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第五章~花の行方~
二百八十五話
善は急げ、ということで。
午後から、ぼくと宏ちゃんは綾人の元を訪ねた。ずっと元気が無いって言う綾人のことが、気になっていたし……伝えたいことがあったから。
――……会ってもらえるといいな。
不安な気持ちで、マンションの広いフロアを牛耳る、一つのドアの前に立つ。
コンシェルジュさんに来訪を告げたので、ぼく達がきたことは伝わっているはずだった。
「よし、行くぞっ」
インターホンを押そうとすると、宏ちゃんはぼくの手を握って、心配そうに言った。
「本当に、俺も行かなくていいのか? この際、兄貴の気持ちなんて無視したって――」
「ううん。ここは、ちゃんとした方が良いと思うん。お兄さんはお仕事で御在宅やないのやし」
これ以上、宏ちゃんとお兄さんに揉めて欲しくない。ここに来るまでにも、何度も行った問答を笑顔で答える。
「……ドアに張り付いてるから、なんかあったら叫ぶんだぞ」
渋々折れてくれた、心配性な夫ににっこりして、ぼくはインターホンを押した。
佐藤さんに迎えられ、足を踏みいれたお家はとても広かった。
モデルルームみたいに整ったインテリアに、ビタミンカラーのカーテンや、壁に飾られたテニス選手のサインなどが不思議に調和していて、ここに住んでいる人たちの顔が浮かぶ。
「こちらです、成己様」
「ありがとうございます、佐藤さん。突然押しかけて申し訳ないです」
「いいえ、お気になさいませんよう。それに……お通しするように言ったのは、綾人様ですから」
「そうなんですか?」
佐藤さんの案内で、綾人のお部屋まで連れて行って貰った。
「綾人様は、このところずっと、閉じこもりでいらっしゃいました。お一人で、朝匡様へも誰にも、頑ななご様子で……なにも相談なさらずに」
「綾人……そうだったんですね」
しんみりしていると、佐藤さんが言葉を続ける。
「ですから、成己様が来てくださって良かったです」
はっとして顔を上げると、佐藤さんはすでに立ち止まっている。
「佐藤さん、ありがとうございました」
きっちりしまったドア――綾人のお部屋。ぼくは佐藤さんにお礼を言い、恐る恐るノックする。
「綾人。成己です」
返事はない。人が動いた気配があったけど、しばらく待ってもドアは開かなかった。
――やっぱり、深く傷つけてしまったから……
そっとドアに手を当てる。なんとなく、ぼくから開けちゃいけない気がしたん。
ぼくはそのまま、もう一度声を上げる。
「久しぶり。あの、突然来ちゃってごめんね。連絡しようかとも、思ったんやけど……今日は、渡したいものと……話したいことがあって来たん。宏ちゃんのこと、なんやけど」
ガタン。
中で、大きな音がした。――ぼくの声は届いてる。そのことに勇気づけられ、言葉を続けた。
「綾人。ぼく、もう知ってるよ。綾人がバイト辞めた、本当の理由も。宏ちゃんが、何をお願いしたのかも……! ごめんね。何も知らなくて。ずっと、一人で辛い思いさせてたなんて」
ぼくは、ドア越しに頭を下げた。
友達が辛い思いをしてるのに、なにも知らないでいた。
すると、
「成己のせいじゃねえよっ。オレが悪いんだ。オレのせいで、お前が……」
ドアの向こうから、くぐもった言葉が聞こえてきた。――ひどく泣いているような声。ぼくは、ドアに身を寄せて、叫んだ。
「違うっ。この前のことは、ぼくの責任やねん。ぼくが、家主としての責任を果たさなかったから、起こったことやから。だから、綾人のせいじゃないよ!」
「成己ぃ……」
……宏ちゃんが、綾人を遠ざけたと知ったときから、ずっと胸をぐるぐるしてた。
ぼくが、椹木さんに、もっと上手に振舞えていればという悔恨。それと……もっと、綾人を助けてあげるべきだったってこと。
――綾人は、オメガとして生活してきた経験が少ない。だから、ぼくがもっと気遣うべきやったんや。
きちんと説明していれば、違ったかもしれない。
午後から、ぼくと宏ちゃんは綾人の元を訪ねた。ずっと元気が無いって言う綾人のことが、気になっていたし……伝えたいことがあったから。
――……会ってもらえるといいな。
不安な気持ちで、マンションの広いフロアを牛耳る、一つのドアの前に立つ。
コンシェルジュさんに来訪を告げたので、ぼく達がきたことは伝わっているはずだった。
「よし、行くぞっ」
インターホンを押そうとすると、宏ちゃんはぼくの手を握って、心配そうに言った。
「本当に、俺も行かなくていいのか? この際、兄貴の気持ちなんて無視したって――」
「ううん。ここは、ちゃんとした方が良いと思うん。お兄さんはお仕事で御在宅やないのやし」
これ以上、宏ちゃんとお兄さんに揉めて欲しくない。ここに来るまでにも、何度も行った問答を笑顔で答える。
「……ドアに張り付いてるから、なんかあったら叫ぶんだぞ」
渋々折れてくれた、心配性な夫ににっこりして、ぼくはインターホンを押した。
佐藤さんに迎えられ、足を踏みいれたお家はとても広かった。
モデルルームみたいに整ったインテリアに、ビタミンカラーのカーテンや、壁に飾られたテニス選手のサインなどが不思議に調和していて、ここに住んでいる人たちの顔が浮かぶ。
「こちらです、成己様」
「ありがとうございます、佐藤さん。突然押しかけて申し訳ないです」
「いいえ、お気になさいませんよう。それに……お通しするように言ったのは、綾人様ですから」
「そうなんですか?」
佐藤さんの案内で、綾人のお部屋まで連れて行って貰った。
「綾人様は、このところずっと、閉じこもりでいらっしゃいました。お一人で、朝匡様へも誰にも、頑ななご様子で……なにも相談なさらずに」
「綾人……そうだったんですね」
しんみりしていると、佐藤さんが言葉を続ける。
「ですから、成己様が来てくださって良かったです」
はっとして顔を上げると、佐藤さんはすでに立ち止まっている。
「佐藤さん、ありがとうございました」
きっちりしまったドア――綾人のお部屋。ぼくは佐藤さんにお礼を言い、恐る恐るノックする。
「綾人。成己です」
返事はない。人が動いた気配があったけど、しばらく待ってもドアは開かなかった。
――やっぱり、深く傷つけてしまったから……
そっとドアに手を当てる。なんとなく、ぼくから開けちゃいけない気がしたん。
ぼくはそのまま、もう一度声を上げる。
「久しぶり。あの、突然来ちゃってごめんね。連絡しようかとも、思ったんやけど……今日は、渡したいものと……話したいことがあって来たん。宏ちゃんのこと、なんやけど」
ガタン。
中で、大きな音がした。――ぼくの声は届いてる。そのことに勇気づけられ、言葉を続けた。
「綾人。ぼく、もう知ってるよ。綾人がバイト辞めた、本当の理由も。宏ちゃんが、何をお願いしたのかも……! ごめんね。何も知らなくて。ずっと、一人で辛い思いさせてたなんて」
ぼくは、ドア越しに頭を下げた。
友達が辛い思いをしてるのに、なにも知らないでいた。
すると、
「成己のせいじゃねえよっ。オレが悪いんだ。オレのせいで、お前が……」
ドアの向こうから、くぐもった言葉が聞こえてきた。――ひどく泣いているような声。ぼくは、ドアに身を寄せて、叫んだ。
「違うっ。この前のことは、ぼくの責任やねん。ぼくが、家主としての責任を果たさなかったから、起こったことやから。だから、綾人のせいじゃないよ!」
「成己ぃ……」
……宏ちゃんが、綾人を遠ざけたと知ったときから、ずっと胸をぐるぐるしてた。
ぼくが、椹木さんに、もっと上手に振舞えていればという悔恨。それと……もっと、綾人を助けてあげるべきだったってこと。
――綾人は、オメガとして生活してきた経験が少ない。だから、ぼくがもっと気遣うべきやったんや。
きちんと説明していれば、違ったかもしれない。
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