いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第五章~花の行方~

三百二十話【SIDE:陽平】

 ――ピリリリ!
 
 カーテンを引いたままの薄暗い部屋に、スマホの着信音が鳴り響く。鋭利な音が煩くて、俺はそいつを遠くへ押しのけた。
 
「……うっせえな……クソッ」
 
 悪態を吐き、グラスに注いだ酒を呷る。――強い酒に、喉がカッと焼けた。俺はひと息に飲み干して、またすぐに酒瓶を傾ける。しかし、
 
「……チッ、空かよ」
 
 忌々しい気分で、呻く。床に空瓶を放り出せば、すでに転がっていた瓶とぶつかり、ゴツンと鈍い音を立てた。
 
「酒……」
 
 俺はふらりと立ち上がった。
 廊下にある、酒のストックを取りに行く為だった。しかし、たっぷりあったはずの酒瓶は、ごっそりと無くなっている。
 
「……さすがに、飲み過ぎたか」
 
 なにせ、ずっと家に籠ってこんなことをしてるからな。
 野江の家を襲撃し、親父に謹慎を言い渡されて――一歩も家から出てねえ。家にあるものを食い、酒を飲んで寝る。太陽以外、何一つ動かない日々を過ごしていた。
 家の中にはゴミと、酒の臭いが充満している。
 
「……あほくせぇ」
 
 自嘲で唇が歪んだ。ラスト一本を掴み上げると、瓶の中でちゃぷんと重い音が鳴る。
 
 ――……成己が買い置いてた酒も、これで最後か。
 
 ふと考えてしまい、カッとなる。
 
「……あんな奴のこと、どうでもいいだろうが! あんな、裏切り者……!」
 
 儚げな面影を浮かべ、罵倒する。酒の空き箱を蹴り飛ばし、グシャリと踏み潰してやった。
 あいつは。成己は……何も知らねえって顔して。まめまめしく、俺に尽くしておいて……あの野郎と!
 
 ダン!
 
 高く振り上げた拳を、壁に叩きつける。
 衝撃が肩にまで響いたが、痛みは感じなかった。感覚を紛らわせるよう、酒を飲み続けていたのだから、当然だ。
 
「……クソッ!」
 
 けれど、心は駄目だった。
 成己を思い出すだけで、胸が焼け焦げる。苦しくて、気分が最悪で……どれだけ酒を飲んだところで、意味は無かった。
 俺は、酒瓶の口を開け、がぶがぶと呷る。
 
「……っは」
 
 くらり、と視界がまわる。
 
「はあっ……」
 
 床に尻もちを搗き、俺は熱い息を吐いた。
 淡い面影に取りつく、黒い人影が脳裏を過る。――ひどい焦燥に駆られ、髪を掻き回した。
 
「成己。お前は……俺のものだろう……!?」
 
 
 
 
 

 
 
 ――ときを、少し遡る。
 
「ふあ……」
 
 フローリングの上に伸びて、欠伸をする。すでに八月下旬、夏季休暇ももう終わるというのに、
 
 ――暇だ。まあ、親に謝りに回らせといて、言うことじゃねえけどな……
 
 とっくに成己以外には、謝りつくしてしまった。父は、晶の親父や椹木と話し合いをしているらしいが、俺は連れて行って貰っていない。
 だから、やることがない。
 何せ夏休みだってのに、去年と打って変わって誰の誘いも無えから。そうなると、本当に勉強するしかなくて、後期の予習もとっくに終わっちまった。
  
『陽平、陽平。映画でも、見いひん?』
 
 今までなら……俺がヒマしてたら、成己が嬉しそうに寄って来たっけ。「待ってました」って顔がムカついて、わざと忙しいふりをしてやることも多かったが。
 胸が、ぎゅうと痛む。
 
「……馬鹿か、俺は」
 
 ……本当は、「可愛いかも」って思ってた。
 ただ、あいつを可愛いって思う俺自身に苛々して、素直になれなかった。あのころ……あいつを喜ばしてやることが、どうしても難しくて。
 優しくしてやれば良かったと、今なら思うのに。
 
 ――『陽平が、ぼくを裏切ったことに変わりはないんやから……!』
 
 怒りに燃える目を思い出し、苦しくなる。
 この前、センターで会った成己の、和やかさのかけらも無い態度。俺を振り払い、走り去った背には……冷たい拒絶しか無かった。
 何なんだよ、と思う。
 
 ――俺は、お前が嘘をついてなかったって……謝りたかっただけなのに。
 
 むしゃくしゃして、ごろりと寝返りをうつ。拍子に、腕の下に引いたブランケットから、ふわりと甘い香が上った。
 
「……あ」
 
 俺は、やわらかい布に頬を寄せると、その香を胸いっぱいに吸い込んだ。
 
 ……成己の匂い。
 
 瑞々しく、優しい花の香りに、気持ちが安らいでゆく。
 このところ、俺はあいつの部屋に入り浸っていた。ここだけは、晶との情事に使わなかったから……成己の気配が色濃く残っている。
 
「はは……」
 
 おかしな話だよな。
 二人でいた頃は、圧倒的に成己が俺の部屋に来ることが多く、入ることは数えるほどだったってのに。
 いないお前を探すように、この部屋に来るなんてな。
 
 
 
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