いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第六章~鳥籠の愛~

三百四十六話

「成己さん。あなた、こんなところで何をしてるのよ」
 
 陽平のお母さん……城山さんは、細い眉を険しく寄せた。ぼくは少し身構えつつも、ぺこりと頭を下げた。
 
「ご無沙汰してます。ぼくは、お花の教室に来ていたんです」
「そう、気楽なのね。相変わらず……」
 
 ため息交じりの呟きが帰る。――言葉のわりに、鋭く響かない声に驚く。
 
 ――それに、なんだかお痩せになった? お体の具合でも、お悪いんやろうか。
 
 お会いするのは、お義母さんのお誕生日以来なんやけど――もともと華奢な人なのに、輪郭がさらに繊細にならはった気がする。いつも秋初めに来ると言う、夏の疲れやろか……と考えてから、ハッとする。
 うさぎやに、打ち壊しに来た陽平を思い出したん。
 あの件は、宏ちゃんが陽平のお父さんと話し合いをして、対処してくれたって。当然、城山さんの知るところにもなったはずや。
 
「……」
 
 息子の陽平のことを、心から大切にしている人やもの……それは、ショックやったに違いない。
 つい黙り込んでしまうと、城山さんに「ねえ」と声を掛けられた。
 
「は、はい」
「あなた、何か私に聞きたいことはないのかしら」
「え?」
「だから――」
 
 城山さんは、もどかし気に靴先をトントンと床に打ち付けた。
 
「陽平ちゃんがどうしてるか、とか……あんたは知りたくないのっ?」
「!?」
「あれだけ、陽平ちゃんを追いかけ回していたでしょう。どうでもいいわけ、ないわよね?」
 
 思いもかけない言葉に、目を見開く。
 陽平のことを、気にならないかって……どうしてそんなことを聞くんだろう。ひょっとして、ぼくが陽平に何かするとか、心配してはるんやろうか。
 ぎゅ、と唇を噛んだ。
 
「……気にならないって言ったら、ウソになると思います」
 
 思ったまま言葉にすると、城山さんが身を乗り出した。
 
「そう。なら――」
「でも、ぼくは……陽平のことはもう忘れたいって、思っています」
「……は?」
 
 城山さんが、長い睫毛を瞬かせる。ぼくは、陽平に似た目を見つめながら――ゆっくりと言葉にした。
 
「この前の一件は、夫から解決したのだと聞いてます。だから、もういいんです……ぼくは、陽平さんと関わるつもりはありません。ですから、ご安心ください」
 
 ほんとはね。
 陽平のやつに思いっきり、問い詰めてやりたい気持ちはあったよ。「どうしてこんなことするの」って、あの頬を引っ叩いてやりたいって。蓑崎さんに失恋した腹いせに、ぼくに八つ当たるなんて、よくそんなこと出来るなって、本当に腹も立ったし。
 何より……大好きだった陽平のことを、あいつ自身がどんどん裏切ってくのが悲しくて。「なんでこんなことするん?」って、苦しかった。
 だけど……もう、いいねん。
 
「ぼくは、いまの生活が大切なんです。どうか、それだけは信じてください」 
 
 それだけ言って、丁寧に一礼する。
 陽平のことで苦しむたび……宏ちゃんが、側に居てくれる有難さを想う。
 宏ちゃんは、大切なお家が壊されて悔しかったはずなのに、ぼくの前でちっとも落ち込んだ様子を見せへんの。それより、「成、辛くないか」ってぼくのことばっかり。
 
 ――優しい宏ちゃん……宏ちゃんが居てくれるから。わざわざ、苦しむ必要なんかないって思いきれるんよ。
 
 愛しい人のことを想い、静かにほほ笑む。
 
「あんた……」
「失礼します」
 
 立ち尽くす城山さんに背を向け、ぼくは歩き出した。
 すると――手首を掴まれる。
 
「えっ!」
「待ちなさいっ……勝手なことばっかり言って!」
 
 城山さんは、きりきりと眉をつり上げていた。手首に、ネイルがぎりぎりと突き刺さり、痛い。
 でも、女性の手を振り払うわけにもいかなくて、ぼくは弱った。
 
「……城山さんっ……落ち着いてください」
「何でよ……! 陽平ちゃんは、あんなにっ……」
「え……」

 ぼくは、ぴたりと止まる。城山さんの声に、なにか必死のものを感じた気がして。

「あの――?」
「はーい、そこまで」

 思わず、問い返そうとしたとき……のんびりとした声が割って入る。

「お義母さん……!」

 お義母さんは、レフェリーのようにぼくの腕を取り、引き寄せた。城山さんの手が離れ、ぼくはほっと息をつく。

「成くん、お待たせ。ごめんよ、遅くなっちゃってさ」
「いいえありがとうございます……!」

 ぼくは、お義母さんを頼もしく見つめる。お義母さんはにっこりして、城山さんのほうを振り返った。

「どうも、城山さん」
「野江さん……」
「うちの子の話し相手をしてもらって、すみませんねえ。予約は早くしないと、すぐ埋まっちゃいますから。早いうちに確保しとかないと……ところで、なにかありました?」

 お義母さんは、立て板に水の勢いで話す。城山さんは、唇を噛み締めていた。

「何かあるなら、僕が伺いますよ」
「……結構ですわ!」

 お義母さんを、ぼくを睨みつけ、ヒールの踵を鳴らし、駆け去っていかはる。

――なんだったんだろう……?

 呆然と、その背を見送ると……ぽんと肩を叩かれる。
 お義母さんが、困ったように笑んでいた。

「大変だったね」
「あ……」

 ぼくは、ハッとする。

「お義母さん、ありがとうございました。ぼく……」
「いいんだよ。でも、成くんはもう、うちの子なんだから。あの人のことは、あんまり気にしないようにね」
「はい」

 そうだ。
 もう、ぼくには関わりのないこと、なんだよね。

――ぼくの家族は、宏ちゃんと……お義母さん達なんだ。これ以上、ぼくの事情に皆さんを巻き込みたくない。

 胸の引っ掛かりを抑えこみ、ぼくはこくりと頷いた。すると、お義母さんは満足そうに笑ってくれた。

「送るよ。宏が首長くして、待ってるだろう」
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