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第五章~花の行方~
三百二十五話【SIDE:陽平】
目的地につくなり、車が止まり切らないうちから、外に飛び出した。
シャッターのおりている店舗側はスルーし、迷いなく裏に回る。
「成己……!」
チェーンで閉ざされた門扉を掴み、中を覗く。――窓にはレースのカーテンが閉め切られ、中は見えない。駐車スペースはこの奥なのか、奴のワゴンが戻っているかの判断は出来そうもない。
だが、居るはずだと、勘が訴える。
ヒートを迎えそうなオメガと寝るなら、自分の根城を選ぶに決まってる。
「成己!」
俺は、インターホンに手のひらを叩きつける。
焦れながら待ったが、返事はない。
――成己……なんで出てこねえんだ!
まさか、もう……そう思うと、目眩がした。
マーブル模様の視界に、もどかしげに服を脱ぎ、熱く抱き合わんとする二人の姿を幻視する。
「……成己ィ!!」
忌まわしい幻影を、俺は蹴り飛ばした。
ガツン!
凄まじい打撃音と共に、チェーンごと門扉が吹き飛ぶ。
「……!」
突然、目の前が開けた。俺は呆然とし……ハッと笑った。そうだ、こうすれば良かったんだと、今さらに気づく。
――盗人相手に、遠慮なんかする必要は無え。
セキュリティのことなど、頭から消し飛んだ。
俺は壊れた鉄柵を踏みにじり、敷地内に突進する。
「成己ーッ! 成己、出て来いよ!」
沈黙する家に向かって、怒鳴りつける。
応えが無いことに苛立ち、割れた植木鉢を蹴り飛ばす。敷石の上に土が散らばり、黒く汚れる。
「出て来いって言ってんだろ!」
だが、構うものかと思った。この家は――気に入らない。どこもかしこも、成己の手を感じる。
布で磨いたような敷石に、雑草一つ見当たらない庭。花壇の趣味――ベランダで揺れる、二人分の洗濯物。
間違いなかった。俺の家でしていたことを、ここでも成己は”やっている”。
――ふざけるな、あいつ……へらへらと、誰にでもいい顔しやがって……!
成己の浅はかさに、はらわたが煮えくり返る。そんなことをするから……あの男がつけあがるんだと、肩を揺すぶって怒鳴りつけてやりたかった。
「成己!!!」
バシン! ドアに手のひらを叩きつける。肩にまで痺れが走ったが、見かけ以上に頑丈な造りになっているらしく、びくともしなかった。
「くっそ……!」
拳をどんどんと打ち付け、「成己」と呼び続ける。
無言しか返らないドアに焦りが募る。
――どうして、なんの反応もしないんだ。俺が、ここまで呼んでいるのに。
今までなら、俺が呼べばすぐに、「陽平」って振り返ったろう。
そう思い、目線を上げた時だ。
視界に飛び込んできたものに、俺は目を瞠る。
『野江 宏章・成己』
立派な表札がかけられていた。
野江の名に並ぶ、成己の名……
「あ……」
実家を出て、すぐのことだった。
『陽平、陽平』
部屋の整理をしていたら、成己がぱたぱたと駆け込んできた。
『んだよ。成己』
『あのね、こんなん用意してみてん』
成己は少しはにかんで、後ろ手に持っていたものを差し出した。
それはガラス製の小さな表札だった。俺と成己の名前が、しゃれた英字で掘り込まれている。
『何だこれ。いつの間に用意してたんだ』
『えへ。下見に来たとき、表札無かったやろ? お義母さんもそこは、何もおっしゃらへんかったし……折角やから、つけたいなって』
にこにこしながら、成己は言った。
案外、形式を考えるタイプだった成己に驚きつつ、俺は了承した。
『まあ、いいんじゃね』
『やったあ、ありがとう』
成己はぱっと頬を染めた。あんまり嬉しそうで、俺はぎょっとしながら訊いた。
『喜びすぎ……たかが板だろ?』
『違うよぉ。ぼく達の家やでって証やん』
『重! 引くわお前』
『えーっ』
ショックを受ける成己の額を小突き、ふたりで表札をかけに出た。ドアにかかった表札を見ても、大した感慨は湧かなかったけれど――嬉しそうに、それを見上げる成己の横顔は、何だか心に残った。
俺は、呆然と表札を見上げた。
野江、成己。
その四文字を見て、俺はふいに悟った。
……成己は俺の家を出たのではない。もう、この家にこそ、住んでいるのだと。
「ふざけんな……!!」
喉が裂けんばかりに、叫んだ。
「俺に、面を見せろってんだよ!!!」
成己に裏切られた。
あんなに、俺の元に居たくせに。あっさりと、見切りをつけていたのだ。
許せるはずがなかった。
「成己ーーー!!!!」
俺は、集まって来た人垣に羽交い絞めにされて、引き離されるまで、成己を呼び続けていた。
シャッターのおりている店舗側はスルーし、迷いなく裏に回る。
「成己……!」
チェーンで閉ざされた門扉を掴み、中を覗く。――窓にはレースのカーテンが閉め切られ、中は見えない。駐車スペースはこの奥なのか、奴のワゴンが戻っているかの判断は出来そうもない。
だが、居るはずだと、勘が訴える。
ヒートを迎えそうなオメガと寝るなら、自分の根城を選ぶに決まってる。
「成己!」
俺は、インターホンに手のひらを叩きつける。
焦れながら待ったが、返事はない。
――成己……なんで出てこねえんだ!
まさか、もう……そう思うと、目眩がした。
マーブル模様の視界に、もどかしげに服を脱ぎ、熱く抱き合わんとする二人の姿を幻視する。
「……成己ィ!!」
忌まわしい幻影を、俺は蹴り飛ばした。
ガツン!
凄まじい打撃音と共に、チェーンごと門扉が吹き飛ぶ。
「……!」
突然、目の前が開けた。俺は呆然とし……ハッと笑った。そうだ、こうすれば良かったんだと、今さらに気づく。
――盗人相手に、遠慮なんかする必要は無え。
セキュリティのことなど、頭から消し飛んだ。
俺は壊れた鉄柵を踏みにじり、敷地内に突進する。
「成己ーッ! 成己、出て来いよ!」
沈黙する家に向かって、怒鳴りつける。
応えが無いことに苛立ち、割れた植木鉢を蹴り飛ばす。敷石の上に土が散らばり、黒く汚れる。
「出て来いって言ってんだろ!」
だが、構うものかと思った。この家は――気に入らない。どこもかしこも、成己の手を感じる。
布で磨いたような敷石に、雑草一つ見当たらない庭。花壇の趣味――ベランダで揺れる、二人分の洗濯物。
間違いなかった。俺の家でしていたことを、ここでも成己は”やっている”。
――ふざけるな、あいつ……へらへらと、誰にでもいい顔しやがって……!
成己の浅はかさに、はらわたが煮えくり返る。そんなことをするから……あの男がつけあがるんだと、肩を揺すぶって怒鳴りつけてやりたかった。
「成己!!!」
バシン! ドアに手のひらを叩きつける。肩にまで痺れが走ったが、見かけ以上に頑丈な造りになっているらしく、びくともしなかった。
「くっそ……!」
拳をどんどんと打ち付け、「成己」と呼び続ける。
無言しか返らないドアに焦りが募る。
――どうして、なんの反応もしないんだ。俺が、ここまで呼んでいるのに。
今までなら、俺が呼べばすぐに、「陽平」って振り返ったろう。
そう思い、目線を上げた時だ。
視界に飛び込んできたものに、俺は目を瞠る。
『野江 宏章・成己』
立派な表札がかけられていた。
野江の名に並ぶ、成己の名……
「あ……」
実家を出て、すぐのことだった。
『陽平、陽平』
部屋の整理をしていたら、成己がぱたぱたと駆け込んできた。
『んだよ。成己』
『あのね、こんなん用意してみてん』
成己は少しはにかんで、後ろ手に持っていたものを差し出した。
それはガラス製の小さな表札だった。俺と成己の名前が、しゃれた英字で掘り込まれている。
『何だこれ。いつの間に用意してたんだ』
『えへ。下見に来たとき、表札無かったやろ? お義母さんもそこは、何もおっしゃらへんかったし……折角やから、つけたいなって』
にこにこしながら、成己は言った。
案外、形式を考えるタイプだった成己に驚きつつ、俺は了承した。
『まあ、いいんじゃね』
『やったあ、ありがとう』
成己はぱっと頬を染めた。あんまり嬉しそうで、俺はぎょっとしながら訊いた。
『喜びすぎ……たかが板だろ?』
『違うよぉ。ぼく達の家やでって証やん』
『重! 引くわお前』
『えーっ』
ショックを受ける成己の額を小突き、ふたりで表札をかけに出た。ドアにかかった表札を見ても、大した感慨は湧かなかったけれど――嬉しそうに、それを見上げる成己の横顔は、何だか心に残った。
俺は、呆然と表札を見上げた。
野江、成己。
その四文字を見て、俺はふいに悟った。
……成己は俺の家を出たのではない。もう、この家にこそ、住んでいるのだと。
「ふざけんな……!!」
喉が裂けんばかりに、叫んだ。
「俺に、面を見せろってんだよ!!!」
成己に裏切られた。
あんなに、俺の元に居たくせに。あっさりと、見切りをつけていたのだ。
許せるはずがなかった。
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俺は、集まって来た人垣に羽交い絞めにされて、引き離されるまで、成己を呼び続けていた。
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