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第四章~新たな門出~
二百五十話【SIDE:綾人】
椹木さんと、センターの医療棟に辿り着いたとき、成己はすでに検査室へと運ばれていた。
宏章さんは、検査室の扉をじっと、穴が開くほど見つめていた。
その横顔は、見たことがないほど張り詰めている。
――宏章さん……
思わず立ち尽くしていると、椹木さんが宏章さんにそっと近づいた。
「宏章さん。奥様は……」
「……ああ、貴彦さん。成は検査中です。頭を打っているので……」
声を潜めてやり取りする二人を、離れたところで眺める。どう声をかけていいのか、わからなくてさ。
成己の無事が確認できるまでは……「ごめんなさい」も「大丈夫ですか」も、ただの自己弁護になるような気がして。
「……出かけるべきじゃなかった」
宏章さんはきつく唇を結び、拳を握りしめている。
「せめて俺が、もっと早く帰っていれば。成に何かあったら……俺は」
「宏章さん、ご自分を責めないで下さい。奥様は大丈夫ですよ」
苦し気に呻く宏章さんの肩を、椹木さんが励ますように掴む。
オレは……自分が持ち込んだゴタゴタのせいで、こんなことになって。成己に何かあったらと思うと、心苦しくて死にそうだった。
――ごめん、成己。宏章さん……
成己に駆け寄れないかわりに、閉ざされた検査室の扉をじっと見ていた。
すると、遠くから職員さんのものと違う足音が、近づいて来る。そっちを見て、ハッとする。
「朝匡……」
青ざめた顔の朝匡が、やって来る。一瞬、視線が絡み――それから、どちらからともなく逸らす。
朝匡は、宏章さんの側へ行く。椹木さんは黙って、隣を空けてやっている。
「宏章」
「……兄貴」
ピリ、と空気が張り詰める感覚に、知らず肌が粟立つ。
宏章さんの表情は、逆光のせいかよくわからない。ただ、目だけがぼうと光っている。
朝匡は、宏章さんの前に立った。
「宏章、すまな――」
ガッ!
最後まで言う前に、朝匡は吹っ飛んでいた。宏章さんが殴り飛ばしたのだと、拳を振り切った格好でわかった。
つるつるした床に倒れ込んだ朝匡を、オレは信じられねえ思いで見た。
「ひ、宏章さ……」
「なんでだ」
宏章さんは、低い声で問う。
でかい体から発される威嚇のフェロモンは凄まじく、窒息しそうなほどだ。喉を押さえ咳き込むと、駆け寄ってきた椹木さんが、庇ってくれる。
「椹木、さん」
「……大丈夫です。ここに居て下さい」
と、緊迫した面持ちで言い、ふたりを見ていた。
宏章さんは、朝匡の胸倉をつかみ、強引に立たせると、怒りに燃える目で睨んだ。
「なんで、成を傷つけたんだ。あの子があんたに何をしたんだよ」
「それは……」
青褪める朝匡に、宏章さんがごうと吼えた。
「文句があるなら、俺に言えばよかったろうが! なんで、成を……あの子は、あんたらの為にあれだけ尽くしたのに!!」
固い拳が、唸りを上げて炸裂する。
顔面をぶん殴られた朝匡は、唇から血を噴き出した。宏章さんは、すぐに拳を振り上げる。鈍い音がするたびに、鮮血が散った。
「よくも成を……自分だけが、人を責める権利を持ってると思ってんのか!」
「……すまない。せめて、治療費を」
「黙れ! 金なんかどうだっていい!」
鮮やかな赤色にゾッとする。朝匡は、反撃しようとはしなかった。
ただ、じっと苦し気な顔で耐えている。――罰を受けているかのように。
――朝匡の馬鹿野郎……そんなことで、罪滅ぼしになるわけねえ……!
自業自得だって、目を逸らそうとするのに……胸がきりきりと痛む。痛めつけられてるあいつを見ているのが、辛くてたまらない。
「あ……!」
鳩尾に重い一撃をくらい、朝匡が膝をつく。宏章さんはまだ拳を固めたままで、オレは戦慄した。
――朝匡!
咄嗟に、体が動いていた。宏章さんの拳の盾になろうとか、考えたわけじゃない。ただ、見ていられなくて……
「――待ちなさい!」
「……椹木さん!?」
目を見開く。椹木さんが、長い腕でオレを遮っていた。
「今、近づいてはいけません。アルファの諍いに巻き込まれたら、ただですまない!」
椹木さんは、店でしたように、宏章さんの威嚇フェロモンを抑えていると言った。傍を離れると、ただでは済まないと説明される。
言いたいことはわかるけど――オレは、頭を振った。
「でも! 止めないと、あいつ大怪我する……!」
「……仕方ないんです。彼は、オメガを傷つけられたのですから、あれは正当な報復です」
「そんな……!」
椹木さんは、悲し気に目を伏せる。
そんな――こんなことって、ない。オレだって、成己を殴った朝匡が百パー悪いって思ってるけど……でも。
「朝匡……!」
オレは、椹木さんの腕を押しのけた。「綾人さん!」と呼ぶ声を背中に受けながら、朝匡に駆け寄る。
「朝匡っ!」
そう叫んだとき――フェロモンに当てられ、オレは膝をつく。
鬱蒼とした森に閉じ込められたような、惨い閉塞感。耳の奥からキーンと金属音がして、視界がまわる。
「ゲホッ……うえっ」
息が出来なくて、喉をかきむしると、朝匡が「綾人」と叫んだ。心底心配そうな声に動揺していると、宏章さんがふと振り返る。
「……!」
宏章さんの灰色の目は、真ん中で断ち割られるよう瞳孔が開いている。
恐怖で、カタカタと全身が震えだす。
「宏章……!」
朝匡が、叫んだとき――扉の開く音がした。
宏章さんは、検査室の扉をじっと、穴が開くほど見つめていた。
その横顔は、見たことがないほど張り詰めている。
――宏章さん……
思わず立ち尽くしていると、椹木さんが宏章さんにそっと近づいた。
「宏章さん。奥様は……」
「……ああ、貴彦さん。成は検査中です。頭を打っているので……」
声を潜めてやり取りする二人を、離れたところで眺める。どう声をかけていいのか、わからなくてさ。
成己の無事が確認できるまでは……「ごめんなさい」も「大丈夫ですか」も、ただの自己弁護になるような気がして。
「……出かけるべきじゃなかった」
宏章さんはきつく唇を結び、拳を握りしめている。
「せめて俺が、もっと早く帰っていれば。成に何かあったら……俺は」
「宏章さん、ご自分を責めないで下さい。奥様は大丈夫ですよ」
苦し気に呻く宏章さんの肩を、椹木さんが励ますように掴む。
オレは……自分が持ち込んだゴタゴタのせいで、こんなことになって。成己に何かあったらと思うと、心苦しくて死にそうだった。
――ごめん、成己。宏章さん……
成己に駆け寄れないかわりに、閉ざされた検査室の扉をじっと見ていた。
すると、遠くから職員さんのものと違う足音が、近づいて来る。そっちを見て、ハッとする。
「朝匡……」
青ざめた顔の朝匡が、やって来る。一瞬、視線が絡み――それから、どちらからともなく逸らす。
朝匡は、宏章さんの側へ行く。椹木さんは黙って、隣を空けてやっている。
「宏章」
「……兄貴」
ピリ、と空気が張り詰める感覚に、知らず肌が粟立つ。
宏章さんの表情は、逆光のせいかよくわからない。ただ、目だけがぼうと光っている。
朝匡は、宏章さんの前に立った。
「宏章、すまな――」
ガッ!
最後まで言う前に、朝匡は吹っ飛んでいた。宏章さんが殴り飛ばしたのだと、拳を振り切った格好でわかった。
つるつるした床に倒れ込んだ朝匡を、オレは信じられねえ思いで見た。
「ひ、宏章さ……」
「なんでだ」
宏章さんは、低い声で問う。
でかい体から発される威嚇のフェロモンは凄まじく、窒息しそうなほどだ。喉を押さえ咳き込むと、駆け寄ってきた椹木さんが、庇ってくれる。
「椹木、さん」
「……大丈夫です。ここに居て下さい」
と、緊迫した面持ちで言い、ふたりを見ていた。
宏章さんは、朝匡の胸倉をつかみ、強引に立たせると、怒りに燃える目で睨んだ。
「なんで、成を傷つけたんだ。あの子があんたに何をしたんだよ」
「それは……」
青褪める朝匡に、宏章さんがごうと吼えた。
「文句があるなら、俺に言えばよかったろうが! なんで、成を……あの子は、あんたらの為にあれだけ尽くしたのに!!」
固い拳が、唸りを上げて炸裂する。
顔面をぶん殴られた朝匡は、唇から血を噴き出した。宏章さんは、すぐに拳を振り上げる。鈍い音がするたびに、鮮血が散った。
「よくも成を……自分だけが、人を責める権利を持ってると思ってんのか!」
「……すまない。せめて、治療費を」
「黙れ! 金なんかどうだっていい!」
鮮やかな赤色にゾッとする。朝匡は、反撃しようとはしなかった。
ただ、じっと苦し気な顔で耐えている。――罰を受けているかのように。
――朝匡の馬鹿野郎……そんなことで、罪滅ぼしになるわけねえ……!
自業自得だって、目を逸らそうとするのに……胸がきりきりと痛む。痛めつけられてるあいつを見ているのが、辛くてたまらない。
「あ……!」
鳩尾に重い一撃をくらい、朝匡が膝をつく。宏章さんはまだ拳を固めたままで、オレは戦慄した。
――朝匡!
咄嗟に、体が動いていた。宏章さんの拳の盾になろうとか、考えたわけじゃない。ただ、見ていられなくて……
「――待ちなさい!」
「……椹木さん!?」
目を見開く。椹木さんが、長い腕でオレを遮っていた。
「今、近づいてはいけません。アルファの諍いに巻き込まれたら、ただですまない!」
椹木さんは、店でしたように、宏章さんの威嚇フェロモンを抑えていると言った。傍を離れると、ただでは済まないと説明される。
言いたいことはわかるけど――オレは、頭を振った。
「でも! 止めないと、あいつ大怪我する……!」
「……仕方ないんです。彼は、オメガを傷つけられたのですから、あれは正当な報復です」
「そんな……!」
椹木さんは、悲し気に目を伏せる。
そんな――こんなことって、ない。オレだって、成己を殴った朝匡が百パー悪いって思ってるけど……でも。
「朝匡……!」
オレは、椹木さんの腕を押しのけた。「綾人さん!」と呼ぶ声を背中に受けながら、朝匡に駆け寄る。
「朝匡っ!」
そう叫んだとき――フェロモンに当てられ、オレは膝をつく。
鬱蒼とした森に閉じ込められたような、惨い閉塞感。耳の奥からキーンと金属音がして、視界がまわる。
「ゲホッ……うえっ」
息が出来なくて、喉をかきむしると、朝匡が「綾人」と叫んだ。心底心配そうな声に動揺していると、宏章さんがふと振り返る。
「……!」
宏章さんの灰色の目は、真ん中で断ち割られるよう瞳孔が開いている。
恐怖で、カタカタと全身が震えだす。
「宏章……!」
朝匡が、叫んだとき――扉の開く音がした。
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