いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第四章~新たな門出~

二百五十一話【SIDE:綾人】

「……はぁ」
 
 流れてく景色を眺めながら、オレは遠い目をした。
 あのとき――成己の検査が終わったと、医師が出てきてくれたから、助かったんだ。
 
――『先生。成は……!?』
 
 廊下の惨状に驚愕する医師に、宏章さんはすぐに駆け寄った。あんなに怒ってたのに、朝匡をあっさり振り捨ててってさ。
 窒息しそうなフェロモンが一瞬で霧散して、オレは必死に咳き込んだ。
 
――『成、成……可哀想に』
 
 宏章さんは、ストレッチャーに乗せられ、運び出されてきた成己にぴったり寄り添っていた。
 看護師さん達が、朝匡を手当するべく近づいていっても、気にも止めないほど。
 成己以外は、目に入らないみたいだったんだ。
 
 
 ――オレ達は、成己に助けられたんだよな……
 
 もし、あと少し……検査が終わるのが遅かったら。朝匡は、どうなっていたことか。まさに、九死に一生ってやつだったに違いない。
 さっきだってさ。
 宏章さん、成己の後ろでめちゃくちゃ厳しい顔してたし。やっぱり、物凄く怒ってるんだと思う。

 ――仕方ない。悪いのは……

 オレは、反対側のドアに凭れるように座る朝匡を、盗み見た。
 
「……なんだ」
「いや。ひどい格好だなって」
「……ほっとけ」
 
 ふいと横を向く。憎まれ口を叩く元気もないらしい。
 
「……」
 
 誰も喋らないせいで、車内はシーンとしてる。
 
 ――気まずすぎる。
 
 たしかに、和気あいあいと話すような気分でもないんだけどさ。運転席の佐藤さんも緊張してるらしく、ハンドルを握る肩が上がっちまってるもん。
 仕方なく外を見ていれば、朝匡のマンションに向かう経路だって、気が付いた。
 
 ――流れで乗ってきちゃったけど。オレ、このまま一緒に帰っていいんかな。
 
「ついてくるな」とは言われなかったから、駄目ではないんだろうけど。
 実はさ、宏章さんと成己の手前、仲直りした体で振舞ったんだけど。オレと朝匡は、まだぎこちないまま。っていうか――まだ話し合いも出来てなかったりする。
 こいつがボコボコになってて、話せる状況じゃなかったってのもあるけど……ちょっと、気持ちの整理がつかなくてさ。
 オレはいったい、何がしたいんだろって。

 
――『朝匡!』
 
 朝匡が殴られてるとき――オレは、咄嗟に体が動いてしまった。
 頭では、成己を殴った朝匡が悪いってわかってるのに。痛めつけられてるあいつを見たら、耐えられなかった。
 血まみれでぐったりしてる朝匡を見ていたら――宏章さんに「酷い」とさえ思って……
 ぶんぶんと頭を振る。
 
 ――酷いのは誰だよ。酷いのは……
 
 朝匡のはずだと、念じるように思う。
 ……でも。
 
 ――『綾人……無事か?』
 
 朝匡は手当てを受けながら、ずっとオレの心配をしていた。自分の方が、酷い有様だってのに。顔の手当てがしづらいからと、諫められても、ずっと。
 ……オレの安否意外に、なにも気にならないみたいに。
 
 ――『無事だよ。なんにもない……』
 ――『そうか、良かった……』
 
 無事な片腕で、オレを引き寄せて。傷だらけの唇から漏れる息は、震えていた。
 心から安堵しているのが伝わってきて、オレは。 
 
「……っ」
 
 シャツの胸を、ぎゅっと握りしめる。――布地がきりきり絞れる音が、痛みそのものみたいだった。
 成己の優しい笑顔が浮かび、泣きたくなる。
 
 ――ごめん、成己。
 
 あいつに束縛されるのが嫌で、成己に助けを求めた。そのせいで、ずっと親身でいてくれたお前が、酷い目にあった。友達として――朝匡を怒って、嫌うべきだって思うのに。
 朝匡に想われているとわかって、嬉しかった、なんて。
 
「オレって、最悪だ……」
「……綾人?」
 
 自己嫌悪で呟くと、朝匡が振り返る。
 
「なんのことだ」
「いや……宏章さんに、オレも殴られとくべきだったかも、と思って」
「……馬鹿言うな」
 
 朝匡の声が一段低くなった。腕を掴まれて、胸に引き寄せられる。
 
「朝匡?」
「そんな事は許さん。もし、お前が殴られたら、俺は道理を忘れるぞ」
「……!」
「頼むから、もう無茶はするな」
 
 弱り切った声に、目を見開く。
 シャツの胸に、頬をつけていると……日なたの匂いに、きつい湿布の臭いが混じっている。それから、血と熱の匂いも。
 ぎゅう、と胸が絞られるように痛くなった。
 宏章さんに殴られた朝匡。
 オレの友達を殴って、自業自得で……でも、オレのために痛めつけられたんだ。
 そう――もとはと言えば、オレがまいた種だった。
 
「……ごめんなさい」
 
 オレが悪かったんだ。
 朝匡は、行きすぎな所もあるけど……オレを心配してるだけだって、知っていたはずなのに。束縛されることに嫌気がさして、自分をないがしろにされていると、からに籠った。
 本当は――逃げないで、ちゃんと話し合うべきだったんだよな。
 そうすれば、成己が酷い目に遭う事も無かった。
 ぎゅ、と唇を噛みしめる。自分が情けなくて、俯くと――目尻を拭われる。
 
「泣くなよ」
「……泣いてねえし」
 
 オレに、そんな資格はない。
 眉をしかめて涙をこらえていると、頭を引き寄せられた。暖かな日なたの匂いに包まれ、ハッとする。
 
「お前が悪いんじゃない。俺が馬鹿をやっただけだ」
「朝匡」
 
 朝匡は、普段の傲慢さはどこへか……切羽詰まった声で言う。
 
「今回のことで……俺が独善的なのは、認める。成己さんと宏章には、また改めて謝罪に行く。これから、お前の言い分を聞くよう、努力もするから……」
「……うん」
 
 後頭部を包まれて、仰向かされる。包帯の隙間から、黒曜石のような目が見つめている。
 
「帰ってきてくれ」
「……!」
 
 返事はのどに詰まって、言葉にならなかった。何度も頷くと、朝匡は少し笑ったらしい。顔は見えないけれど、わかる。日なたと熱い砂の匂いが、たくさん溢れ出しているから。――胸が、喜びに痛くなる。
 
「朝匡」
 
 少し伸びあがって、包帯越しに唇に触れる。朝匡は、いつものように応えようとして……包帯に邪魔され、焦れったそうに呻く。
 
「……すぐ治すから、待ってろ」
「あはは……何言ってんだか」
 
 笑いながら、朝匡が好きだと思った。
 こんなに、人に迷惑をかけて、結局はそれだ。
 好きだから――相手にも、同じように好きでいて欲しいだけなんだ。
 
 
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