いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第五章~花の行方~

三百二十八話【SIDE:陽平】

「おい?! 何するんだ!」
 
 俺は叫んだ。成己の部屋を尋ねながら、答えを待たずに野江は歩みだし、其処を突き止めてしまった。
 
「ほう……成らしい可愛い部屋だなぁ。どこもかしこも、暖かみがあって……」
 
 我が物顔に、成己の部屋に踏み入り、見回している。
 手作りのクロスの掛けられた、小さなちゃぶ台に無遠慮に触れられ、俺はカッとなる。
 
「ざけんな、何を勝手に入ってる!!! 出ていけよ!!」
 
 飛びかかろうとすれば、付いてきた使用人達に阻まれる。
 
「なりません、陽平様!」
「うるさい、どけ!」
 
 厳しく、体格の良いこの使用人達は、母さんの護衛だ。昔から俺を見ているためか、訓練を積んでいるからか、怯むことなく言葉を継ぐ。
 
「野江さんの提示した条件に、従ってください。あなたの未来の為です」
「条件……?! なんなんだよ、どういうことだ?!」
 
 野江ののんびりした声が、割って入った。
 
「難しいことじゃない。"城山陽平のマンションにある、成己の荷物を持って帰る"」
「……は?」
 
 成己の荷物を……?
 さっと青褪める俺に、野江は笑った。
 
「おかしい事じゃないだろ? 成の家はもう、ここじゃないんだから」
 
 

 
 
 
 宣言するやいなや、野江は無慈悲に動き始めた。
 
「やめろ!」
「皆さん、彼を抑えていてください。大切なものですから、俺が全てやります」
 
 野江は俺を無視し、うちの使用人に指示を飛ばしながら、凄まじいスピードで荷造りを進める。
 成己の蔵書を段ボールに詰め、あっという間に本棚を空けていった。
 よく貸し借りした本も、二人ではまった映画のディスクも。成己の料理ノートも……
 
「やめろ!! 俺のものだ……返せよ!」
 
 みるみるうちに空になっていく棚に、吐きそうな気持ちで叫んだ。
 使用人に羽交い締めにされていて、野江を殴ることも出来ない。
 
 ――成己……俺の、成己の部屋だ!
 
 床を踏み、馬鹿のように暴れる。――みっともない……第三者の目で見て思うのに、止められなかった。
 憎々しい背に向かい、俺はわめいた。
 
「やめろって言ってるだろ?! 家の弁償をする……金を払う!」
「君のお父さんがね」
 
 こちらも見ずに言われた言葉に、カッと頬が赤くなる。お前は何も出来ないガキだ――言外に言われ、屈辱に奥歯を噛み締めた。
 
「くそ……くそおっ!」
「堪えて下さい、陽平様! 破格の条件です。成己様の荷物、それだけで助かるのですから……」
「黙れッ!」
 
 使用人を怒鳴りつける。
 そんな安いもののように言うことが、許せなかった。
 
――『陽平っ』
 
 この部屋に入るたびに、成己のやわらかな笑みが、浮かんだ。ただの物じゃない。――そこにあるのは、物じゃないのに。
 
「やめろーっ!」
 
 使用人達の腕を振り払い、野江に拳を振り上げた。――不摂生がたたり、鈍い攻撃を、野江はやすやすと躱した。床に倒れ込んだ俺を、またも使用人が取り押さえた。
 
「……ぐっ!」 
「飲みすぎだな。攻撃も態度もなっちゃない」
「申し訳ありません、野江さん。どうかご容赦を……!」
 
 肩を竦める野江に、使用人たちが平身低頭の謝罪をする。――誰に仕えてるんだ、と怒りが湧く。
 
「お前ら、放せよ!」
「どうか、お許しください。陽平様の前途に傷がつけば、奥様がどれほどお嘆きになるか!」
「……!」
 
 母さんを引き合いに出され、ぐっと喉が詰まる。
 俺が問題を起こしたと知り、また体調を崩したと聞いた。
 
 ――俺が捕まったら、あの人はどうなる?
 
 そう思うと、自分勝手に暴れることが出来ない。
 
「畜生……! 畜生!」
 
 悔しさに、何度も体を床に打ち付ける。
 
「何で今さら……! あいつのものは、センターの奴らが引き取ってったろう。どうして、今になってやって来たんだよ……!」
 
 どうして、よすがさえも奪うんだ。
 地をのたうつ俺に、黙っていた野江が、ふき出した。
 
「だからだよ」
 
 野江は、止まらなかった。一人でやっていると思えない速さなのに、執念じみて丁寧に、成己の荷物を仕舞っていった。
 小さなちゃぶ台を梱包材で包み、クロスは丁寧に畳んでパックする。布で覆ったラグを丸め紐で縛り、カーテンを外す――TVの早送りのように、部屋がまっさらになっていく。
 
――『ぼくのお部屋、嬉しい。ありがとうね』
 
 成己が嬉しそうに、整えた部屋だったのに。
 
 優しいアースカラーのカーテンの無くなった、窓。
 書き物をするのに良いと、あいつが中古家具屋で見つけてきたちゃぶ台。その傷を隠すための、丁寧に刺繍していたクロス。
 冷え性のあいつが、愛用していたふわふわのラグ。
 そして、俺たちの思い出の塊の、本棚――
 
 野江は、あいつがここで過ごした時間を巻き戻そうとしているのか。
 凄まじい恐怖に襲われ、俺は叫んだ。
 
「頼む……もうやめてくれ!」
「よし、衣類もこれで終わりか」
 
 最後の段ボールにガムテープで封をし、野江が、満足げに頷く。
 
「さて。余計なものは触ってないのは確認してもらえましたよね? 運び出すのに、手を貸していただきたい」
「畏まりました。すぐに……」
 
 晴れやかな様子の野江に、使用人たちはいっせいに頷く。俺を気にしながらも、箱を運び出し始めた。
 
「……」
 
 俺は、呆然とその様子を眺めた。
 成己は荷物が少なくて、大した量は無かったから、すぐに無くなってゆく。
 
 ――成己……
 
 喉から熱い塊がこみ上げ、ぐっと堪えた時――雷に打たれたように、気が付いた。
 あれだけは……ここにはなかったんだ。あれがあるとよく眠れるから、寝室に置いてある。
 
 ――『陽平、これかけとき?』
 
 成己の、ブランケットだけは。
 
 
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