いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百二十五話【SIDE:晶】

 ――晶。これは、もうお前の持ち物ではない。

 俺の本を取り上げ、父が言った。 

 ……待って、父さん。
 今回は調子が悪かっただけ。次は、ちゃんと一番をとるから。
 
――もう無理しなくて良い。お前はオメガなのだから。

 必死に取り返そうと、伸ばした手は空を切った。父は俺から取り上げた本を、背後の小さな影に渡す。

――やはり、後継はアルファでなければな。

 そして、小さな影は俺の本を抱き、父の隣に並び去っていく。

 返せ……!

 俺は、その背に叫ぼうと、息を吸い――





「……くん」

 静かな声が、思考の戸を叩く。

「晶君」
「!」

 はっと息を飲むと……朝の光を背負った椹木さんが、俺を見下ろしていた。

「晶君。具合が悪いのですか」 
「……ぁ」

 心配そうに額に手を当てられて、完全に我に返る。
 朝だった。――椹木さんの家の寝室で、ベッドに横になっている。

――夢……?

 ほう、と息を吐く。
 嫌な夢の余韻に、心臓が不穏に鼓動していた。

「椹木さん……」
「すみません、起こしてしまいましたね。魘されていたようだったので……」

 自分を覗き込む男の名を呼ぶと、幾分ほっとしたような声がかえる。彼はスーツを着て、出勤前のようだった。
 ……俺だけ寝転んでるなんて、バツが悪ぃな。
 起き上がろうとすれば、押し止められた。

「寝ていてください。顔色が、悪いですよ」
「……っいえ。何にもありません」

 指先で、冷や汗で額に貼り付いた前髪を、そっとのけられる。子供をあやすような仕草に、胸がざわついて、寝返りを打った。

「大丈夫です。もう少し、寝るので……どうぞ行ってください」

 身じろぐと、腰が鈍く痛む。昨夜の行為のせいだった。そんな事も悔しくて、布団を耳まで引き上げる。

「……すみません。でも、何かあったら連絡して下さいね」

 そんなこと出来るわけ無いだろ、と思った。
 忙しいのわかってて……困らせるってわかってるのに。

――俺は、アルファに甘えて当然なんて思えない。……思いたくない。

 それでも、背後の気配は動かない。――俺が了解するまで、動きそうに無くて、仕方なく頷いた。

「行ってきます」
「……行ってらっしゃい」

 背を向けたまま、呟くと――背後で戸が閉まる。

「何か心配事があるなら、話して下さい」

 と……彼は、言い残して行くのを忘れない。

「……はっ」

 乾いた笑いが漏れる。冷たい婚約者に……どこまでも親切な、あの人に。

――だから、なにも言えるわけないのに。

 暗い気持ちで唇を噛み締めた。
 このところ連続している、悪夢。父さんに、見捨てられた日の再現だ。
 

――『晶、お前を後継から外す』

 八歳のあの日、俺はあの人の息子じゃなくなった。
 見上げた父の目には、憐憫しか見えなくて。オメガである俺は、失望さえしてもらえないのだと……その時、初めて知ったんだ。

 俺に期待しない人に、どうやって挽回すればいい?

 あの日から、捨てられる恐怖が胸にこびりついてる。俺がオメガである限り、一生拭えないんだ。
 絶望に、叫び出したくなる。

『――話して下さい』

 そんな俺が、どうしてあんたを頼れる?
 自分こそが、俺をどん底に突き落とすと気づこうとしない。――どこまでもアルファでしかない、あんたを。

「くそっ、どいつもこいつも……!」

 傍にあった枕を掴み、壁に投げつけた。

「……っ」

 アルファが憎い。
 俺から簡単に奪い、それがどれだけ残酷なことか気づきもしないあいつら。
 
――椹木さんも、父も……陽平だって!

 みんな、親切なふりだけして……俺が欲しいものは絶対に与えない。
 衝動的に、花の紋様に爪を立てたときだった。

 ――コンコンコン。

 ノックの音が響く。
 ドア越しに、使用人が声をかけてきた。

「おはようございます、晶様。入っても良うございますか」
「あ……はい」

 頷くと、音も立てずに中に入ってくる。

「お加減が悪いと伺いました。朝食は、いつも通りご用意させて頂いておりますが……おかゆなどの方が良うございますか?」
「ん、大丈夫です。それより……お風呂に」
「かしこまりました」

 この家の使用人は、事務的に過ぎるものの、有能だ。情交の匂いの残る部屋に入っても、眉一つ動かさない。
 今も、たんたんと朝の支度を済ませている。
 しかし、次に使用人が伝えたことは、最悪だった。

「晶様。先ほど、城山様からご連絡がありました」
「え……」
「昼食を一緒にと。正午にいらっしゃるそうです」
「……っ!」

 俺は、さっと青ざめる。
 使用人に受け答えしながら、気持ちがどん底になった。

――また、陽平ママは……! 来ないでって言ってるのに!

 このところの悪夢の原因は、わかっていた。
 また、全てを奪われそうな――嫌な予感だった。
 
 
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