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第五章~花の行方~
二百九十九話
「宏章様、成己様。失礼いたします」
離れの探索を終えたとき、見計らっていたように東さんが訪ねて来はった。
東さんはお部屋にしずしずと歩み入り、莞爾とする。
「お部屋はお気に召して頂けましたでしょうか?」
「はい、とっても!」
「ありがとう、じいちゃん。昔のまんまで驚いたよ」
声を揃えてお礼を言うと、東さんは誇らしそうに胸を張った。
「ほほ。野江家の使用人として、当然のことにございます。この東の目が黒いうちは、ご滞在の間中、お二人に不便な思いなどさせません! ご入用のものは何でも、二十四時間お申し付けくださいまし」
「ありがとう。でも、夜は寝てくれよな」
大らかな笑みを浮かべ、宏ちゃんが東さんの肩をぽんと叩いた。
「じきにお夕食の時間ですが、どうなさいますか?」
「ああ、ありがとう……成、何が食べたい?」
「えっ!? えと、ぼくは、お義母さんの食べたいものが食べたいです」
いちばん年少のぼくに、それは荷が重いですっ。冷や汗を垂らし、選択のボールをお義母さんに向かって放り投げる。すると、二人はきょとんと顔を見合わせて、「ああ」と拳を打った。
「気にしなくていいぞ、うちはメシは一緒に食わないから。な、じいちゃん?」
「ええ。奥様は会食続きでしたので、お粥を召し上がるそうです。成己様も、どうぞお好きなものをお申し付けください」
当たり前のように微笑まれて、ぼくはびっくりした。
ごはんって、家族で一緒に食べるものやと思ってた。ご家庭によって、いろいろな食卓のかたちがあるんやねえ。
「えと。それじゃ――」
「いただきまあす」
サンドイッチにかじりつくと、ローストビーフの美味しいお汁が、口いっぱいに溢れた。すごく豪華な味わいに、ぼくは目をかっと瞠る。
「うぅ。美味しい……!」
「口に合ったみたいで、良かった」
お昼をたくさん頂いたので、軽食をリクエストさせてもらってん。そうしたら、東さんが母屋へ頼みに行ってくれはってね。すぐに、あったかいお茶と、サンドイッチを離れに持ってきて下さったんよ。
ローストビーフとポテトサラダの豪華なサンドイッチは、お店で出てくるみたいな味。宏ちゃんの曰はく、野江家にはお料理専門の使用人さんが常駐してはるんやって。
――『内線電話から、なんでもお申し付けください』
東さんはお料理を届けてすぐに、風のように去っていかはった。
やから、今は離れの居間で、宏ちゃんと二人向かい合って夕ご飯です。とっても気楽、なんやけど……
「……もぐ」
「どした、成?」
宏ちゃんは例にもよって、すでに食べ終わってる。
のんびりと食後のコーヒーを啜りつつ、ぼくの一挙手一投足を見守っていた彼は、目ざとくぼくの様子に気づいてしまう。
「う、ううん。なんもないよっ」
「いや、無くはないだろ? 状況が、状況だし」
「う……」
心配そうな宏ちゃんの眼差しから、逃れられそうになくて――ぼくは、観念した。サンドイッチをお皿に置くと、おずおずと切り出す。
「あの……何でもないの。ただ、すごく気を遣ってもらっちゃってるなあって」
「ん? どういうことだ」
宏ちゃんが、不思議そうに目を瞠る。
「こうして、ずっと二人きりにさせてくれてて……朝ごはんも、ここに持ってきてくれはるって、東さん仰ってたし」
ひょっとして、ぼくの為に気遣ってくれてるんじゃないかなって、思ってん。宏ちゃんと二人きりでいると、うちに居るみたいでとっても落ち着く。
とはいえ、夫の実家なんやもの!
――お世話になるのは、ぼくの方やと言うのに。このまま、甘えてていいのかな……?
しょんぼりと俯くと、宏ちゃんが息を吐く。
「まったく、お前は……」
「わあっ」
大きな手に、頭をわしわしと撫でられる。
「お前の方が、気を遣いすぎだよ。嫌な目にあって大変なときくらい、自分のことだけ考えときなさい」
「ひ、宏ちゃん……」
言葉こそ窘めているけれど、とても温かい声音だった。ぼくは、知らず詰めていた息を吐きだして――ゆるゆると肩から力が抜けていく。
たしかに、親切にしてもらって不安になるなんて、贅沢やんね。
「ありがとう、宏ちゃん」
にっこりすると、くしゃくしゃになった髪を優しく梳いてくれた。
子犬になった気分で、目を閉じていると……宏ちゃんはため息のように優しく、呟く。
「心配するな、うちの家族は変わってるしな。俺のメシと言ったら、ここで食うもんだったから」
「え?」
思わず顔を上げると、宏ちゃんは眩しげに目を細めていた。
「俺はお前と二人で嬉しかったよ」
離れの探索を終えたとき、見計らっていたように東さんが訪ねて来はった。
東さんはお部屋にしずしずと歩み入り、莞爾とする。
「お部屋はお気に召して頂けましたでしょうか?」
「はい、とっても!」
「ありがとう、じいちゃん。昔のまんまで驚いたよ」
声を揃えてお礼を言うと、東さんは誇らしそうに胸を張った。
「ほほ。野江家の使用人として、当然のことにございます。この東の目が黒いうちは、ご滞在の間中、お二人に不便な思いなどさせません! ご入用のものは何でも、二十四時間お申し付けくださいまし」
「ありがとう。でも、夜は寝てくれよな」
大らかな笑みを浮かべ、宏ちゃんが東さんの肩をぽんと叩いた。
「じきにお夕食の時間ですが、どうなさいますか?」
「ああ、ありがとう……成、何が食べたい?」
「えっ!? えと、ぼくは、お義母さんの食べたいものが食べたいです」
いちばん年少のぼくに、それは荷が重いですっ。冷や汗を垂らし、選択のボールをお義母さんに向かって放り投げる。すると、二人はきょとんと顔を見合わせて、「ああ」と拳を打った。
「気にしなくていいぞ、うちはメシは一緒に食わないから。な、じいちゃん?」
「ええ。奥様は会食続きでしたので、お粥を召し上がるそうです。成己様も、どうぞお好きなものをお申し付けください」
当たり前のように微笑まれて、ぼくはびっくりした。
ごはんって、家族で一緒に食べるものやと思ってた。ご家庭によって、いろいろな食卓のかたちがあるんやねえ。
「えと。それじゃ――」
「いただきまあす」
サンドイッチにかじりつくと、ローストビーフの美味しいお汁が、口いっぱいに溢れた。すごく豪華な味わいに、ぼくは目をかっと瞠る。
「うぅ。美味しい……!」
「口に合ったみたいで、良かった」
お昼をたくさん頂いたので、軽食をリクエストさせてもらってん。そうしたら、東さんが母屋へ頼みに行ってくれはってね。すぐに、あったかいお茶と、サンドイッチを離れに持ってきて下さったんよ。
ローストビーフとポテトサラダの豪華なサンドイッチは、お店で出てくるみたいな味。宏ちゃんの曰はく、野江家にはお料理専門の使用人さんが常駐してはるんやって。
――『内線電話から、なんでもお申し付けください』
東さんはお料理を届けてすぐに、風のように去っていかはった。
やから、今は離れの居間で、宏ちゃんと二人向かい合って夕ご飯です。とっても気楽、なんやけど……
「……もぐ」
「どした、成?」
宏ちゃんは例にもよって、すでに食べ終わってる。
のんびりと食後のコーヒーを啜りつつ、ぼくの一挙手一投足を見守っていた彼は、目ざとくぼくの様子に気づいてしまう。
「う、ううん。なんもないよっ」
「いや、無くはないだろ? 状況が、状況だし」
「う……」
心配そうな宏ちゃんの眼差しから、逃れられそうになくて――ぼくは、観念した。サンドイッチをお皿に置くと、おずおずと切り出す。
「あの……何でもないの。ただ、すごく気を遣ってもらっちゃってるなあって」
「ん? どういうことだ」
宏ちゃんが、不思議そうに目を瞠る。
「こうして、ずっと二人きりにさせてくれてて……朝ごはんも、ここに持ってきてくれはるって、東さん仰ってたし」
ひょっとして、ぼくの為に気遣ってくれてるんじゃないかなって、思ってん。宏ちゃんと二人きりでいると、うちに居るみたいでとっても落ち着く。
とはいえ、夫の実家なんやもの!
――お世話になるのは、ぼくの方やと言うのに。このまま、甘えてていいのかな……?
しょんぼりと俯くと、宏ちゃんが息を吐く。
「まったく、お前は……」
「わあっ」
大きな手に、頭をわしわしと撫でられる。
「お前の方が、気を遣いすぎだよ。嫌な目にあって大変なときくらい、自分のことだけ考えときなさい」
「ひ、宏ちゃん……」
言葉こそ窘めているけれど、とても温かい声音だった。ぼくは、知らず詰めていた息を吐きだして――ゆるゆると肩から力が抜けていく。
たしかに、親切にしてもらって不安になるなんて、贅沢やんね。
「ありがとう、宏ちゃん」
にっこりすると、くしゃくしゃになった髪を優しく梳いてくれた。
子犬になった気分で、目を閉じていると……宏ちゃんはため息のように優しく、呟く。
「心配するな、うちの家族は変わってるしな。俺のメシと言ったら、ここで食うもんだったから」
「え?」
思わず顔を上げると、宏ちゃんは眩しげに目を細めていた。
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