いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第六章~鳥籠の愛~

三百四十一話【SIDE:宏章】

 成が、愛しい。
 もはや思いすぎて、人生の哲学と化していることを、俺は脳内で呟いた。
 
 
 
 
「~♪」
 
 朝食の支度をする成が、鼻歌を口ずさんでいる。何年か前に流行したラブソングは、成のお気に入りらしい。いつもちょっと調子の外れた朗らかな歌声に、気持ちが和んだ。
 
 ――はぁ~……可愛いなあ。
 
 食卓で新聞を握りつぶし、でれでれしちまう。朝の光の差し込むキッチンには、みそ汁と焼き魚の香ばしい匂いが漂っていた。
 
「あと少しで出来るから、待っててね」
「ありがとう、成」
 
 くるりと振り返った、成の笑顔が眩しい。
 今朝は俺が洗濯をしたので、「朝ごはんは、ぼくがつくります!」と台所を閉め出されてしまったのだ。弾むように軽やかに立ち働く、愛しい妻の背中ほど、男心をくすぐるものはない。
 
「成ー。なんか手伝おうか」
 
 ぴょこぴょこ弾むエプロンのリボンにつられ、俺はちょっかいをかけに行くことにした。後ろから細い肩に腕を回すと、大きな目が丸くなる。
 
「えっ、そんな。座っててもええんよ?」
「俺が構ってほしいんだよ」
 
 柔らかな髪に頬を寄せ、口を尖らせる。――知り合いが見たら指をさして笑いそうだが、生憎俺の家なので、気にするのは成の機嫌だけでいい。
 みそ汁に青菜を入れている成は、嬉しそうにはにかんだ。
 
「もう……甘えん坊さんやなあっ。じゃあ、ごはんよそって下さい」
「よし来た」
 
 炊飯器にたんと炊かれた白飯を、茶わんに盛っていく。無精して茶碗を手に持って運ぶと、お盆におかずを乗せた成が、くすくす笑って、追いかけてきた。
 二人で手を合わせて、成お手製の朝食にありつく。ほかほかと湯気を立てるみそ汁を啜り、ほうと息を吐く。
 
「はー、うまいなあ……」
「えへへ。おかわりあるから、たくさん食べてね」
「ああ」
 
 俺は頷いて、焼き鮭を箸でほぐし、白飯に乗せた。ふっくらと焼き上がった鮭と、炊き立ての飯はなぜこんなに合うのか。夢中で頬張るうちに、すぐに茶わんが空になる。
 
「はい、宏ちゃんっ」
 
 成が、にこにこと手を差し出してくる。
 少し照れつつ、空の茶わんを渡すと、すぐにてんこ盛りになって返ってくる。
 
「悪い、がっついちまって」
「ううん。宏ちゃん、たくさん食べてくれるから嬉しいよ」
 
 成が、満面の笑みを浮かべて言った。いっそう慈愛の籠った眼差しに、胸がくすぐったくなる。
 
 ――あったかいなあ。
 
 しみじみと、幸福を噛み締める。
 古臭い家の第三子である俺は、両親や後継の兄姉とは同じ食卓につかなかった。特別な集まり以外は、あの離れで一人で飯を食ってきたのだ。
 スムーズに後継教育をするための措置だし、幼い頃からそうだったんで、特段寂しいとは思わなかったが――
 
「宏ちゃん先生、今日のご予定は?」
「あー、昼から打ち合わせが一つかな。あとは普段通りだよ。お前は?」
「そっかあ。あのね、今日はお菓子を作ろうと思って。チョコプリンかタルトかで迷ってて」
 
 やわらかな声に相槌を打ちながら、箸を進める。 
 俺は、成に誰かと食う飯は美味いのだと、教えてもらったんだ。「美味い」と言えば、返ってくる微笑み。何気ない会話も食事のうちであること……好物はなにか、嫌いなものは何かと、いちいち口にしなくても、解るものだということも。
 最後の一口、とっておいた鮭を完食し、俺は箸を置く。
 
「ごちそう様。美味かったよ」
「おそまつ様です」
 
 美味そうに食べている成を見つめる。
 俺は、自分の作ったメシを成に食わせるのが好きだが、成のメシを食うのはもっと好きだ。でも、成と二人でメシを食えるのが、一番好きだ。
 本当に、良い朝だ。
 
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