いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第五章~花の行方~

三百五話

 陽平は、荒れ狂っていた。
 凶暴な虎のように店の周りを徘徊し、ドアをがんがん蹴りつけ、ぼくの名前を叫び続ける。
 
『成己! 出て来いってんだろうが! 俺の言うことが、聞けねえのかッ!?』
 
 シアタールームに陽平の声が響き渡るたび、ぼくは髪の毛が太るような、恐ろしい羞恥に襲われた。
 
 ――どうして……!!? なんで、こんなこと!
 
 あんな陽平、信じられない。
 ぼくは、ガタガタと震える膝を握りしめ、画面から目を逸らそうとする。なのに、陽平の声は情け容赦なく、耳に突き刺さってくる。
 成己、成己って……ぼくがここに居るのを知るかのように、重い怒声。
 
 ――やめて!
 
 部屋の空気に、体が切り刻まれそうやった。
 
『あの男と居るのか……寝てるのか!』
 
 とんでもない言葉を叫ばれて、思わず立ち上がる。
 
「やめて! 止めて下さい……!」
 
 これ以上、見ていられない――泣きたい気持ちで機器に走っていこうとすると、長い腕に遮断される。
 
「お兄さん……!?」
「あなたに見てもらうのは、確認のためだ。壊れたものはないか。――この男は城山陽平で間違いないか。最後まで見てもらいたい」
「……そんな」
 
 ぼくは、お兄さんの顔を凝視した。
 この映像を見続けるなんて、耐えられない。まして、お義母さんとお兄さんの前でだなんて――
 
「お願いです、どうか……」
「成己さん、大切なことだ。あなたには責任がある」
「……っ」
 
 お兄さんは、断固として頷かなかった。
 黙ったままのお義母さんの方は見られなくて、ぼくはへなへなとソファに腰を下ろす。
 
 ――宏ちゃん。
 
 宏ちゃんに側に居て欲しかった。でも、それ以上に……いないで欲しい。
 これを宏ちゃんが見たと思うと、どこかに消えたくなる。
 
『成己ーッ!!』
 
 映像では、店の方に回った陽平がシャッターを蹴り壊していた。陽平の叫ぶ猥雑な言葉と、作動したセキュリティのサイレンの音が、響き渡る。
 
『成己ぃ……! この、裏切り者がぁあ!』
『坊ちゃん! 坊ちゃん、お止めください! 通報されます!』
 
 暴れる陽平を、車から飛び出してきた男性が、羽交い絞めにする。――城山家の運転手の小川さんやと、わかる。初老の彼は、顔を真っ赤にして、暴れる陽平を必死に抑えつけていた。
 城山家にお世話になっていたとき、親切にしてくれた人やった。
 
 ――陽平、何をやってるの。怪我させちゃうやんか……

 幼い頃からお世話になってる人やて、言うてたやん。陽平は、使用人の皆さんに乱暴な振る舞いなんかしいひんかったやん。
 全然、らしくないよ!
 騒ぎを聞きつけた近所の人が駆けつける。小川さんに加勢して、陽平を取り囲んで、連れていく。
 
『離せ! 成己ーーッ!』
 
 やがて……陽平は暴れながらも、親切な人にお団子にされ、引きずられていく……



 
「……無様な」
 
 ぼそりとお兄さんが呟くのが聞こえた。
 その声音の冷たさに、胸がざっくりと切り裂かれる気がした。
 
「……ごめんなさい……本当に……」
 
 恥ずかしい。
 
 ――どうして、陽平……?
 
 なんで、こんな事をするの。
 じわじわと涙がこみ上げてきて、もう謝ることしか出来なかった。

「お義母さん、お兄さん……申し訳ありません」
「えー、ああ……その、気にすることないよ。考えようによっては、顔見知りの方がマシっていうか。ねっ」

 お義母さんは少し青褪めながらも、優しい言葉をかけてくれはった。
 頭を下げたまま、泣くのを堪えていると――映像を止めたお兄さんが、言う。

「成己さん。城山陽平はあなたの婚約者だったな」
「……はい」

 断定型の問いに頷くと……お兄さんはため息を吐く。

「この後、通報によって城山はお縄になりかけた。城山の当主が圧力をかけ、すぐに釈放されたがな」

 言葉がでなくて、頷くことしか出来ない。

「ずるいなあ。こんな真似しておいて、お咎めなしって!」

 お義母さんが、腹立たしそうに言う。

「城山の当主はまともな人間と思っていたが……どうやら、親ばかが過ぎるようだ」
「全く。野江に対してなめてるねえ」

 二人の怒りに、ますます居たたまれなくなる。

「本当に、申し訳ありません……! まさか、こんなことをするなんて。ぼくに出来ることがあれば、何でもさせてください」

 ぼくの元婚約者がしたことに、胸が潰れそうやった。宏ちゃんのお家が大変なことになって、もうどうしていいか分からない。
 深く頭を下げると、お兄さんが静かな声で言う。

「元婚約者のことまで、弟の伴侶のあなたに負わせるつもりはない。ただ、あなたに関わりがあることだから、知っておく必要があると思っただけだ」
「……はい」

 淡々とした声音で言い、お兄さんは皮肉気に片頬をつり上げた。

「宏章に任せていたら、あなたは”また”知らないままになるだろうからな」
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