。
 
 ――こ、これからは、きちんと応援せなね。綾人はただでさえ、お兄さんのことで悩みが多いんやもんっ。
 
 むん、と布団を握りしめ、決意を新たにする。
 今夜はバイトで疲れたし、早く寝るらしいねん。やから、明日からは全力サポートしようと思って、好きな夜食も聞き出してきたんよ! 
 意気込んでいると、宏ちゃんに頭を撫でられる。
 
「いいなあ、綾人くん。成のおにぎり……」
「えへ。宏章先生にも、明日持って行きますね。原稿のおともに」
「おっ、サンキュ」
 
 笑った宏ちゃんが、ふと寝返りをうった。肘をついて、ぼくの顔をじっと見下ろしている。
 
「どうしたん?」
「うん……お前は、何かしてみたいことないか?」
「えっ」
 
 ぼくは、目を丸くする。指先が、優しく頬を撫でてった。
 
「成はさ。いつも、俺のために尽くしてくれるだろ。もっと、お前のしたいこともして良いんだぞ?」
 
 ぼくは凄くびっくりしたけれど――胸がほわほわと温かくなった。
 宏ちゃんは、「お兄ちゃん」の目をしてる。高校受験とか、大事な節目に相談すると、いつも親身になってくれたときの。ずっと、心配してくれてるんやね。
 ぼくは、ぎゅっと温かい手を握った。
 
「宏ちゃん、ありがとう。でも、ぼくね。したい事してるよ!」
「そうかあ?」
「うん。ぼく、宏ちゃんの側に居たいねん」
 
 そう言うと――切れ長の目尻が、ぱっと赤く染まる。
 ぼくは、ふふと笑った。
 お兄ちゃんも、旦那さんもするのは大変やんね……でも、嬉しいなって思う。ずっと一緒にいた、ひろにいちゃんやもん。
 手のひらに頬を寄せて笑っていると、宏ちゃんに抱きしめられる。
 
「ったく……成には敵わないな」
「えへへ」
 
 笑ったままの唇に、キスが落ちる。……やわらかな感触に、うっとりしちゃう。
 
「宏ちゃん。ぼく、幸せ」
「うん。俺もだよ」
 
 宏ちゃんはぎゅうと腕に力を込めた。穏やかな森の香りに包まれて、頬がほころんだ。
 
「なんつーか……俺はさ、我がまま放題にやって来たからなあ。お前を見てると、いじらしくて」
「そうかなあ……? あっ。ところで、宏ちゃん……この手はっ」
 
 ぼくは、腰のあたりで怪しい動きをする手を、ちらりと見下ろす。今にもパジャマに潜り込んできそうな……正直すぎる、大きな手。
 
「だめか?」
 
 悪戯っぽく笑われて、胸がきゅんとする。
 ぼくはちょっと伸びあがって、薄い唇にキスをした。
 
「ううん……全然だめとちゃうっ」
 
 
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