いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第五章~花の行方~

三百十三話

「お前のことは俺が守る。だから、泣かないでくれ」 
「あっ……」
 
 とさり、とソファに優しく押し倒された。覆いかぶさって来た宏ちゃんに、唇を塞がれる。
 
「ん……、ひろちゃ……」
「成、好きだよ」
 
 甘いキスに酔わされながら、ぼくは広い肩にしがみついた。頭がぽうっとして、もう何も考えたくないような気持ちになる。
 言葉も、思考も全てさらうように絡む舌に、なすがまま……全部投げ出してしまいたい。
 
 ――『あなたは、宏章じゃなくても良かったんだろう?』
 
 不意に、お兄さんの怒りに満ちた低い声が脳裏を過る。
 
「――!」
 
 ぼくは、咄嗟に広い胸を押していた。
 
「ま、待って」
「……どうした?」
 
 宏ちゃんは、不思議そうに言う。
 ぼくは大きな手をとって、胸の上に導く。驚きに見張られる瞳を見つめ、おずおずと伝える。
 
「ぼく、宏ちゃんのことが、本当に大好きなんっ……!」
 
 この胸の下に、ずっと息づいている想いに触れてもらえるよう、そっと手のひらを押し付けた。
 誰でもよくなんかない。
 宏ちゃんと一緒に居ると、いちばん安心するん。

 
――『成。今日は何の話をする?』
 
 学校がひけると、いつもセンターに会いに来てくれたよね。
 お互いの夢を語り合った。好きなものも、苦手なものも……たくさん、わけあってくれた。
 宏ちゃんがいてくれるから、なんでも頑張れるって思えたん。――ずっと、ずっと……ぼくの大好きな人。
 
――『あまり、仲良くなっちゃいけないよ。だってね……』
 
 優しい人の忠告は、ぼくが大切なものを失わないように、導いてくれたよ。そのことが、良かったかどうかは、もうわからない。
 でもね。
 
「ぼく、いまが一番しあわせなん。宏ちゃんと、こんなに近くにいられるから」
 
 ぼくは、ありったけの思いを込めて、にっこりほほ笑んだ。――お兄ちゃんとしてだけじゃなくて、パートナーとしても。
 
「宏ちゃんが大好きです。……ちゃんと、伝わってますか?」
「っ、ああ……!」
 
 宏ちゃんは、ぱっと破顔する。勢いよく覆いかぶさられる。
 
「嬉しいよ。本当に……」
「宏ちゃんっ……」
 
 子犬を可愛がるように、顔中にキスを降らされて、からだ中が喜びにくすぐったくなる。宏ちゃんの愛情がたっぷり伝わってきて、胸がドキドキした。
 
 ――でも、まだ……ぼくも。ぼくだって、宏ちゃんにもっと、伝えたい。
 
 大きな手を掴んで、手のひらにキスをする。ぴくりと震えた長い指にも、大きな骨の浮いた手首にも、唇を押し当てた。
 宏ちゃんは、小さく息を詰める。
 
「あのね……宏ちゃんのこと、お兄さんから聞いたん、ちょっぴり悲しかった」
「……あ」
 
 宏ちゃんの瞳に、後悔が揺れる。ぼくは笑って、指をきゅっと握りしめた。
 
「ぼくの為やって、わかってるよ。やから……宏ちゃんのこと、もっとぼくに教えて?」
 
 宏ちゃんの話してくれたことは、ぜんぶ信じられるもの。それで……次こそは、お兄さんにわかって貰うんよ。
 宏ちゃんは、本当に優しくて……優しすぎて、気づかれないんだぞって。
 
 ――いつも、何も言わないで、守ってくれてる。こんなに尊い人、ぼくは知らない。
 
 両腕を伸ばし、宏ちゃんを抱きよせる。思いきり引っ張ったから、ぼくの上に大きな体がずしんと乗っかった。
 身体全部に宏ちゃんの重みを感じて、くらくらする。
 
「成っ? 平気か」
 
 宏ちゃんが、上からどこうと慌てている。……優しいなあ。つい、笑ってしまった。
 ぼくは、ぎゅうと首にかじりつく。
 
「大丈夫。ぼく……宏ちゃんの奥さんやものっ。何も苦しくないよ」 
「!」
 
 間近にある綺麗な目が、瞠られる。
 ぼくは、想いを込めて見つめた。
 
 ――宏ちゃんが、何より大切なん。
 
 ぼくね。お義母さんの話を聞いたとき、思ったんよ。
 大嫌いなはずのパイナップルケーキを、自分から選ぶのは……ご両親と、ご兄姉の仲を取り持つためなんでしょう。自分が我慢しても、皆に喜んで欲しいからなんだよね。
 そうやって、当たり前に優しいあなたを……ぼくが、大切にしたいから。
 
「宏ちゃん……」
 
 頬を寄せて、ぼくから唇を重ねる。
 ぴく、と宏ちゃんが固まった。それでも――愛情が伝わるようにって願いながら、たくさん……宏ちゃんにキスをした。
 
「成……!」
 
 宏ちゃんの切ない声が、ぼくを呼んだ。
 突然に、形勢が逆転する。ソファに押し付けられるように、宏ちゃんが覆いかぶさってきて、激しく唇を奪われた。
 
 
 
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