いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百四十七話

 お兄さんのことを凝視していると、宏ちゃんがぼくを囲うように、腕に抱え込んだ。
 
「兄貴。そのまま黙ってるなら帰れ」
「ひ、宏ちゃん」
 
 振り仰いだ宏ちゃんの顔は、珍しく不機嫌そのもので、慌ててしまう。ぼくが怪我したことをずっと心配してくれていたから、庇ってくれてるんやってハッキリわかるから。
 
 ――どうしよ。険悪なムードに……!
 
 おろおろしていると、お兄さんがついに口を開かはる。
 
「……成己さん」
「は、はい」
 
 低い声で名前を呼ばれ、狼狽えつつ返事をする。……と、お兄さんは大股で近づいてきて、頭を深く下げはった。
 
「この度は、誠に申し訳ありませんでした」
「……えっ?」
「ずっと……こちらの事情を汲んで、綾人の世話をして貰っていたというのに。嫉妬で我を忘れ、貴方を傷つけた……人として、恥ずべき行為だった」
「お兄さん……」
 
 包帯の向こうから、もごもごと籠った声やったけれど……真摯な気持ちが伝わってくる。
 ぼくは、しばしあっけに取られて――胸の奥が、ゆるゆると安堵に緩むのを感じた。
 
 ――……すっかり、信用をなくしてしもたかと思ってたのに。
 
 ほっ、と息を吐く。
 返事をしようとして――高く抱えられたままなのに気づき、宏ちゃんを振り返る。
 
「宏ちゃん、宏ちゃん。下ろして?」
「……いいのか?」
「うん、大丈夫やで」
 
 にこっと笑うと、宏ちゃんはため息をついた。
 ゆっくりと地面に下ろされて、地面に爪先がついたかと思うと、代わりのように肩を抱かれる。――心配性な夫に苦笑しつつ、ぼくはお兄さんに向き合った。
 
「頭を上げて下さい、お兄さん。ぼくが、勝手に飛び出していったんですから」
「……しかし」
「ぼくが至らなかったせいですし。綾人のこと、誤解やってわかって頂けたんやったら、それで……」
 
 お兄さんは、気まずそうに眉を寄せた。
 椹木さんに事情を聞いて、偶然の出来事やとわかってはる様子やった。
 
 ――……誤解が解けたんやったら、良かった。
 
 宏ちゃんと、綾人のことを誤解されたままなのは嫌やったから、ほんとにホッとした。
 
「すまなかった」
 
 お兄さんは、もう一度頭を下げはった。そんな彼を、少し離れた位置で綾人は見守っている。その目に、慕わしげな感情が揺らいでいるのが見えた。
 ぼくが見ているのに気づいたのか、その目がつとこっちを向く。
 
「あ……成己」
「うん?」
「ごめんな」
 
 申し訳なさそうに言われて、首を傾げた。謝られることなんてないのに。ただ、肩を抱く宏ちゃんの手に、わずかに力が籠る。
 思わず、肩に乗った大きな手を見下ろすと、頭上で声がした。
 
「悪いが、そろそろいいか。成は病み上がりだからさ」
「ああ。気が付かずに、時間を取らせてすまなかった」
 
 えっと思っている間に、話がまとまる。
 
「邪魔をしたな」
 
 近くのパーキングに車を停めてきたらしいお兄さんは、歩き出した。――綾人に「行くぞ」って声をかけることもなく。拒絶してるんやなくて、呼んでいいのか迷っていたんやと思う。
 だって、背中が寂しそうやもん。
 
「あ……」
 
 綾人は、遠ざかるお兄さんの背と、ぼくとを迷うように見比べている。迷う必要なんかないのに。
 ぼくは、笑って手を振った。
 
「来てくれてありがとう! また、連絡するね」
「……うん、ありがと!」
 
 綾人は笑って、お兄さんの後をダッシュで追いかけていった。
 角を曲がるところで、お兄さんに追いついた綾人が、大きな背を叩く。さっそく、何か言い合っているらしい二人が遠ざかっていくのを、ぼくはじっと見守った。
 
「……ふたり、大丈夫かな?」
「ま、大丈夫だろう」
 
 思わず呟くと、のんびりと応えが返った。
 シャツの胸に額をつけると、ふわりと芳しい香りが鼻腔をくすぐる。うっとりしていたら、項を大きな手に包まれて、力が抜けてしまう。
 
「ん……」
 
 宏ちゃんは、静かな声で言う。
  
「あの二人は、番だからな。結局、離れては生きていけないんだよ」
「つがい……」
 
 さらりと言われた言葉に、ドキリとする。
 
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