いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第五章~花の行方~

三百七話

 ――盲目?
 
 予想外の言葉に、ぼくは目を瞠る。
 
「今回のことで、確信した。あなたは、宏章のことをまるで知らないようだ」
「……?」 
「あなたは――宏章が、どんな風にこの家で過ごして来たか、知らないだろう。野江の一族での立ち位置は? 宏章が話す事以外は、なにも知らないんじゃないか?」
「それは……」
 
 ぐっと詰まってしまう。確かに、ぼくは何も知らなかった。幼なじみなのに、ずっと宏ちゃんに甘えて、家のことには踏み込んでこなかったから。
 お兄さんは「そら見ろ」と言うように続けた。
 
「それが、あなたが宏章の一面しか見ていない証左だよ。この前も言ったが、宏章は自分の目的の為なら、簡単に人を排除する。あなたが思うよりずっと、アルファらしく癖のある男だぞ」
「……っ、そんなことありません!」
 
 それには、申し訳なさは何処かへ吹っ飛んで、言い返してしまう。
 ぼくのことならともかく、宏ちゃんへの侮辱は聞き逃せなかった。からだの両脇で、力をこめて拳を握りしめる。 
 
「宏ちゃんは、望んで人を傷つけるようなひとじゃありません! 綾人とのことは、ぼくを心配してっ。今回のことだって」
「あいつのことは、俺の方がよくわかってる」
 
 お兄さんは、苛立たし気に吐き捨てる。――びりびりと火花が散るみたいやった。強い怒りのフェロモンをぶつけられ、一瞬、目の前が暗くなる。
 
「……うっ」
「成くん!」
 
 倒れそうになったぼくを、お義母さんが抱きとめてくれた。
 
「こら、朝! 成くんに怒っても、仕方ないじゃないか」
 
 お兄さんの燃えるような目が、お義母さんに向くと幾分和らいだ。
 
「おふくろだって解るだろう? 宏章はヘラヘラして見えて、自分の領域に入り込む奴に容赦がない。危ういところがあるやつだって」
「そりゃ。宏はマイペースな子だけども……」
「なら黙っていてくれ。なあなあにしては、二人の為にならないんだ」
「朝……」
 
 お兄さんは心配そうなお母さんを宥めて、ぼくに向き直る。
 
「成己さん。宏章のことを知らないで、盲目的にあいつを甘やかされちゃ困るな」
「お兄さん……」
 
 お兄さんの声は、揺るぎが無かった。自分の考えに疑いを持っていない事が伝わってきて、ぼくは困惑してしまう。
 
 ――どうして……?
 
 ぼくは、ふいに物凄く悲しくなった。   
 お兄さんが、宏ちゃんのことをここまで言うのはなんでなんやろう。結婚のお祝いにも来てくれて、宏ちゃんを想っているのは伝わるのに。
 
 ――宏ちゃんだって、お兄さんのことを大切に想ってるのに……!
 
 お兄さんと接している宏ちゃんは、ぼくの知らない宏ちゃんやって思う。なんだか年下に見えて、弟みたいなんやもん。お兄さんのことを慕っていなきゃ、そんな風に心を許さない。
 ぼくにお兄ちゃんはいないし……家族とのかかわりも良く知らない。でも、宏ちゃんのことをずっと見てきた。
 やから、わかるの。
 
「お兄さん。宏ちゃんのこと、誤解しないであげて下さい」
「……?」
 
 ぴくりと、厳めしい眉が動く。ぼくは、構わず続けた。
 
「宏ちゃんは、お兄さんが思うような冷たい人じゃない。ぼくのせいで。彼のオメガであるぼくを、守ろうとしてくれているだけで……本当に優しい人なんです……!」
  
 脳裏に浮かんだのは、あの写真やった。 
 罪悪感で胸が軋んだ。ぼくの失敗のせいで、二人の関係が拗れてしまったんや。
 
「お願いします、お兄さん」
 
 そう縋るように言った途端、お兄さんが静かに爆発した。
 
「黙って聞いていれば……あなたに何がわかる?」
「!」
  
 鋭い目で睨まれて、くらりと目眩がした。それでも、力をこめて黒い瞳を見上げ、言う。
 
「ぼくは、宏章さんの幼なじみで、妻です。あの人は……ずっと、ぼくの大切な人だからです」
 
 幼い頃から、ずっと。センターで初めて会った、あの日からずっと……宏ちゃんのことが大好きやもの。
 
 ――家のこととか、宏ちゃんの生い立ちとか……知らずに甘えてきたことも、たくさんある。でも……やからこそ。宏ちゃんにたくさん貰っておいて、知らない顔なんて出来ない。
 
 申し訳ないからこそ、ここは引けない。
 そう言い切った瞬間――ぶわりとお兄さんが大きく膨れ上がったように見えた。すごい怒りのせいやって、気づいたときには息が出来なくなっていた。
 
「……げほっ、こほっ!」
 
 酷くせき込むと、お義母さんが「朝!」と怒鳴った。
 お兄さんは無視し、近づいてくる。膝をついたぼくの視界に、スリッパを履いた大きな足が入り込んだ。
 
「あなたは、何も知らないで……兄の俺によく言ったものだ。宏章が、あなたのために、どれ程尽くしていたか……!」
「……っ……?」
 
 低く怒りに満ちた声が、きんと響く耳鳴りに混じって、鼓膜を揺らす。全てを聞き取ることは出来なかったけれど、怒っているんは伝わって来た。
 
「ずっと大切などと、よく言える。――宏章を捨て、城山陽平を選んだあなたに、知ったような口をきかれたくはない!」
 
 鋭い言葉が、稲妻みたいに体を撃った。
 ぼくは、ぼうぜんとその場に釘づけにされてしまう。
 
「……ぁ」 
「あなたは、宏章じゃなくても良かったんだろう?」
 
 お兄さんは激しく言い、大きなスクリーンを指さす。停止された映像には、引きずられていく陽平の姿があった。かあ、と耳まで燃えるように熱くなる。
 さっきまでの威勢はどこへ――全身に冷や汗が滲んで、顔もあげられなくなる。
 お兄さんは、厳しい声で言った。
 
「俺は、あいつの兄だ。家族としての、立場がある――その重みが、あなたにわかるか?」
 
 
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