262 / 505
第五章~花の行方~
二百六十一話【SIDE:陽平】
「母さん、お待たせ」
数十分後――湯気の立つ鍋を携えて戻った俺を、母さんは目を丸くして出迎えた。
「どうしたの、それ……」
「たまご粥、作ってみたんだ。俺、風邪ひいててもこれは食いやすいから」
思い出したのは、成己の飯だった。
俺も、母さんと同じで具合が悪いと食欲が失せるタイプだ。でも、成己の飯なら食えたから、母さんもいけるんじゃねえかと思って。
――まあ、成己そっくりには作れなかったけど、不味くは無いはずだ……
鍋をテーブルに置いて、ひと椀分よそう。
「ちょっとでも、食べた方が良いよ。いつも夏バテしてるだろ」
「……」
お椀を差し出すと、母さんは半ば呆然とした様子で受け取った。
……食べてくれるだろうか。
椀をひっくり返すのは、勘弁してほしいが。内心、恐々としながら見守っていると、母さんは大人しく匙を握り、食べ始めた。
「どう。食えそう?」
「……ええ」
「そっか」
ホッと息を吐く。
「陽平ちゃん……あなた、お料理できたの?」
「それほどは。最近、始めたくらいかな」
「そう……」
静かに食べすすんでいる母さんを、俺は少し意外な気持ちで眺めた。
怒ったり、泣かれたりもしないなんて……これは余程弱っているのかもしれない。やがて、ゆっくりとひと椀をあけた母さんは、ふうと息を吐いた。
「おいしいわ。梅がさっぱりして、いいわね」
「あ、そうだろ? 俺もそれが好きなんだ」
褒めて貰えて嬉しくなる。
成己の飯は派手じゃないが、優しくてホッとする味だ。
――『陽平、食べられそう?』
やわらかな声が甦ってきて、胸が苦しくなる。あの優しさを遠ざけてしまったなんて、悔やんでも悔やみきれなかった。
「……成己さんにならったの?」
ふいに母さんが言う。
「えっ」
「やっぱり、そうなの」
弾かれたように顔を上げた俺に、母さんは苦笑した。
「陽平ちゃんの顔見たら、何となくわかるわ。これでも親だもの」
「母さん……」
「お料理するなんて。誰かのために……そういう事が出来るようになったのね」
しみじみと言われて、俺は居たたまれなくなる。
「違うんだ」
成己と居た時に、料理なんかしたことない。
全部、あいつに任せていた。俺はあの家で、何もしたことがなかった。
あいつがいなくなって、寂しくて……今さら、あいつがしてくれていたことを、なぞっているだけだ。
「成己が、俺にしてくれたから。それだけなんだ」
そう言うと、母さんは俯いた。
「そう。いい子だったのね。あの子……」
「……」
返答に困り、眉を寄せた。
別れた今になって、どうして成己を褒めるのかわからなくて。
「……ごめんね、陽平ちゃん」
「……なにが?」
母さんを窺い見ると、落ち着かなさ気に指先を組み合わせている。
「……私、あなたの幸せを、壊しちゃったみたいね」
「……!」
「婚約破棄なんて駄目だって、止めるべきだったのに。だって……あの子のこと、別に疑ってなかったんだもの。いつも、私に気に入られようと必死で、あなたにべったりで……浮気なんてしそうにないんだから」
「えっ。なら、なんで……!」
衝撃の告白に、動転する。
俺が相談したとき、「野江と浮気してるに違いない」って、さんざん成己を詰ったのは、何だったんだ?
「じゃあ、なんで「浮気してる」なんて言ったんだ?!」
思わず、詰るように口にしてしまった瞬間、はっとする。――母さんが、真っ赤に潤んだ目から涙をこぼしていた。
怯んだ途端、甲高い声が叫んだ。
「だって、嫌いだったのよ! あなたもお父さんも、あの子を贔屓して……! 私は味方のいないこの家で、ずっと我慢してたのに! あの子はすぐに大事にされるんだと思ったら……耐えられなかったのッ」
「……そんな、母さんのことだって」
気にかけている、そう言おうとしたのを察したのか、強く遮られた。
「わかってる! わかってるけど……悔しかったのよ。成己さんが来たら、私が大切にされる時間は、始まる前に終わってしまうんだって。それに、晶ちゃんが、あんな子だって思わなかった。みんなで幸せになれると思ったのに……」
母さんは、両手で顔を覆って、さめざめと泣き始めた。もう、言葉が滅茶苦茶で、ずっと何を言っているのかわからない。
だから、わかるのは――また俺が間違えたという事だけ。
――本当に、俺は何をやってんだ……大切なことを見ようともしないで、人任せに判断して……!
母さんまで、俺に嘘をついていたことは、衝撃だった。
だが――俺に母さんを責める権利はない。結局は、俺が考えなしに、大事なものを手放したんだから。
「……くそっ!」
こんなに痛いのに、誰も責めることができない。
――成己……会いたい。お前に……
母さんの嗚咽の響く部屋で、俺は焦げるように思った。
数十分後――湯気の立つ鍋を携えて戻った俺を、母さんは目を丸くして出迎えた。
「どうしたの、それ……」
「たまご粥、作ってみたんだ。俺、風邪ひいててもこれは食いやすいから」
思い出したのは、成己の飯だった。
俺も、母さんと同じで具合が悪いと食欲が失せるタイプだ。でも、成己の飯なら食えたから、母さんもいけるんじゃねえかと思って。
――まあ、成己そっくりには作れなかったけど、不味くは無いはずだ……
鍋をテーブルに置いて、ひと椀分よそう。
「ちょっとでも、食べた方が良いよ。いつも夏バテしてるだろ」
「……」
お椀を差し出すと、母さんは半ば呆然とした様子で受け取った。
……食べてくれるだろうか。
椀をひっくり返すのは、勘弁してほしいが。内心、恐々としながら見守っていると、母さんは大人しく匙を握り、食べ始めた。
「どう。食えそう?」
「……ええ」
「そっか」
ホッと息を吐く。
「陽平ちゃん……あなた、お料理できたの?」
「それほどは。最近、始めたくらいかな」
「そう……」
静かに食べすすんでいる母さんを、俺は少し意外な気持ちで眺めた。
怒ったり、泣かれたりもしないなんて……これは余程弱っているのかもしれない。やがて、ゆっくりとひと椀をあけた母さんは、ふうと息を吐いた。
「おいしいわ。梅がさっぱりして、いいわね」
「あ、そうだろ? 俺もそれが好きなんだ」
褒めて貰えて嬉しくなる。
成己の飯は派手じゃないが、優しくてホッとする味だ。
――『陽平、食べられそう?』
やわらかな声が甦ってきて、胸が苦しくなる。あの優しさを遠ざけてしまったなんて、悔やんでも悔やみきれなかった。
「……成己さんにならったの?」
ふいに母さんが言う。
「えっ」
「やっぱり、そうなの」
弾かれたように顔を上げた俺に、母さんは苦笑した。
「陽平ちゃんの顔見たら、何となくわかるわ。これでも親だもの」
「母さん……」
「お料理するなんて。誰かのために……そういう事が出来るようになったのね」
しみじみと言われて、俺は居たたまれなくなる。
「違うんだ」
成己と居た時に、料理なんかしたことない。
全部、あいつに任せていた。俺はあの家で、何もしたことがなかった。
あいつがいなくなって、寂しくて……今さら、あいつがしてくれていたことを、なぞっているだけだ。
「成己が、俺にしてくれたから。それだけなんだ」
そう言うと、母さんは俯いた。
「そう。いい子だったのね。あの子……」
「……」
返答に困り、眉を寄せた。
別れた今になって、どうして成己を褒めるのかわからなくて。
「……ごめんね、陽平ちゃん」
「……なにが?」
母さんを窺い見ると、落ち着かなさ気に指先を組み合わせている。
「……私、あなたの幸せを、壊しちゃったみたいね」
「……!」
「婚約破棄なんて駄目だって、止めるべきだったのに。だって……あの子のこと、別に疑ってなかったんだもの。いつも、私に気に入られようと必死で、あなたにべったりで……浮気なんてしそうにないんだから」
「えっ。なら、なんで……!」
衝撃の告白に、動転する。
俺が相談したとき、「野江と浮気してるに違いない」って、さんざん成己を詰ったのは、何だったんだ?
「じゃあ、なんで「浮気してる」なんて言ったんだ?!」
思わず、詰るように口にしてしまった瞬間、はっとする。――母さんが、真っ赤に潤んだ目から涙をこぼしていた。
怯んだ途端、甲高い声が叫んだ。
「だって、嫌いだったのよ! あなたもお父さんも、あの子を贔屓して……! 私は味方のいないこの家で、ずっと我慢してたのに! あの子はすぐに大事にされるんだと思ったら……耐えられなかったのッ」
「……そんな、母さんのことだって」
気にかけている、そう言おうとしたのを察したのか、強く遮られた。
「わかってる! わかってるけど……悔しかったのよ。成己さんが来たら、私が大切にされる時間は、始まる前に終わってしまうんだって。それに、晶ちゃんが、あんな子だって思わなかった。みんなで幸せになれると思ったのに……」
母さんは、両手で顔を覆って、さめざめと泣き始めた。もう、言葉が滅茶苦茶で、ずっと何を言っているのかわからない。
だから、わかるのは――また俺が間違えたという事だけ。
――本当に、俺は何をやってんだ……大切なことを見ようともしないで、人任せに判断して……!
母さんまで、俺に嘘をついていたことは、衝撃だった。
だが――俺に母さんを責める権利はない。結局は、俺が考えなしに、大事なものを手放したんだから。
「……くそっ!」
こんなに痛いのに、誰も責めることができない。
――成己……会いたい。お前に……
母さんの嗚咽の響く部屋で、俺は焦げるように思った。
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
愛され方を教えて
あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。
次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。
そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。