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第五章~花の行方~
二百九十二話
「ぼくの、こと?」
「そうだ」
思いもかけない言葉に、目を瞬く。
宏ちゃんは、真剣な顔のままで――とても、冗談を言っているようには見えない。肌が燃えそうなほど、熱い眼差しを注がれて、ぼくはうろうろと視線をさ迷わせた。
「う、うそっ……」
「嘘なもんか。お前は俺の奥さんなんだから……俺の恋は、お前だけだよ」
「ひえっ」
蜜のような声が、とんでもなく甘い言葉を囁く。宏ちゃんの全身から、ぶわりと色香が立ち上って、ぼくはのけ反ってしまった。
――し、心臓が! 口から出ちゃうかと思った……!
手をしっかりと握られていなかったら、ばったりと倒れてしまいそう。
ぼくは、ショート寸前の思考回路で、「うそ、そんな、でも……」と狼狽しまくっていた。だって、宏ちゃんの恋愛小説が、ぼくのことって。
――嬉しいよ、嬉しいけど。絶対に、優しい嘘やんね? だって……
六月下旬の、原稿だもん。
あの頃、ぼくと宏ちゃんは、まだ結婚してなくて……幼馴染やったんやから。
痛いほどドキドキ弾む胸を押さえ、はふはふと呼吸を整える。すでに負けそうになっている自分に喝を入れて、口を開いた。
「だ、だったら、ぼくにも読む権利があると思うんですっ」
主張すると、宏ちゃんが僅かに目を瞠る。
じーっと灰色がかった瞳を見つめていると、宏ちゃんはウッと呻いた。
「どうしても、ダメ?」
「どうしても、ってことはないが……」
「読んでも良い?」
「んー」
宏ちゃんは、天を仰いだ。「参ったなあ」と呟いたのに、不安になる。
――しつこいって思われちゃったかな……?
自分でもね、しつこいなあって思うんだけど、どうしても引っかかっちゃうんやもん。
……そんなに誤魔化したいくらい、好きだったのかな、って。
そんなの、寂しい。
すると、繋いでいた手に、力が込められた。
「お前に、俺の心の中を読まれちまうのは……流石に、きまりが悪いだろ」
と、漸う宏ちゃんは言った。
眉根を寄せたその顔は、夕日みたいに赤くなっていたん。
百井さんにからかわれた時より、ずっと……照れているのが一目でわかる顔色に、ぼくもつられてしまう。
「わ……悪口書いた、とか?」
「そーじゃないよ。わかってるだろうが?」
「……うんっ」
ぴん、とおでこを弾かれる。
怒ったような、つっけんどんな口調と裏腹に、声は溶けそうなほどに甘くって……唇が、ふやけてしまう。
――ウソ。宏ちゃんがかわいい……!
きゅん、と胸が痛くなる。
「宏ちゃん、大好きやで」
ぼくは、衝動のままに大きな手を、ぎゅうって握りしめる。本当は、抱きつきたかったけれど、テーブルが邪魔やったん。
大きなペンダコのある指を口元に導くと、ちょんと唇をつつかれた。
「俺もだよ、成」
「えへへ」
じんじんと熱を持つ頬を緩ませて、思う。
――そうやんね……宏ちゃんは、今はぼくと一緒に居てくれるやん。
もやもやしていたものが、ふわーって溶けていくのを感じた。
……大丈夫なんだって。
過去にどれだけ愛した人が居たって……こんな風に、優しい嘘をついてくれるんやもの。
――それなら、読めなくってもいい。
心のなかで、結論づける。
ホント言うと、ちょっと名残惜しいけど。ぼくも、宏ちゃんの気持ち大切にしたいもん。
「ありがとう」
大きな手のひらに、頬を寄せる。
すると、壊れ物にするように撫でられて――おなかの奥まで、ほんわりと温かくなった。
喫茶室を出ると、原稿展の会場はまだ賑わっているみたいやった。
「宏ちゃん、もうちょっと見てもいい?」
さっき、最後まで回れていなかったから、気になって。
そわそわと賑わいを指させば、宏ちゃんは肩を震わせ、笑った。
「ああ、もちろん」
「やったぁ」
ぼくは、嬉しくなって、逞しい腕に抱きつく。――暖かな木漏れ日のような、光と木々の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
――いいかおり。気持ちいい……
ぎゅ、と腕に力を込めて、頬を寄せる。
「……ん?」
すると、宏ちゃんが訝しげな声を上げた。
「成、お前……なにか熱い」
「え……?」
大きな手のひらが額を覆ったり、首をなぞったりする。
ぼくは、心配が解消したせいか、ふわふわした気分でされるままになった。
――あったかい。
なんでか、瞼が落ちてしまいそう。いつしか、腕に凭れきっていると、
「……すまん」
言うが早いか、宏ちゃんはぼくを抱き上げた。一気に視界が高くなり、びっくりする。
――えっ、何……?!
周りの人々のどよめきが響く。ぼくは、恥ずかしくなって、腕をぺしぺし叩いた。
「宏ちゃんっ、どうしたの?」
「話はあとだ、帰ろう」
「ええっ」
原稿展……!
悲壮さが滲んでたのか、宏ちゃんは声を潜める。誰にも聞こえないくらいに小さく、囁いた。
「……香りが、強くなってる。ヒートかもしれない」
「そうだ」
思いもかけない言葉に、目を瞬く。
宏ちゃんは、真剣な顔のままで――とても、冗談を言っているようには見えない。肌が燃えそうなほど、熱い眼差しを注がれて、ぼくはうろうろと視線をさ迷わせた。
「う、うそっ……」
「嘘なもんか。お前は俺の奥さんなんだから……俺の恋は、お前だけだよ」
「ひえっ」
蜜のような声が、とんでもなく甘い言葉を囁く。宏ちゃんの全身から、ぶわりと色香が立ち上って、ぼくはのけ反ってしまった。
――し、心臓が! 口から出ちゃうかと思った……!
手をしっかりと握られていなかったら、ばったりと倒れてしまいそう。
ぼくは、ショート寸前の思考回路で、「うそ、そんな、でも……」と狼狽しまくっていた。だって、宏ちゃんの恋愛小説が、ぼくのことって。
――嬉しいよ、嬉しいけど。絶対に、優しい嘘やんね? だって……
六月下旬の、原稿だもん。
あの頃、ぼくと宏ちゃんは、まだ結婚してなくて……幼馴染やったんやから。
痛いほどドキドキ弾む胸を押さえ、はふはふと呼吸を整える。すでに負けそうになっている自分に喝を入れて、口を開いた。
「だ、だったら、ぼくにも読む権利があると思うんですっ」
主張すると、宏ちゃんが僅かに目を瞠る。
じーっと灰色がかった瞳を見つめていると、宏ちゃんはウッと呻いた。
「どうしても、ダメ?」
「どうしても、ってことはないが……」
「読んでも良い?」
「んー」
宏ちゃんは、天を仰いだ。「参ったなあ」と呟いたのに、不安になる。
――しつこいって思われちゃったかな……?
自分でもね、しつこいなあって思うんだけど、どうしても引っかかっちゃうんやもん。
……そんなに誤魔化したいくらい、好きだったのかな、って。
そんなの、寂しい。
すると、繋いでいた手に、力が込められた。
「お前に、俺の心の中を読まれちまうのは……流石に、きまりが悪いだろ」
と、漸う宏ちゃんは言った。
眉根を寄せたその顔は、夕日みたいに赤くなっていたん。
百井さんにからかわれた時より、ずっと……照れているのが一目でわかる顔色に、ぼくもつられてしまう。
「わ……悪口書いた、とか?」
「そーじゃないよ。わかってるだろうが?」
「……うんっ」
ぴん、とおでこを弾かれる。
怒ったような、つっけんどんな口調と裏腹に、声は溶けそうなほどに甘くって……唇が、ふやけてしまう。
――ウソ。宏ちゃんがかわいい……!
きゅん、と胸が痛くなる。
「宏ちゃん、大好きやで」
ぼくは、衝動のままに大きな手を、ぎゅうって握りしめる。本当は、抱きつきたかったけれど、テーブルが邪魔やったん。
大きなペンダコのある指を口元に導くと、ちょんと唇をつつかれた。
「俺もだよ、成」
「えへへ」
じんじんと熱を持つ頬を緩ませて、思う。
――そうやんね……宏ちゃんは、今はぼくと一緒に居てくれるやん。
もやもやしていたものが、ふわーって溶けていくのを感じた。
……大丈夫なんだって。
過去にどれだけ愛した人が居たって……こんな風に、優しい嘘をついてくれるんやもの。
――それなら、読めなくってもいい。
心のなかで、結論づける。
ホント言うと、ちょっと名残惜しいけど。ぼくも、宏ちゃんの気持ち大切にしたいもん。
「ありがとう」
大きな手のひらに、頬を寄せる。
すると、壊れ物にするように撫でられて――おなかの奥まで、ほんわりと温かくなった。
喫茶室を出ると、原稿展の会場はまだ賑わっているみたいやった。
「宏ちゃん、もうちょっと見てもいい?」
さっき、最後まで回れていなかったから、気になって。
そわそわと賑わいを指させば、宏ちゃんは肩を震わせ、笑った。
「ああ、もちろん」
「やったぁ」
ぼくは、嬉しくなって、逞しい腕に抱きつく。――暖かな木漏れ日のような、光と木々の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
――いいかおり。気持ちいい……
ぎゅ、と腕に力を込めて、頬を寄せる。
「……ん?」
すると、宏ちゃんが訝しげな声を上げた。
「成、お前……なにか熱い」
「え……?」
大きな手のひらが額を覆ったり、首をなぞったりする。
ぼくは、心配が解消したせいか、ふわふわした気分でされるままになった。
――あったかい。
なんでか、瞼が落ちてしまいそう。いつしか、腕に凭れきっていると、
「……すまん」
言うが早いか、宏ちゃんはぼくを抱き上げた。一気に視界が高くなり、びっくりする。
――えっ、何……?!
周りの人々のどよめきが響く。ぼくは、恥ずかしくなって、腕をぺしぺし叩いた。
「宏ちゃんっ、どうしたの?」
「話はあとだ、帰ろう」
「ええっ」
原稿展……!
悲壮さが滲んでたのか、宏ちゃんは声を潜める。誰にも聞こえないくらいに小さく、囁いた。
「……香りが、強くなってる。ヒートかもしれない」
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