255 / 505
第五章~花の行方~
二百五十四話【SIDE:陽平】
数日前、帰国した父さんは怒り心頭だった。
『陽平! なんてことをしたんだ、お前は――!』
どうも、とっくに母さんから事情を聞いていたらしい。実家に呼び出されたと思ったら、玄関を潜った瞬間にぶん殴られた。
今まで叱られても、殴られたことなんかなかったから、すげぇ吃驚して。呆然と見上げた父さんは、見たことないほど怒っていて、握り拳をぶるぶる震わせていた。
『晶君と関係を持った挙句、成己さんを婚約破棄しただと。良い人だったのに。それも、こんな土壇場で……! 婚約者をセンター送りにしかけたなど、男の風上にも置けんぞ!』
父さんの叱責は雷みたいに鋭く、俺の体を貫いた。使用人達が止めなかったら、もうニ、三発は殴られるとこだったと思う。
けど、殴られたこと以上に、ショックだったのは――やっぱり、俺は成己に取り返しのつかねぇ真似をしたんだと、わかったことだ。
――ごめん、成己。
床に項垂れて、そればかり頭に浮かんでいた。
そして――その日からすぐに、関係者への謝罪行脚が始まったんだ。
『誠に申し訳ありませんでした』
センターを始め、俺の婚約に関わった人たちに頭を下げて回った。父さんは、「お前だけに行かせるわけにいかない」と、どこへもついて来た。信頼を失ったんだろう。
それでも息子の不始末で、たくさんの人に頭を下げる父の背を見ると、申し訳ないやらで――居た堪れなかった。
一生分の「申し訳ありませんでした」を言ったんじゃないかって、数日間。だが……
――成己。一番、謝りたいお前に謝れてねぇ。
本当は、最初に謝罪に行かせて欲しいとアポを取ったのが、成己だったんだ。
けど、先方から「謝罪は受けない」と断られちまって、かなわなかった。電話口に出たのは、野江らしい。
ナイト気取りのあの男のことだ。防波堤のつもりに違いない。
『成己に会って、謝らせて欲しい』
『こちらにも事情があるし、来られても困る』
何度頼んでも、けんもほろろに断られてる。今日に至るまで、会うことも叶わない。
それで、仕方なく後回しになってしまって。
明日、蓑崎と椹木との話し合いを先にすることになったのだ。
「はぁ……」
俺は、ため息を吐く。
昼飯の食器をシンクへ持っていき、洗い始める。
――三家での話し合いってのも……どう出てくるだろう。椹木はともかく、蓑崎は……
母さんに聞いたけど、晶は俺とのことを、「合意じゃなかった」と言い張っていたらしい。
流石に無ぇだろって、絶句した。ひどい暴言だ――あれだけ守ろうと、必死になっていた自分が哀れになる。
「晶、あいつ……明日は絶対、問い詰めてやる」
話し合いは蓑崎邸で行われる。必ず、晶も居るはずだ。
成己との仲を壊すに飽きたらず、城山の名誉まで貶めるなど、あり得ない。
……流石に、そこまで卑劣じゃないと、信じたかった。
翌日――予定通り、蓑崎邸で話し合いは始まった。
俺と、父さん。晶の親父と椹木と――四人のアルファが、顔を突き合わせる。通された応接室は広く立派だったが、威圧感で狭く感じる。
「――蓑崎。息子への侮辱を撤回し、謝罪して貰う。こちらは婚約破棄までして、晶くんを助けようとしたんだ。それとも、恩を仇で返すのが蓑崎の流儀か」
父さんが厳しい声音で詰め寄る。
すると、真向かいのソファに腰掛けた、晶の親父――蓑崎さんが、肩を竦めた。
「言いがかりも甚だしいな。婚約破棄と言うなら、うちも同じ目に遭っている。お前の妻が、貴彦くんの家に上がりこみ、しでかした事のせいで。むしろ、足を引っ張られて迷惑しているのだが……?」
蓑崎さんは、晶とよく似た顔立ちを、皮肉な笑みに歪めた。
父さんと蓑崎さんは、学生時代からの友人で……その分、物言いも遠慮がない。
年若の椹木だけが、所在なさげに座っている。
父さんは、僅かに眉を顰めた。
「それは、そちらの自業自得だろう。婚約者がいながら、他のアルファと関係を持った。椹木さんが許せないのは当然だろう」
「……何? 城山、貴様。晶の事情を知っていて、それを言ったのか」
蓑崎さんは急に気色ばんだ。
「晶君は、何度もうちに訪れていた。護衛の一人も連れずにな。とても、息子を怖がっている人間の行動とは思えないが……」
「ふざけるな! お前の息子のせいで、晶がどれほど辛い思いをしたか。お前は、アルファの息子しかいないから、そんな無体を言うのか?」
蓑崎さんは、ソファを蹴倒すように立ち、父さんに掴みかかろうとする。
「!」
咄嗟に、止めに入ろうと立ち上がった。だが、俺より早く、椹木が父さんの前に立ちはだかる。
「落ち着いてください、蓑崎さん」
「貴彦くん」
「お気持ちはわかります。ですが、どうか冷静に」
誠実な声音で寄り添われ、冷静になったのか……蓑崎さんはソファに座り直した。
不満そうに、横目で椹木を見やる。
「偉そうなことを言うね。俺は君にも言いたいことがあるんだが。君が晶の婚約者として、務めを果たさなかったから、こんな事態を招いたんだぞ?」
「……返す言葉もありません。私は、たしかに晶さんにとって、良い伴侶とは言えなかったでしょう」
蓑崎さんになじられ、椹木は目を伏せる。父さんが咳払いし、椹木の方に身を乗り出した。
「いや、椹木さん。私が言うのもなんですが。あなたは被害者ですよ」
父さんとしては、椹木が蓑崎に寄り添うのは良くない気持ちもあるだろう。もちろん、俺にとってもだが。
と、蓑崎さんがせせら笑う。
「ふん。自己弁護か? お前も仕事にかまけ、オメガの扱いは知らんようだからな。それとも、あんなヒステリーを起こすオメガだから、あえて冷たくしてるのか?」
「……妻を侮辱するのは許さん」
「父さん!」
今度は父さんが立ち上がり、俺は慌てて引き止めた。
――父さんは、母さんのことになると冷静さを欠く。相手はわかってて、煽ってきてるんだぞ。
「すみません、よろしいですか」
すると……黙っていた椹木が、声をあげる。蓑崎さんが舌打ちでもしそうな顔で促すと、椹木は「ありがとう」と微笑した。
「先ほど、護衛も連れずと城山さんがおっしゃいましたね。晶さんは、いつも一人きりで城山さんのお宅へ?」
「……ええ。そうですが」
水を向けられたことで、少し冷静さを取り戻した父さんが頷く。
すると、椹木は眉根を寄せた。
「成程。――一体、どういうことでしょうか、蓑崎さん」
『陽平! なんてことをしたんだ、お前は――!』
どうも、とっくに母さんから事情を聞いていたらしい。実家に呼び出されたと思ったら、玄関を潜った瞬間にぶん殴られた。
今まで叱られても、殴られたことなんかなかったから、すげぇ吃驚して。呆然と見上げた父さんは、見たことないほど怒っていて、握り拳をぶるぶる震わせていた。
『晶君と関係を持った挙句、成己さんを婚約破棄しただと。良い人だったのに。それも、こんな土壇場で……! 婚約者をセンター送りにしかけたなど、男の風上にも置けんぞ!』
父さんの叱責は雷みたいに鋭く、俺の体を貫いた。使用人達が止めなかったら、もうニ、三発は殴られるとこだったと思う。
けど、殴られたこと以上に、ショックだったのは――やっぱり、俺は成己に取り返しのつかねぇ真似をしたんだと、わかったことだ。
――ごめん、成己。
床に項垂れて、そればかり頭に浮かんでいた。
そして――その日からすぐに、関係者への謝罪行脚が始まったんだ。
『誠に申し訳ありませんでした』
センターを始め、俺の婚約に関わった人たちに頭を下げて回った。父さんは、「お前だけに行かせるわけにいかない」と、どこへもついて来た。信頼を失ったんだろう。
それでも息子の不始末で、たくさんの人に頭を下げる父の背を見ると、申し訳ないやらで――居た堪れなかった。
一生分の「申し訳ありませんでした」を言ったんじゃないかって、数日間。だが……
――成己。一番、謝りたいお前に謝れてねぇ。
本当は、最初に謝罪に行かせて欲しいとアポを取ったのが、成己だったんだ。
けど、先方から「謝罪は受けない」と断られちまって、かなわなかった。電話口に出たのは、野江らしい。
ナイト気取りのあの男のことだ。防波堤のつもりに違いない。
『成己に会って、謝らせて欲しい』
『こちらにも事情があるし、来られても困る』
何度頼んでも、けんもほろろに断られてる。今日に至るまで、会うことも叶わない。
それで、仕方なく後回しになってしまって。
明日、蓑崎と椹木との話し合いを先にすることになったのだ。
「はぁ……」
俺は、ため息を吐く。
昼飯の食器をシンクへ持っていき、洗い始める。
――三家での話し合いってのも……どう出てくるだろう。椹木はともかく、蓑崎は……
母さんに聞いたけど、晶は俺とのことを、「合意じゃなかった」と言い張っていたらしい。
流石に無ぇだろって、絶句した。ひどい暴言だ――あれだけ守ろうと、必死になっていた自分が哀れになる。
「晶、あいつ……明日は絶対、問い詰めてやる」
話し合いは蓑崎邸で行われる。必ず、晶も居るはずだ。
成己との仲を壊すに飽きたらず、城山の名誉まで貶めるなど、あり得ない。
……流石に、そこまで卑劣じゃないと、信じたかった。
翌日――予定通り、蓑崎邸で話し合いは始まった。
俺と、父さん。晶の親父と椹木と――四人のアルファが、顔を突き合わせる。通された応接室は広く立派だったが、威圧感で狭く感じる。
「――蓑崎。息子への侮辱を撤回し、謝罪して貰う。こちらは婚約破棄までして、晶くんを助けようとしたんだ。それとも、恩を仇で返すのが蓑崎の流儀か」
父さんが厳しい声音で詰め寄る。
すると、真向かいのソファに腰掛けた、晶の親父――蓑崎さんが、肩を竦めた。
「言いがかりも甚だしいな。婚約破棄と言うなら、うちも同じ目に遭っている。お前の妻が、貴彦くんの家に上がりこみ、しでかした事のせいで。むしろ、足を引っ張られて迷惑しているのだが……?」
蓑崎さんは、晶とよく似た顔立ちを、皮肉な笑みに歪めた。
父さんと蓑崎さんは、学生時代からの友人で……その分、物言いも遠慮がない。
年若の椹木だけが、所在なさげに座っている。
父さんは、僅かに眉を顰めた。
「それは、そちらの自業自得だろう。婚約者がいながら、他のアルファと関係を持った。椹木さんが許せないのは当然だろう」
「……何? 城山、貴様。晶の事情を知っていて、それを言ったのか」
蓑崎さんは急に気色ばんだ。
「晶君は、何度もうちに訪れていた。護衛の一人も連れずにな。とても、息子を怖がっている人間の行動とは思えないが……」
「ふざけるな! お前の息子のせいで、晶がどれほど辛い思いをしたか。お前は、アルファの息子しかいないから、そんな無体を言うのか?」
蓑崎さんは、ソファを蹴倒すように立ち、父さんに掴みかかろうとする。
「!」
咄嗟に、止めに入ろうと立ち上がった。だが、俺より早く、椹木が父さんの前に立ちはだかる。
「落ち着いてください、蓑崎さん」
「貴彦くん」
「お気持ちはわかります。ですが、どうか冷静に」
誠実な声音で寄り添われ、冷静になったのか……蓑崎さんはソファに座り直した。
不満そうに、横目で椹木を見やる。
「偉そうなことを言うね。俺は君にも言いたいことがあるんだが。君が晶の婚約者として、務めを果たさなかったから、こんな事態を招いたんだぞ?」
「……返す言葉もありません。私は、たしかに晶さんにとって、良い伴侶とは言えなかったでしょう」
蓑崎さんになじられ、椹木は目を伏せる。父さんが咳払いし、椹木の方に身を乗り出した。
「いや、椹木さん。私が言うのもなんですが。あなたは被害者ですよ」
父さんとしては、椹木が蓑崎に寄り添うのは良くない気持ちもあるだろう。もちろん、俺にとってもだが。
と、蓑崎さんがせせら笑う。
「ふん。自己弁護か? お前も仕事にかまけ、オメガの扱いは知らんようだからな。それとも、あんなヒステリーを起こすオメガだから、あえて冷たくしてるのか?」
「……妻を侮辱するのは許さん」
「父さん!」
今度は父さんが立ち上がり、俺は慌てて引き止めた。
――父さんは、母さんのことになると冷静さを欠く。相手はわかってて、煽ってきてるんだぞ。
「すみません、よろしいですか」
すると……黙っていた椹木が、声をあげる。蓑崎さんが舌打ちでもしそうな顔で促すと、椹木は「ありがとう」と微笑した。
「先ほど、護衛も連れずと城山さんがおっしゃいましたね。晶さんは、いつも一人きりで城山さんのお宅へ?」
「……ええ。そうですが」
水を向けられたことで、少し冷静さを取り戻した父さんが頷く。
すると、椹木は眉根を寄せた。
「成程。――一体、どういうことでしょうか、蓑崎さん」
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
愛され方を教えて
あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。
次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。
そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。