いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
318 / 505
第五章~花の行方~

三百十七話【SIDE:宏章】

「成……寝ちまったのか?」
 
 腕のなかの恋人は、くったりと力を失っていた。
 小さな唇が、ふうふうと柔らかな寝息を立てていて……眉を下げる。
 
「初めてなのに、無理させ過ぎたな……」
 
 起こさないよう、カーペットにゆっくりと横たえてやる。居間の電灯の下、薄桃色に上気した体があらわになった。汗や白濁に濡れ……たまらなく魅惑的だ。
 
 ――……あぁ、まずいな。見てるだけで、その気になって来る。
 
 そもそも、やっと手に入れた可愛い妻を前に、一度で終わるほどヤワな男ではない。
 が……俺は良くとも、成は初めてだったのだ。細い肩に残った、鋭い牙の痕をなぞる。
 
 ――『怖くっても、痛くってもいいっ……宏ちゃんが一緒なら……!』
 
 痛みに震えながら、必死に求めてくれた……愛おしい姿を思い描く。
 自慢じゃないが、俺のはちょっとしたものだ。華奢な成には、かなり辛かったはずなのに。
 
「可愛かったなー……」
 
 でれでれ、と顔が崩れる。
 思わず、アルファの毒を使ってしまうほど、撃ち抜かれてしまった。大事に天秤の片っ側に乗せていた理性が吹っ飛んで、何が何でも、この可愛いのを抱いてやる……ってさ。
 心がうずうずと甘く浮き立つ。
 
 ――これで、ようやく俺のものだ。可愛い、成己……

 愛しい人を手に入れた喜びに、体が熱く滾ってしまう。
 
「……あっ……」
「……っと。ごめんな」
 
 成が小さく喘いで、悩まし気に眉を寄せた。
 本当は、もう一度――と行きたいところだが、成には酷だろう。開いたばかりのうぶな体に、そこまで無体はしいられない。
 大切な成を、傷つけたりはしたくない。
 
「……んん……ふっ……」
 
 ゆっくりと腰を引くたびに、甘い吐息を漏らす伴侶に、俺は息を詰める。しかも、ぴったりと噛みつくように、襞が吸いついて来て……かなりの自制心が試されていた。
 
「……はぁ。可愛すぎるのも、考えものだぞ……」
 
 濡れた音を立て、先端が抜け出ると……真っ赤な口から、とろりと白濁が溢れ出す。俺達のフェロモンが混じり合った、官能的な匂いが立ち上った。
 眠っていても感応するのか、成の肌がふわりと赤みを増す。
 
「んん……」
「なる。頑張ったな」
 
 脚を下ろしてやり、あどけない寝顔を、じっと見つめた。
 涙や汗に塗れ、色っぽいことになっていても……昔と変わらない、可愛い寝顔だ。
 
「愛してるよ、成」
 
 ちゅ、と濡れた眦に唇を落とす。
 
 ――さて、綺麗にしてやんなきゃな。
 
 小さな唇にもキスを落とし、身を起こしたときだった。
 ……ふわり、と甘い香りが鼻腔を掠めた。
 
 
 
 
 
 

 
 
「……?」
 
 どくん、と心臓が不穏に鼓動する。
 どくん、どくんと激しく脈をうち、視界が狭くなる。
 ご馳走を目にしたときのように、ひとりでに口内に唾液があふれ出した。だらだらと、犬のように浅ましい――
 思わず口を押さえた時、指先に鋭い痛みが走る。
 
 ――牙が……まさか。
 
 気づいた瞬間、芳しい香りが五感を直撃した。
 
「――!」
 
 とろけるように甘い、水の香り――成の、発情フェロモン。
 行為が引き金になったのか……成は、カーペットにくったりと気を失ったまま、ヒートを迎えていた。上気した肌に汗が浮かび、熟した白桃のように、心をくすぐる香りを放っている。
 
 ――『来て』。
 
 その香りが、淡く色づく肌が……全てが俺を呼んでいる。
 
「……成!」
 
 俺は、成をかき抱いた。
 ぐるぐると、どこかで獣の唸り声のような音がする。――その発生源が、自分の喉だと知ったときには、成を組み敷いていた。
 瑞々しい香りを放つ肌を、指で、舌で無遠慮に味わう。
 
「成、成……!」 
「……ぁ……んん……」
 
 濃い桃色の胸の先端を、舌で転がす。成は、ここが好きだ――子犬が甘えるような声が響き、ますます甘い匂いが強くなる。
 
 ――たまらない……もっと、この香りを味わいたい。
 
 成のフェロモンは、「俺が欲しい」と強く訴えかけていた。
 言葉がなくとも……言葉以上に、俺を欲している。これほど求められて、答えない雄がいるだろうか?
 本能に衝き動かされ――細い太ももを掴み、左右に割開く。
 
「ああ……」
 
 一際、芳しい匂いが立ち上り、ぐらりと脳が揺れる。
 しどけなく開いた脚の狭間の、ふっくりと盛り上がった肉の合わせ目……生殖弁が開いていた。熟した果物が、ひとりでに皮をはちきれさせ、甘い蜜を零すように。
 
 ――ついに咲いたのか。俺のために……

 胸が熱く震えた。 
 誘われるまま、指を沈めると――やわらかな果実を突くように、蜜が溢れ出す。熱くて、やわらかい。それなのに、きつく絡みついて、俺の指を引きずり込もうとする……
 
「んん……ぁふっ」
 
 指を動かす度に、眠ったままの成が甘い吐息を漏らす。声が甘くなるほど、透明な蜜が指に絡み、白く泡立っていく。
 興奮で視界が真っ赤に染まり、蜜をかき出す指が止まらない。
 
「……あぁっ」
 
 やがて――ぴくんと腰を震わせて、成が快楽を極めた。
 はあはあと荒い息を吐く唇を奪い、舌を絡めれば、唾液さえも甘い。脳髄がとろけるような快感に、陶然となる。
 
 ――このまま……
 
 成のオメガを、俺のものに。
 激情に衝き動かされ、両脚の間に腰を入れる。そのまま、押し込もうとして――成の閉じた眦から、ぽろりと涙が零れ落ちたのが見えた。
 
「……っ!」
 
 突如として、われに返る。

 ――成!

 バキ、と思いきり己の頬を殴りつけた。
 痛みに理性をかき集め、弾かれたように成から離れる。
 
「……馬鹿か、俺は……?!」
 
 成の意思を無視するなど、ありえない。
 
 ――ただでさえ、疲弊しているこの子を……それは恋人じゃなく、獣のすることだ。
 
 ヒートを起こす愛しい人の誘惑は耐えがたかった。だが……成の夫としての誇りを総動員し、今にも襲い掛かりそうになる自分を叱咤する。

 ――『ひろにいちゃん!』

 成の信頼を裏切るな。
 絶対に、あの子だけは傷つけては、いけない。

「ったしか……ここにも、緊急抑制剤があったはずだ」
 
 成は用心深い。ヒートを起こしたときの為、家のあちこちに抑制剤を隠しているのを、俺は知っていた。
 テレビ台の棚をひっくり返し、小さな本を出す。――その中に、注射器型の緊急抑制剤があった。
 
「ぐ……」
 
 腕にきつく噛みつき、理性を手放さないようにしながら――成を腕に抱く。涙に濡れた長い睫毛は、伏せられていた。
 
「成……大丈夫だ。俺は……お前が望まないことはしない」
 
 今までも、これからも……絶対に。 
 誓い、細い腕に注射針を突き立てた――
 
 
 
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。