いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第六章~鳥籠の愛~

三百五十七話

「わあ、すごい雨」
 
 ばたばたと大粒の雨が、窓を打ちつける。まだお昼なのに、空はすっかり鉛色やった。
 昨夜から降り続く雨は、止むどころか勢いを増しているみたい。
 
 ――暗いなあ。夕方みたい……
 
 お昼なのに暗いって、なんだか不思議でさみしい。じっと窓の外を見つめていると、カウンターの中でコーヒーを入れながら、宏ちゃんが言う。
 
「成、どうしたんだ?」
「あっ、うん! すごい雨やなあって見てただけ」
 
 ぼくは、慌ててにっこりする。そそくさとカウンターの中に戻ると、宏ちゃんは気づかわしげに眉を下げた。
 
「しんどくないか? 上で寝てても良いんだぞ」
「何言うてるのっ。ぜんぜん元気やで」 
 
 こそこそと、お客さんに聞こえないように答える。
 今日は定休日なんやけど、常連さんたちが遊びに来はったん。開店当初から来てくださってるお客さんたちと、宏ちゃんとはとても仲良し。ふつうにお休みの日でもいらっしゃって、コーヒーを楽しんで行かれることもしばしばなんよ。
 
 ――雨にも関わらず、憩いを求めて来てくれてはるんやもん。ここでおもてなしをしないで、なんとしましょうっ。
 
 ふんすと拳を握ると、宏ちゃんはすまなそうに眉を寄せた。
 
「ごめんなぁ。休みだつってんのに、じいちゃんらが来るせいで……」
「聞こえてるぞ、店長っ」
 
 すかさず、お客さんからヤジが飛ぶ。
 
「店長はすぐサボるからあ。俺らが来たくらいで、丁度いいんだよ」
「そうそう。電話したら、杉田さんも来るって言ってたぞ」
「本当に言うこと聞かない、じいちゃん達だよなあ」
 
 ぽんぽんと応酬をかわす皆の顔は笑ってる。慣れ親しんでるからこその気安いやりとりなんよね。
 くすくす笑っていると、肩を抱き寄せられた。
 
「……辛かったら、すぐ休むんだぞ?」
「宏ちゃん」
 
 宏ちゃんは心配性で、した翌日にはその度合いがもっと大きくなるん。初めて受け入れた日に、立てなくなっちゃったのを気にしてくれてるみたい。
 回数を重ねて、ずい分慣れたのに……くすぐったい気持ちで、ほほ笑む。
 
「ありがとう、宏ちゃん」
 
 そっ、と逞しい腕に身を寄せると、穏やかな森の香りに包まれる。うっとりと目を閉じると、喝采が湧いた。
 
「お熱いねえ、新婚さん」
「今だけだぞ、今だけ!」
「そのうち、雨の日にあんたと二人なんて、うっとーしいとか言うんだからな」
「怖い予言、やめて下さいよ!」
 
 わあわあと飛ぶヤジに、宏ちゃんが顔を赤くして反論する。
 ぼくは、照れている宏ちゃんが可愛くて、腕に寄り添っていた。
 
「なんだ、なんだ。すごく盛り上がってるじゃない」
「杉田さん!」
 
 ドアベルが鳴り、驚き顔の杉田さんが入ってくる。宏ちゃんはホッとした顔で、会釈する。ぼくはタオルを持って、カウンターを出る。
 
「いらっしゃいませ、杉田さん。濡れませんでしたか?」
「ああ、ありがとうねえ。はい、これ。お土産だよ」
 
 タオルと入れ違いに、満面の笑みで手渡されたのは、白いビニルバッグに入った箱だった。大振りで、ひんやりしてる。
 
「それね、アイス。駅の近くのお店で、若い子に人気らしいから、成ちゃんどうかなって思って」
「わあ、ありがとうございますっ」
 
 照れたように頬をかく杉田さんに、ぼくはぱあと満面の笑みを浮かべてしまう。いつも気遣ってくださって、ほんまに優しいんよね……!
 
「いつもすみません、杉田さん」
 
 宏ちゃんも嬉しそうに、ペコリと頭を下げる。
 
「いいのいいの。みんなの分も買ってきたから、お皿に出して貰えるかい?」
「はい、ただいまっ」
 
 ぼくは箱を持って、カウンターの中にまわる。お洒落なシールを剥がし、蓋を開けると、ほわりとドライアイスの白い冷気が上った。
 定番のバニラや苺、チョコレートに、レモンチーズケーキや、ベリーとピスタチオのアイスなど、お店自慢のフレーバーがぎゅっと詰まって、色とりどりのフラワーボックスみたい。
 
「美味しそう……!」
 
 お腹がきゅっと鳴る。
 中に添えられていたお店のカードを見ると――嬉しいことに、センター認証店やった。杉田さんは、奥様の親戚にオメガがいらっしゃるので、配慮して下さったんやと思う。
 どこか既視感のあるお店のロゴに、はっとする。
 
「……」
「成、どうした?」
「あ、ううん。デザート用のお皿出してくるっ」
 
 人数分の食器を用意しながら、ちょっと動揺する胸を宥める。
 
 ――あのお店……陽平と行こうねって約束したところや。
 
 たしか、春先くらい。まだ空っぽの店舗の前を通って、知ったんだった。
 
『陽平っ。アイスクリーム屋さんできたら、食べに来ようね』
『気、早すぎ……別に良いけど』
 
「……っ」
 
 お皿の上にスプーンを出し、唇を噛む。
 約束ってやだな。
 あの頃は……別れるなんて思って無かったから、当然に叶う約束だと思ってたから、言うたんやけど。
 
 ――それでも……ぼくが、約束を破ったことになるんかなあ?
 
 そう思ってから、自嘲する。別に関係ないやんって。
 
「もう、会うことも無いんやから。約束も何もないやんね」
 
 そもそも、いつも通り気乗りしてなさそうやったし、忘れてるかもしれへん。
 ぼくは、食器を抱えて、宏ちゃんの元に戻る。
 頂いたアイスクリームはとても美味しかった。みんなが賑やかに笑ってくれていたおかげかなって思う。
 
 
 
 
 
 
 夕方になると、お客さん達もちらほらとお帰りになる。
 奥さんが出かけてる常連さんのために、宏ちゃんは、晩ごはんがわりのサンドイッチをいくつも作って、持たせてあげていた。
 
「じゃあ、ありがとうねえ」
「ありがとうございました。また来てくださいね」
 
 店内は、ガラリと静かになった。
 掃除をして、ちゃちゃっとゴミをまとめた。さっき、やっと雨が止んできたので、今のうちに出しておきたくて。
 
「成、俺が行こうか」
「ううん、へいき」
 
 笑顔で勝手口を出ると、むわりと湿っぽい空気が体を包む。――雨の後って、すごくむしむしするよね。一気に汗ばむ気がして、ぼくは早足にゴミ箱に近づく。
 
「よいしょっ」
 
 ぱこりとふたを開ける。ちゃぱ、と溜まっていた雨水が足下に跳ね、「ひゃあ」と悲鳴を上げた時……うめき声が聞こえた。
 
「え?」
 
 何気なくそっちを振り返り、目を見開く。
 
「わああっ?!」
 
 ふたとゴミ袋を取り落とす。悲鳴を聞きつけて、すぐに宏ちゃんが飛び出してきた。
 
「成! どうした」
「ひ、宏ちゃん……」
 
 ぱっと抱き寄せられ、逞しい腕を感じた。むくむくと勇気が湧いてきて、気もちがしゃんとする。
 宏ちゃんの手を握ると、ゴミ箱の横をさして、訴えた。
 
「救急車呼ばなきゃ。あそこに、人が倒れてるん……!」
 
 
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