いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第五章~花の行方~

三百二十七話【SIDE:陽平】

「あーあ、ひどい有様だな。成が綺麗にしてたろうに……」

 野江は図々しく部屋に踏み入り、呆れた感想までのべた。

「てめえ……ここは俺の家だぞ。何を堂々と入ってきてやがるんだ!」

 睨み据えてやると、野江は飄々と笑みを浮かべた。

「電話で先に知らせたろ? 出なかったのは君の勝手だ」

 ぷらぷらと、ふざけた仕草で右手の中のスマホを誇示する。

「それに、君がそれを言うのか? 俺の家にやってきて、ずい分な真似をしてくれたじゃないか」

 この前の騒動をちくりと刺され、眉根を寄せる。
 ……たしかに俺は、この男の家を荒らした。だが、それが何だと反抗心が湧く。

「……盗人の分際で、なめてんじゃねえよ」

 成己の気配をあちこちに感じたあの家を思い出すと、不愉快に腹の奥がちりちりする。
 すると、野江は目を丸くした。

「盗人? はは、ついに盗人ときたか」

 けらけらと笑い声を上げる野江に、かっとなる。

「何がおかしい!」
「いや? そう言う段階か、と思ってさ……やっぱり、そろそろだったな」
「てめえ、なにを妙なことを……」

 奴はひとりで何やら呟くと、俺に向き直った。

「今にわかる」

 そう言って、肩から下げたバッグを掴み、中身を振り出した。
 ばさばさ、と羽ばたきのような音を立て、白い紙が床に広がっていく。

「……!」

 咄嗟に身を乗り出し、目を瞠る。
 それは、映像記録を画像にしたものだった。――俺が、野江の家を破壊している様が、鮮明に写っている。
 己の浅ましい姿に、思わず言葉を失う。

「カメラにバッチリ写っていたよ。ずい分、楽しそうに壊してるよな」

 野江はしゃがみ、ぞんざいに紙を漁った。
 屈辱で頬が熱くなる。

「……黙れ」
「だが、残念だったな。この時、俺と成はホテルに居たんだよ。楽しい時間を、誰にも邪魔されたくなかったんでね……君、凄い顔で車を追ってきてたもんな」
「黙れってんだろ?!」

 俺は、野江に飛びかかった。とても黙っていられない。このクソ野郎は、気づいてやがったんだ。

「坊ちゃん!」

 使用人達が、慌てている。野江に手を出すとまずいと思っているのだろう。止めようと駆け寄ってくる姿に、誰が主なのかと苛立つ。

「がっ……!」

 しかし、野江の動きが速かった。
 奴の胸倉を掴もうとした手を、簡単に制圧されちまう。

「おいおい。落ち着けよ、城山くん」
「ぐっ……この野郎」

 ぎり、と手首を締めつけられ、唸る。

――ぶっとばしてやる……!!

「やれやれ」

 野江は呆れたように嘆息し、顔を寄せてきた。近い距離に、眉を顰めた瞬間――忌々しい野江の匂いに、甘い香りが混じっているのに気づく。
 瑞々しくて……やわらかに、心が和む香り。

「……あ……」

 俺は、石のように固まった。――成己のフェロモンが、野江の肌から香る。つまり、それほどに――こいつらは、深く。

――『陽平!』

 朗らかな成己の笑顔が、浮かんだ。

「うそだ」

 野江は黙って、笑う。
 野江のシャツの襟から覗く肌に、小さな赤い痣が散っていた。
 控えめで、恥じらうような愛撫の証。
 成己の、唇の跡……

――成己は、この男を愛したのか。

 そう気づき、ばりんと何か壊れた気がした。

「……うっ……おえっ!」
「陽平様!」

 堪えきれず、嘔吐する。憎い男の前であっても、耐えきれなかった。びちゃびちゃと吐瀉物が床を叩いたが、ろくな物を食べていなかったので胃液ばかりだ。

「……っ、ぅあ」

 喉が焼け、喘鳴が出る。苦しさに喘ぐと、使用人が背を擦りにきた。

「……触んな!」

 煩わしい、お前たちじゃない――咳き込みなから、身を丸める。
 すると、場にそぐわぬほど穏やかな声が、降ってくる。

「大事な書類なんだから、雑にしないでくれよ」

 浅黒い手が、書類を拾い上げた。人が吐いているのに、マイペースな言動はなんだ? この男は、俺を嬲りに来たのだと、悟る。

「てめえ、暇だな……わざわざ、俺を嘲りにきたのか? 家の件なら、訴えは取り下げたんだろ?」

 示談になった、と父が言っていた。
 なら、こいつがここに来る理由なんて、他にない。
 すると、野江は「はは」と声を上げて笑った。

「違うよ。今日はな、示談にするための条件を、果たさせて貰いに来たんだ」
「条件……?」
「大切なものを、取り返す」

 野江はすっくと立ち上がり、晴れやかなほどの笑みを浮かべる。

「成の部屋はどこかな?」

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