いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第五章~花の行方~

二百九十六話

 ――この香り。陽平の……!?
 
 思ってから、「まさか」とすぐに打ち消す。
 ぼくは、庭の惨状を見回した。だって――こんな酷いこと、陽平がするだろうか? 
 陽平は、案外に繊細なやつだもの。彼が、わざわざ人の家にやってきて、こんな乱暴な真似をするなんて、想像もできない。
 
「……うっ」
 
 そう思うのに、鼻腔に薔薇の匂いがまとわりついてくる。
 四年間も、一緒に過ごしたアルファのフェロモンを……オメガのぼくが、間違うはずはなかった。
 
「……成、大丈夫か?」
「あっ……うん、全然!」
 
 電話を切った夫が、心配そうに見下ろしている。慌てて頷くと、宏ちゃんはぼくの手を引いて、歩き出す。
 
「セキュリティに連絡したら、すぐ調査に来てくれるそうだ。俺達は、ひとまず安全なところへ行こう」
「わかりました。……安全な所って?」
 
 下りてきたばかりの車に戻ってきて、ぼくはおろおろと尋ねる。宏ちゃんは、シートベルトを着けながら言った。
 
「俺の実家だ」
 
 
 

 
 一時間ほど、宏ちゃんが車を走らせて――ぼく達は、野江の邸宅に到着した。
 都会にあるとは思えないほど、静かで緑あふれる住宅街。広い道沿いに豪邸が並び……その中で、一際立派な邸が野江家、らしい。
 
「あわわ……」
 
 ぐるりと堅牢な塀で囲われた、要塞のような大豪邸に、ぼくはあんぐりと口を開けた。
 
 ――こ、こんな立派なお宅やなんて……名家、怖いようっ!
 
 宏ちゃんは、勝手知ったる様子でガードマンの人に合図をし、車で門を突破した。
 美しい庭木の並ぶ庭園の半ばにくると、車を降りる。待ち構えていた黒いお仕着せを着た人が、代わりに車に乗り込んで、どこかへ走り去ってゆく。
 
「宏ちゃん、車……」
「ああ、車庫に仕舞っといてもらうんだよ」
「ふあ……」
 
 何気なく言われて、まじまじと見慣れた夫の顔を見上げた。
 
「ん?」
「な、なんでもないよ~……初めてのお宅訪問で、緊張してるかも……」
「そうか。気楽な家だから、心配するな」
 
 それは絶対違う! と思ったけど、手を繋いでくれるのは有難かった。
 初秋の風の吹く庭園を歩き、立派な玄関のある洋館に辿り着く。小さな家が丸ごと入りそうな玄関に、足を踏み入れると――上品なお仕着せを着た老紳士が、出迎えに来られた。
 
「宏章様、おかえりなさいませ」
 
 宏ちゃんは親し気に笑い、片手を上げる。
 
「ただいま、じいちゃん。いきなり帰ってきて、ごめんな」
「いいえ、やっとお戻りくださって嬉しうございます! この老骨、もう坊ちゃまの顔を見ることもなく、死ぬることと思っていました。……おや、そちらのお可愛らしい方は、もしや?」
 
 眼鏡の下に、ハンカチをねじ込んでいた老紳士が、こちらを見る。
 ぼくは、ぴしっと背を伸ばした。
 
「この子は、成己だよ。俺の伴侶なんだ」
「初めまして、成己と申します。よろしくお願いいたしますっ」
 
 深く頭を下げると、老紳士は「ほほ」と好々爺然とした笑い声を上げはった。
 
「これは勿体ない。私は、こちらに長年お世話になっております、使用人頭の東と申します。宏章様のご伴侶に、生きているうちにお会いできるとは、望外の喜び」
「あ――ご丁寧に、ありがとうございますっ」
 
 温かく迎えて貰えて、感激してしまう。宏ちゃんが、ぼくの肩を抱いて笑う。
 
「じいちゃんは、あいかわらず大げさだなあ」
「何を。私のお育てした坊ちゃまですから、当然にございます」
 
 莞爾として、胸を張る東さんの顔は、どこか中谷先生に似ていて。宏ちゃんのことを、とても大切に想っているのが伝わって来たん。
 和やかなムードで笑い合っていると、低い声が割って入った。
 
「東さん。ポーチで和やかにされる前に、中に入って頂かないと」
「ああ、佐藤君」
 
 音もなく現れたのは、誕生会でお会いした佐藤さんのお父さんやったん。

「宏章様、成己様。いらっしゃいませ。災難に遭われましたね」

 宏ちゃんとぼくに端正な礼をし、佐藤さん(父)はスリッパを用意してくれた。
 
「いま、離れの方を準備させておりますので、まずは母屋の方へ」
「ありがとう。まず、母さんに挨拶したいんだけど、おいでですか」

 スリッパを履きながら、宏ちゃんが問う。

「はい。ご連絡を頂いてから、いまかいまかとご到着を待っておいでですよ」

 佐藤さん(父)がそう言わはったとき、ドタバタと雷のような足音が近づいて来た。

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