いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
303 / 485
第五章~花の行方~

三百二話

しおりを挟む
「あ、あのっ、どこへ向かってるんでしょう?」
 
 高級車の広いシートに、溺れるように座りながら、ぼくはお義母さんに問う。
 
「どこって言うでもないかな。ぶらっと遊びに行くの」
「ぶらっと」
 
 お義母さんは、のんびりした様子で答えはった。
 
「僕、ノープランで動きたいんだよねえ。成くんもないかい? ぶらっと、気の赴くままに出かけたいとか」
「あっ。あるかもです」
 
 ふらっと、気の向くときに本屋さんに行ったりしたい。それに、献立の足らずまいの為に、仕事中の宏ちゃんの手を止めずに済んだら、どれほどいいか。
 そう言うと、お義母さんは「だよねえ」と眉を下げる。
 
「成くんも、護衛がついたら自由に動けるよ。いま、宏が良い人を探してるらしいから、あとちょっとの辛抱さ」
「宏ちゃんが、護衛を?」
 
 まったく初耳で、ぼくは目を丸くする。
 
「昨夜訊いたらね、暁子きょうこちゃん……宏のお姉ちゃんに、護衛の派遣を依頼してるんだって。お姉ちゃん、アメリカでセキュリティ部門を請け負ってるんだ」
 
 お義母さんのやわらかな声に、誇らしげな響きが混じる。
 ぼくは、宏ちゃんの気持ちに胸を打たれていた。
 
 ――宏ちゃん、ぼくの為にそんなことまで……
 
「嬉しい。ぼく、知りませんでした……!」
「宏も言えばいいのに、かっこつけなんだよね」
 
 お義母さんはエムアンドエムズの袋を開け、ひっきりなしにぽりぽりと噛んではる。甘いチョコレートの匂いのする笑顔が、くるんとこっちを向いた。
 
「ってわけでさ、今日はまだいないから、成くんの護衛。僕と一緒に、ショッピングとしゃれこもうじゃない」 
「はいっ。お買い物、嬉しいです」
 
 ぼくが、ぺこりと頭を下げると、「固い固い!」とお義母さんがツッコんだ。
 
 
 
 
 三時間後――ぼくとお義母さんは、百貨店の喫茶室で向かい合っていました。
 
「いやー、歩いた歩いた。脚がパンパンだよ~」
「わかりますー。でも、色々見れて、楽しかったですっ」
「さすが若いなあ」
 
 お義母さんのご友人のね、経営するデパートに遊びに来たん。
 
 ――ほんとに、沢山のお店まわったなあ……!
 
 お義母さんね、すっごくパワフルなん!
 着いてすぐ、お義母さんのお気に入りのお店に行って、香り止めのクリームを合わせてもらってね。次は地下へ降りて、お世話になった人への贈り物に、果物とお煎餅を買ったん。それから、ファッションフロアをぐるりと回って――
 
「うーん、そろそろくたびれたねえ」
 
 って、同じフロアの洋菓子屋さんで一休みってなったん。
 お義母さんとショッピングって、実はドキドキしてたんやけど。盛りだくさんで、緊張する暇もないくらいやったよ。
 ぼくは、袋が山盛りの荷物置きに布をかけ、きちんと坐り直す。
 
「あのっ、お義母さん、この度はありがとうございました。素敵なスカーフを頂いて……」
「ん? いいんだよぉ、政くんのシャツ選ぶの、手伝ってもらったしね。むしろ、一枚っきりで良かったの?」
「はいっ! すっごく満足です」
 
 小首をかしげて言われ、笑顔で力強く頷いた。
 
 ――だって一枚で、ぼくが付けてるのが六十枚買えちゃうんだもの……!
 
 こめかみに冷や汗がたらーと伝う。
 以前、宏ちゃんも同じのを買ってくれようとして、「家計~!」って泣いて止めた品物なん。そんな高いもの、お義母さんから頂いてええんやろか……
 
「成くん、遠慮し過ぎだよ。ってか宏のやつ、そんなにケチなのかい?」
「いえいいえ! むしろ、ぼくがケチなので……!」
 
 ぎょっとして弁明する。なんか、変な宣言になっちゃった。
 
「そう? 宏章は昔からのんびりしてるから、親としちゃ心配でねえ。不自由してない?」
「いつも優しくしてもらってますっ。ぼくの方が、宏章さんのことを頼りにしてばっかりで……」
「ほんと~? 姑だからって気を遣わなくていいよ?」
「ほ、本当です!」
 
 お義母さんは、疑わしそうにじーっとぼくを見つめる。
 
 ――あかーん! ぼくのせいで宏ちゃんの名誉が……!?
 
 困り切って話を変えようとしたとき、タイミングよくお給仕さんがやってきはった。
 
「お待たせいたしました」
「あ、ありがとうございます……!」
 
 しずしずと品物を並べ、一礼すると去っていかはる。その背に、ぼくは感謝の気持ちをこめて会釈をした。
 テーブルの上には、ホットの紅茶が二人分ずつ。お義母さんが選んでくれはった、ガトーアナナスっていう、パイナップルのケーキが二皿。
 お義母さんが、嬉しそうにフォークを手に取った。
 
「終わってなくて良かった。夏のケーキだけど、ここはこれが美味しいから、食べて欲しかったの」
「嬉しいです。ぼく、パイナップル好きなんです」
 
 お義母さんに続いてひとくち切りとって、口に運ぶ。
 甘酸っぱく煮込んだパイナップルと、ふんだんに香るバターが贅沢で、うっとりしてしまう。
 
「すごく美味しいです~」
「でしょう。宏もね、大好物で。昔からこればかり食べるんだよ」
「……えっ!」
 
 ぼくは、思わず目を瞬いた。
 
 ――宏ちゃんが、パイナップルのケーキを……?
 
 
しおりを挟む
感想 261

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

私と幼馴染と十年間の婚約者

川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。 それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。 アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。 婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました

山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。 王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。 レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。 3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。 将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ! 「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」 ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている? 婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

処理中です...