いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第五章~花の行方~

二百八十四話

 翌朝はやく――ぼくは、お台所で朝食を作っていた。
 
「……うん、美味しい」
 
 お味噌汁の味見をしていると、宏ちゃんが起きてきた。
 
「おはよう、成。早いな」
「宏ちゃん、おはよう! ちょっとね、早く目が覚めたから」
 
 笑顔で振り返ると、宏ちゃんは少し戸惑ったように目を見開いていた。
 彼も、朝ごはんを作ろうと思ってくれていたんだろう。腕にかけている黒いエプロンを見て、ぼくはホッと息を吐いた。
 
 ――用心して、いつもよりずっと早くに起きて良かった~……!
 
 朝ごはんはね、朝起きて作りたい方が作ってるん。ぼくは作るのも、宏ちゃんの朝ごはんを食べるのも好き。やけど――今朝はどうしても、ぼくが作りたかったから。
 ぼくは内心の緊張を隠して、にっこりと笑う。
 
「もう出来るから、ちょっと待っててね」
「ありがとう。なにか手伝うよ」
「じゃあ、お皿とお箸お願いしますっ」
 
 宏ちゃんは頷いて、食器棚へと向かう。
 大きな背に吸い寄せられる視線をどうにか外しながら、ぼくはたまごを丁寧に巻いた。
 
 ――まず、美味しい朝ごはんを作る。それが……話し合いの準備運動や。
 
 
 
 
「いただきます」
 
 食卓に着いて、二人で手を合わせる。
 焼き魚にたまご焼き、お浸しに煮物など……テーブルに並んだおかずに、箸を伸ばす。
 
 ――えと……どう、切り出そう。
 
 考えながら、宏ちゃんを窺い見ていると、
 
「この鮭、美味いなあ」
「ほんとっ? みそ焼きにしたん。こうすると美味しいよって、教えてもろて」
「そうか」
 
 美味しそうに目尻が下がったのを見て、喜びに胸がとくんと跳ねた。
 褒めて貰えたのが嬉しくて、にこりとほほ笑みかけそうになって――はっとする。
 
 ――のんびり照れてる場合じゃなかった!
 
 ぼくは、慌てて箸を置くと、ペコリと頭を下げた。
 
「あの、宏ちゃん。――ごめんなさい」
「……ん?」
 
 宏ちゃんは、不思議そうに目を丸くする。ぼくは、膝の上の拳をきゅっと握りしめ、言った。
 
「昨夜は、きちんとお話しできなかったやん。やから、きちんと謝りたいっておもってたん」
「成、」
 
 ガタリ、と椅子が鳴った。
  
「ごめんね。ぼくがしっかりしてなきゃやのに。宏ちゃんに、ひどいこと言わせちゃった」
 
 綾人と一緒に暮らした日々で、宏ちゃんがどれだけ気遣ってくれていたか、わかってるもの。――付き合いをやめるように言うなんて、とてもつらかったはずだ。
 
「違う、成。俺が勝手にやったんだ。俺が悪かった」
 
 テーブルを回りこんできた宏ちゃんが、ぼくの肩を掴む。灰色がかった瞳に、訴えるような光が揺れていた。
 ぼくは大きな手を握って、ほほ笑んだ。
 
「ううん。宏ちゃんのせいじゃないよ! ぼくを心配してくれたんやって解ってるし……嬉しかったよ。でも、一個だけ聞いても良い?」
「何だ?」
「ぼくが綾人におすそ分けに行くって言ったの、止めへんかったやん。どうして?」
 
 遠ざけようとしていたはずなのに、不思議やったん。
 すると、宏ちゃんはばつが悪そうに、もごもごと口にする。
 
「それは……すまん。直前で、都合がつかないことにするつもりだったんだ」
「……ほんと?!」
「悪い、ガキみたいな真似を。どうしても、会わせたくなかったんだ……」
 
 目をまん丸にしていると、宏ちゃんは項垂れる。
 そんなウソつくなんて、全然宏ちゃんらしくなくて、少しびっくりしてしまう。でも、それもぼくのせいなんやって思ったら、胸が痛くなる。
 
 ――もう、そんなことさせないっ。
 
 ぼくは両手を伸べて、宏ちゃんを抱きしめた。ぎゅっと、腕に力を込めると、宏ちゃんは息を飲む。
 
「宏ちゃん。ぼく、言うて欲しかったよ?」 
「成……」
「綾人のことは、宏ちゃんだけの問題じゃないよっ……一人で抱え込まんといて」
 
 だって、今回のことは、ぼくが頼りなかった為に起こったことやから。大人として、伴侶として……ぼくもちゃんと関わらせてほしい。
 綾人は、ぼくの友達。宏ちゃんは、ぼくの夫で……だから、仲良くするのはぼくだけの問題じゃないって、解ってる。
 
「今度は、ぼくに話してね」
 
 じっと見つめると、宏ちゃんは根負けした様に息を吐いた。
 
「成には敵わないな」
 
 逞しい腕に、ぎゅっと抱き返される。
 「わかったよ」って言われた気がして……ぼくは嬉しくなった。
 
  
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