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第五章~花の行方~
二百八十七話【SIDE:朝匡】
「何? 成己さんが来た?」
帰宅早々、ネクタイも解かないでいるうちに、佐藤に告げられた言葉に目をむいた。
「はい。綾人様のお見舞いにいらっしゃったようでした」
「なぜ、その時に連絡しない!」
「本日は、大切な会議がおありだと伺っておりましたので……」
暢気な返答を怒鳴りつければ、佐藤は無表情を曇らせ、反論してきた。
俺は、ぐっと言葉に詰まる。
確かに、滅多なことで連絡をするなと言い含めておいたような気が――だが。
「これは、何を置いても知らせるべきだろう! 情報の優先度くらい、自分で判断出来るようになって貰わないと困る」
「申し訳ありません」
「だいたい、家主の留守に人を入れるなど……」
俺の叱責に、佐藤は粛々と頭を下げた。つむじを睥睨しながら、「一体、何があったんだ?」と思考する。
まさか、こんなに早くに成己さんが来るなんて、完全に予想外のことだ。
――『宏ちゃんは、ぼくの為にこんなことを……怒ったりできません』
頑なまでに、宏章のことばかり庇っていたというのに、何故。
「ちょっと。オレが会うって言ったんだよ。佐藤さんのこと責めないでくれ」
突如として割って入った声に、勢いよく振り返る。
「綾人! お前……」
「てか、弟が訪ねてきて怒ることなくね? オレは、成己と久しぶりに会えて嬉しかったんだぞ」
綾人が、リビングのドアに凭れるように立っている。
小生意気な口ぶりは、ここ最近は鳴りを潜めていたものだ。俺は、少し感極まる思いで傍に寄った。
「どういうことだ。詳しく話せ」
しかし。
ダイニングのテーブルに顔をつき合わせて、話しを聞いているうちに、俺は目眩がした。
「……待て。つまり、成己さんはただ謝りに来たんだな?」
「うん? そうだな。わざわざ、来てくれるなんて成己らしいよな……!」
綾人は感動した風に、湯飲みの茶を啜った。俺の意図をちっとも汲まない、その鈍感さを怒るべきか、純粋だと感嘆するところか、悩むところだ。
――馬鹿だな。結局、なにも好転してねえじゃねえだろうが。
俺は湯飲みを握りしめた。
綾人が言うには、「付き合いを再開しよう」とは言わなかったらしい。という事は――ただ、「宏章が交際を断て」とエゴを押し付けた件を謝って、清算しに来ただけってことじゃねえか。
――つまり……付き合いを戻すつもりはねえってことだな。
暗緑色の水面に浮かぶ、己のしかめっ面を睨んでいれば――ずい、と何かが押しやられてきた。鮮やかなインディゴの包みを、怪訝に思う。
「なんだ、これは」
「それ、成己から。美味しいお土産貰ったから、おすそ分けってさ。もう食べたけど美味かった」
「はあ? 考えなしに食うな!」
「んだよ! 成己がくれたもんだから、いいだろ!」
つい怒鳴ってしまえば、ご満悦だった顔が曇る。そうなると、必然こっちだって罪悪感を抱いてしまう。
――クソ。弱いな……
頭を振り、気分を切り替える。
確かに――この頃は、「他人に貰ったものを考えなしに食うな」と注意し続けた成果か、少しは意識の改革は見られるようになってきた(なにせ。見知らぬ他人から渡された茶を、笑顔で飲んでいた奴だ)。
だというのに、こんなアホな振る舞いをするのは……確かに、こいつの言う通りでもあるのだろう。
「……成己さんの事を、信頼しているんだな」
「当たり前じゃん。友達だもんよ」
さらりと返答が返り、反射的に口にした。
「付き合いが戻らなくてもか?」
「……!」
今日のことで、少なくとも確信を得た。
成己さんは宏章についたのだ、と。
友人の綾人ではなく、彼の夫の気持ちを優先したからこその「距離を置く」という選択なのだ。謝罪は、友人として最後の筋を通しに来ただけだろう。
「お前はいいのか」
綾人は目を丸くし、手をひらひらと振った。
「いや……戻らねえわけじゃねーよ。オレが気持ちを入れ替えれば、宏章さんが許してくれると思うし」
「さて。宏章は、昔から我儘な奴だからな……お前が改めたところで、取り消すつもりはないかもしれんぞ」
あいつは、昔からそうだ。自分のしたいように振舞ってはばからない。
仕事や妻、ちょっとした菓子を選ぶときでさえ、ひとりで勝手に決めていた。我がままなのだ。
「あまり宏章を信用するな」
「……そんな事ねーし。ヤなことばっか言うなってんだよ!」
綾人は、席を蹴るように立ち上がった。急須を掠めるように取り、キッチンへと歩いていく。
俺は、ふと紙袋を眺める。――手作りで、心の籠ったメッセージが書かれている。これを見れば、作り手は細やかで暖かい人なのだろう、と大半の者が思うだろう。
だが、それだけだ。
――通りすがりの優しさは、ときに残酷だぞ。募った期待の分、傷つくのは綾人だ。
俺は、手の甲で包みを遠ざけた。
すると、大過ぎる茶葉で蓋の上がった急須を持って、綾人が戻ってくる。
「朝匡も飲め。いれたてだぞ」
「……ああ」
「あとで、メロンでも食おうよ。成己が、宏章さんが持たせてくれたってさ!」
不機嫌を流しに溶かしてきたように、からりと笑っている。大方、単純で、馬鹿だが――可愛いと思わなくもない。俺が何とかしてやりたいと、思ってしまう。
渋くて飲めたもんじゃない茶に口をつけた。
――宏章……お前の思う通りにさせねえ。まずは、あの人に連絡をつけねえと……
俺は、苦すぎる茶を飲み干し、頭の中で算段をつけ始めた。
帰宅早々、ネクタイも解かないでいるうちに、佐藤に告げられた言葉に目をむいた。
「はい。綾人様のお見舞いにいらっしゃったようでした」
「なぜ、その時に連絡しない!」
「本日は、大切な会議がおありだと伺っておりましたので……」
暢気な返答を怒鳴りつければ、佐藤は無表情を曇らせ、反論してきた。
俺は、ぐっと言葉に詰まる。
確かに、滅多なことで連絡をするなと言い含めておいたような気が――だが。
「これは、何を置いても知らせるべきだろう! 情報の優先度くらい、自分で判断出来るようになって貰わないと困る」
「申し訳ありません」
「だいたい、家主の留守に人を入れるなど……」
俺の叱責に、佐藤は粛々と頭を下げた。つむじを睥睨しながら、「一体、何があったんだ?」と思考する。
まさか、こんなに早くに成己さんが来るなんて、完全に予想外のことだ。
――『宏ちゃんは、ぼくの為にこんなことを……怒ったりできません』
頑なまでに、宏章のことばかり庇っていたというのに、何故。
「ちょっと。オレが会うって言ったんだよ。佐藤さんのこと責めないでくれ」
突如として割って入った声に、勢いよく振り返る。
「綾人! お前……」
「てか、弟が訪ねてきて怒ることなくね? オレは、成己と久しぶりに会えて嬉しかったんだぞ」
綾人が、リビングのドアに凭れるように立っている。
小生意気な口ぶりは、ここ最近は鳴りを潜めていたものだ。俺は、少し感極まる思いで傍に寄った。
「どういうことだ。詳しく話せ」
しかし。
ダイニングのテーブルに顔をつき合わせて、話しを聞いているうちに、俺は目眩がした。
「……待て。つまり、成己さんはただ謝りに来たんだな?」
「うん? そうだな。わざわざ、来てくれるなんて成己らしいよな……!」
綾人は感動した風に、湯飲みの茶を啜った。俺の意図をちっとも汲まない、その鈍感さを怒るべきか、純粋だと感嘆するところか、悩むところだ。
――馬鹿だな。結局、なにも好転してねえじゃねえだろうが。
俺は湯飲みを握りしめた。
綾人が言うには、「付き合いを再開しよう」とは言わなかったらしい。という事は――ただ、「宏章が交際を断て」とエゴを押し付けた件を謝って、清算しに来ただけってことじゃねえか。
――つまり……付き合いを戻すつもりはねえってことだな。
暗緑色の水面に浮かぶ、己のしかめっ面を睨んでいれば――ずい、と何かが押しやられてきた。鮮やかなインディゴの包みを、怪訝に思う。
「なんだ、これは」
「それ、成己から。美味しいお土産貰ったから、おすそ分けってさ。もう食べたけど美味かった」
「はあ? 考えなしに食うな!」
「んだよ! 成己がくれたもんだから、いいだろ!」
つい怒鳴ってしまえば、ご満悦だった顔が曇る。そうなると、必然こっちだって罪悪感を抱いてしまう。
――クソ。弱いな……
頭を振り、気分を切り替える。
確かに――この頃は、「他人に貰ったものを考えなしに食うな」と注意し続けた成果か、少しは意識の改革は見られるようになってきた(なにせ。見知らぬ他人から渡された茶を、笑顔で飲んでいた奴だ)。
だというのに、こんなアホな振る舞いをするのは……確かに、こいつの言う通りでもあるのだろう。
「……成己さんの事を、信頼しているんだな」
「当たり前じゃん。友達だもんよ」
さらりと返答が返り、反射的に口にした。
「付き合いが戻らなくてもか?」
「……!」
今日のことで、少なくとも確信を得た。
成己さんは宏章についたのだ、と。
友人の綾人ではなく、彼の夫の気持ちを優先したからこその「距離を置く」という選択なのだ。謝罪は、友人として最後の筋を通しに来ただけだろう。
「お前はいいのか」
綾人は目を丸くし、手をひらひらと振った。
「いや……戻らねえわけじゃねーよ。オレが気持ちを入れ替えれば、宏章さんが許してくれると思うし」
「さて。宏章は、昔から我儘な奴だからな……お前が改めたところで、取り消すつもりはないかもしれんぞ」
あいつは、昔からそうだ。自分のしたいように振舞ってはばからない。
仕事や妻、ちょっとした菓子を選ぶときでさえ、ひとりで勝手に決めていた。我がままなのだ。
「あまり宏章を信用するな」
「……そんな事ねーし。ヤなことばっか言うなってんだよ!」
綾人は、席を蹴るように立ち上がった。急須を掠めるように取り、キッチンへと歩いていく。
俺は、ふと紙袋を眺める。――手作りで、心の籠ったメッセージが書かれている。これを見れば、作り手は細やかで暖かい人なのだろう、と大半の者が思うだろう。
だが、それだけだ。
――通りすがりの優しさは、ときに残酷だぞ。募った期待の分、傷つくのは綾人だ。
俺は、手の甲で包みを遠ざけた。
すると、大過ぎる茶葉で蓋の上がった急須を持って、綾人が戻ってくる。
「朝匡も飲め。いれたてだぞ」
「……ああ」
「あとで、メロンでも食おうよ。成己が、宏章さんが持たせてくれたってさ!」
不機嫌を流しに溶かしてきたように、からりと笑っている。大方、単純で、馬鹿だが――可愛いと思わなくもない。俺が何とかしてやりたいと、思ってしまう。
渋くて飲めたもんじゃない茶に口をつけた。
――宏章……お前の思う通りにさせねえ。まずは、あの人に連絡をつけねえと……
俺は、苦すぎる茶を飲み干し、頭の中で算段をつけ始めた。
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