いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
260 / 505
第五章~花の行方~

二百五十九話【SIDE:陽平】

「あ……」
 
 見覚えのある顔に、俺は声をあげる。 
 美しさよりも先に、鋭利さが際立つ顔立ち。その雰囲気のせいか、セーラー服を纒っていても、少年のように見える。
 間違えようもなく、晶の妹の――玻璃はりだった。
 
「あの、大丈夫ですか?」
 
 俺が答えないせいで、問いが重なる。慌てて、頷いた。
 
「ああ、ありがとう……」
「申し訳ありません。兄が大変みっともない真似を」
「あ、いや……こちらこそ」
 
 しゃんと頭を下げられ、バツが悪くなる。かなり年下の少女に、先の醜態を見られたのは、末代までの赤っ恥だった。
 
 ――助けてもらえて良かったけどな……男のプライドはズタズタだぜ……
 
 床にへたり込んでいるのも何なので、立ち上がる(手をかしてくれようとしたが、遠慮した)。
 よれたスーツを直していると、部屋の隅で「うう」と呻き声がした。
 
「……!」
 
 そっちを見て、目を瞠った。晶は、壁に張り付くように横たわり、こちらを睨みつけている。
 
「……お前、何を……」
「ああ、お兄様。正気が戻ったんですね」
 
 恨めしそうな兄に、妹は口端をつり上げ笑う。
 晶は恨めしそうに、脇腹を擦った。
 
「心にもないこと、言うなよ……思いきり蹴ったくせに!」
「やだな、急いで来たので勢い余っただけですよ。物盗りでも出たのかって、騒ぎでしたから」
「……」
 
 とことん悪びれない様子に、俺はあっけに取られる。晶の妹とは、パーティで顔を会わすくらいだったが、こういう性格だったのか。
 
「どうしたのだ!」
 
 すると、大声が近づいて来た。慌ただしい足音がしたかと思うと、晶の親父が部屋に駆け込んできた。後から、父さんと椹木も続いてくる。二人は部屋の中の様子を見て、驚きに目を瞠った。
 
「晶! ――これは一体どういうことだ!」
 
 床に倒れ込む晶に、蓑崎が血相を変えて掴みかかって来た。避ける間もなく胸倉を掴まれ、揺さぶられる。
 
「うぐっ」
「貴様……晶に危害を加えたな!? やはり本性を現したか!」
「蓑崎、手荒な真似は止せ! 何が起こったか、まず話を……」
 
 父さんが割って入るが、蓑崎は聞く耳を持たない。
 
 ――俺は何もやってねえ!
 
 がくがくと揺さぶられ、反論もままならない。蓑崎は動転しきっているのか、力加減が吹っ飛んでいる。
 
「父、さん……」
 
 肝心かなめの晶は、怯えたようにわが身を抱いている。その様は、どこから見ても被害者で――俺に襲い掛かって来たの、あいつのはずだよな? と、ぶん殴ってやりたい気持ちになる。
 
「違う! 俺は……」
 
 必死に声を張り上げた時、蓑崎が「うっ」と濁った悲鳴を上げた。
 見れば、青白い華奢な手が、俺の胸倉を掴む腕を、捻り上げている。
 
「お父様、やめて下さい」
「玻璃、貴様! 兄が辱められ、悔しくは無いのか!」
「ですから……兄さまのために申し上げているのです。……兄さまが、いつもの発作で陽平さんに助けを求められたんですよ。私が止めなければ、どうなっていた事か」
 
 晶の妹は声を潜めて、彼女の父に囁いた。……最も、間近にいるおれには聞こえているのだが。
 
「それに、城山様のことだから、録音されているやも。城山夫人といい、用心ぶかい方々ですから……訴えたら、恥をかくのは兄さまです」
「!」
 
 蓑崎は、ハッと息を飲み、俺を見た。
 俺は、録音なんかしちゃいなかったが――下から玻璃に目配せされ、あくまで否定も肯定もせず、意味深な表情を作って見せた。
 
「くっ! 小癪な!」
 
 蓑崎は、振り落とすように俺の襟を解放する。
 
 ――助かった……のか?
 
 何度も締め上げられた喉を撫でている俺の横を、椹木が通り過ぎていく。
 
「……晶君。大丈夫ですか?」
「……ぁ」
 
 椹木は、壁際にへたり込んでいる晶に近づき、傍に膝まづいた。
 正直、俺は少し椹木を尊敬した。――自分を裏切った婚約者に、あんな優しい声を掛けられるなんて。
 
「あっ……あ、俺……」
 
 晶は、顔面に朱を上らせ――おどおどと視線を揺らす。
 あからさまな振る舞いに、俺は情けなくなった。まるで晶らしくない、深窓の令嬢みたいな挙動……あいつの心の在処が一目瞭然だった。
 
 ――俺は一体、何を見てたんだ……
 
 げんなりしていると、椹木が晶に手を差し伸べた。
 
「立てますか?」
「あ……」
 
 晶は息を飲み、目にいっぱいの涙を浮かべると――思いきり振り払った。
 
「わあああっ」
 
 泣きながら廊下に飛び出して、走り去っていく。意味不明の行動に、俺はあっけに取られた。
 手を振り払われた椹木は、もっとわけわかんなかっただろう。
 
「晶……可哀そうに。おい。使用人に言って、あたたかいお茶でも差し入れてやれ」
 
 蓑崎は、娘に兄を案じるようにと命じる。なんとなく、反感を覚えたが、当の玻璃は慣れているらしく、静かに目を伏せる。
 
「……はい、わかりました。皆さま、失礼いたします。城山さん、兄が申し訳ありませんでした」
「ああ、いえ……」
 
 礼儀正しく頭を下げられて、疲れた笑みが浮かぶ。
 こんな年下の子に気遣われて、心から情けない。
 父さんにも挨拶をすませ、玻璃が足早に部屋を出て行く。
 
「では、話の続きをするか」
 
 傲岸に言い放つ蓑崎に、こめかみが引き攣った。それどころじゃねえよ――そう思ったのは、俺だけじゃなかったらしい。
 
「正気か? 一度ならず二度までも息子を貶めた挙句、謝罪も無しに。――不愉快だ。今日は帰らせてもらう」
「何?」
 
 父さんは蓑崎を無視し、椹木に頭を下げる。
 
「椹木さん、申しわけない。この続きは、またいずれ……」
「あ……はい。よろしくお願いいたします」
 
 なかば呆然としたまま、椹木は頭を下げた。さっきのショックが抜けきっていないらしい。
 
「行くぞ、陽平」
「……はい」
 
 父さんは俺の肩を叩き、部屋を出る。
 おろおろと、その背について行きながら――俺は蓑崎家を後にした。
 こうして、なんの発展も無い会合は、終わったのだった。
 
 
感想 280

あなたにおすすめの小説

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。