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第六章~鳥籠の愛~
三百五十八話
ゴミ箱の横に倒れていたのは、男の人やった。
スーツを着てサラリーマン風なんやけど、何かのトラブルに巻き込まれたのか、怪我でボロボロやったん。
ずっと雨に打たれていたのか、頭の先からつま先までぐっしょり濡れている。
「大丈夫ですか!」
宏ちゃんが助け起こすと、呻き声が上がる。
「……わかさま」
「えっ?」
しゃがれた声が、何事か呟いた。ぐったりとした様子は、ただごとじゃない。
「大変。救急車、よばなくちゃ……!」
「そうだな。とりあえずは、店の中に運んで――」
宏ちゃんが、慎重に男の人を抱えあげようとしたのと、彼が手を掴むのは同時やった。
「待っ……救急車は……」
「えっ?」
「どうか、大ごとには……」
朦朧とした様子で、男の人は言う。どう見ても辛そうなのに、何度も「救急車を呼ぶな」と繰り返す様子に、困り果ててしまう。
――どうしよう? でも……
そんなことを言ってる場合やないと思うんやけど、男の人の声にただならぬものを感じて……身動きが出来ひんかってん。おろおろとしていたら、宏ちゃんが決然と頷いた。
「わかりました。ともかく、中へ」
「宏ちゃん」
男の人を抱えあげる宏ちゃんを、そっと見上げる。不安が顔に出ていたのか、宏ちゃんは笑った。
「心配するな。この人は、俺の知り合いの病院に連れていってくるから。――成は、待っていてくれ」
二人がかりで、男の人をワゴンの後部座席に横たえた。
そして、宏ちゃんは「戸締りを気をつけて」とぼくに言い含め、出発してったん。
「気をつけて……!」
ぼくは、遠ざかるワゴンを見送った。
――なにごとも無いと、いいんやけど……
一度止みかけていた雨が、またアスファルトに叩きつけるような勢いになっていた。白く煙るような視界に、なんだか不安が募ってしまう。
あの男の人は、大丈夫やろうか。
それに、彼は一体どうして、あんな怪我をしたんだろう? 痛めつけ方が巧妙で、単純なケンカじゃない気がするん。
なにか、とんでもないトラブルに巻き込まれてはるのかも……
「……えいっ。しゃんとせな!」
ぼくは、ぱちんと頬を叩いて気合を入れた。
お店のドアに錠をかけ、きちんと戸締りをする。
今の間に、お店の片づけを全部済ませておかなくちゃ。
それから、お風呂の準備をして……簡単に食べられるものを作っておこう。うどんとか、優しい食べ口のものが良いんじゃないかな。
「よしっ!」
腕まくりをして、せっせと働く。体を動かしていると、ちょっとでも不安が和らぐから、ありがたい。お風呂の支度を済ませて、もう一度下りてくると、ごはんの準備をする。
二階の家で作っても良かったんやけど……宏ちゃんが帰るまで、ここで待っていたかったん。
「ネギと、卵と……あっ、かまぼこの残りも使っちゃお」
ひとりで話しながら、材料を調理台の上に出す。
一人きりで、シンとした店内に居ると、変な感じがしちゃう。さっきまで、賑やかやったからもあるけど……この頃、ずっと宏ちゃんが側に居てくれたからかもしれへん。
久しぶりに、本当に一人。
「……」
お出汁をとって、調味料で味をきめる。ご飯を作っているのに、キッチンがとても広く感じて、背中が薄寒い。
――やっぱり、家に戻らなくて良かったや……
独り言ち、ぼくはいちどコンロの火を切って、お鍋に蓋を被せる。
あとは、宏ちゃんが帰って来てくれるのを待つだけ。
手を洗って、エプロンを取ったとき――かたん、と外で物音がした。
「宏ちゃん……!?」
ぱっとドアに駆け寄ってから、我に返る。
「あぶない……宏ちゃんとは限らへんのやから」
それに、宏ちゃんは、帰ってくるときに連絡するて言うてくれたもの。
気が逸って、迂闊なことをするとこやった。ふうとため息をついて――ドアの横の窓から、何気なく外を見た。
「……!」
そして、言葉を失う。
雨靄のなか……立ち尽くす人影が見えたんよ。
高い背を丸めて、雨に打たれている――その正体に気づき、ぼくは息を飲む。
――……陽平……?
スーツを着てサラリーマン風なんやけど、何かのトラブルに巻き込まれたのか、怪我でボロボロやったん。
ずっと雨に打たれていたのか、頭の先からつま先までぐっしょり濡れている。
「大丈夫ですか!」
宏ちゃんが助け起こすと、呻き声が上がる。
「……わかさま」
「えっ?」
しゃがれた声が、何事か呟いた。ぐったりとした様子は、ただごとじゃない。
「大変。救急車、よばなくちゃ……!」
「そうだな。とりあえずは、店の中に運んで――」
宏ちゃんが、慎重に男の人を抱えあげようとしたのと、彼が手を掴むのは同時やった。
「待っ……救急車は……」
「えっ?」
「どうか、大ごとには……」
朦朧とした様子で、男の人は言う。どう見ても辛そうなのに、何度も「救急車を呼ぶな」と繰り返す様子に、困り果ててしまう。
――どうしよう? でも……
そんなことを言ってる場合やないと思うんやけど、男の人の声にただならぬものを感じて……身動きが出来ひんかってん。おろおろとしていたら、宏ちゃんが決然と頷いた。
「わかりました。ともかく、中へ」
「宏ちゃん」
男の人を抱えあげる宏ちゃんを、そっと見上げる。不安が顔に出ていたのか、宏ちゃんは笑った。
「心配するな。この人は、俺の知り合いの病院に連れていってくるから。――成は、待っていてくれ」
二人がかりで、男の人をワゴンの後部座席に横たえた。
そして、宏ちゃんは「戸締りを気をつけて」とぼくに言い含め、出発してったん。
「気をつけて……!」
ぼくは、遠ざかるワゴンを見送った。
――なにごとも無いと、いいんやけど……
一度止みかけていた雨が、またアスファルトに叩きつけるような勢いになっていた。白く煙るような視界に、なんだか不安が募ってしまう。
あの男の人は、大丈夫やろうか。
それに、彼は一体どうして、あんな怪我をしたんだろう? 痛めつけ方が巧妙で、単純なケンカじゃない気がするん。
なにか、とんでもないトラブルに巻き込まれてはるのかも……
「……えいっ。しゃんとせな!」
ぼくは、ぱちんと頬を叩いて気合を入れた。
お店のドアに錠をかけ、きちんと戸締りをする。
今の間に、お店の片づけを全部済ませておかなくちゃ。
それから、お風呂の準備をして……簡単に食べられるものを作っておこう。うどんとか、優しい食べ口のものが良いんじゃないかな。
「よしっ!」
腕まくりをして、せっせと働く。体を動かしていると、ちょっとでも不安が和らぐから、ありがたい。お風呂の支度を済ませて、もう一度下りてくると、ごはんの準備をする。
二階の家で作っても良かったんやけど……宏ちゃんが帰るまで、ここで待っていたかったん。
「ネギと、卵と……あっ、かまぼこの残りも使っちゃお」
ひとりで話しながら、材料を調理台の上に出す。
一人きりで、シンとした店内に居ると、変な感じがしちゃう。さっきまで、賑やかやったからもあるけど……この頃、ずっと宏ちゃんが側に居てくれたからかもしれへん。
久しぶりに、本当に一人。
「……」
お出汁をとって、調味料で味をきめる。ご飯を作っているのに、キッチンがとても広く感じて、背中が薄寒い。
――やっぱり、家に戻らなくて良かったや……
独り言ち、ぼくはいちどコンロの火を切って、お鍋に蓋を被せる。
あとは、宏ちゃんが帰って来てくれるのを待つだけ。
手を洗って、エプロンを取ったとき――かたん、と外で物音がした。
「宏ちゃん……!?」
ぱっとドアに駆け寄ってから、我に返る。
「あぶない……宏ちゃんとは限らへんのやから」
それに、宏ちゃんは、帰ってくるときに連絡するて言うてくれたもの。
気が逸って、迂闊なことをするとこやった。ふうとため息をついて――ドアの横の窓から、何気なく外を見た。
「……!」
そして、言葉を失う。
雨靄のなか……立ち尽くす人影が見えたんよ。
高い背を丸めて、雨に打たれている――その正体に気づき、ぼくは息を飲む。
――……陽平……?
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