いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第六章~鳥籠の愛~

三百六十三話

 ――ちゃぷん。
 
 湯船に身を沈めると、たっぷりのお湯に包まれる。冷えてじんじんしていた手足に、一気に血が通っていく。
 
「ああ~、痺れるぅ……」
 
 気持ちいいような、くすぐったくてたまらへんような。
 浴槽の縁につかまって、四肢を血が巡るかゆみに悶えていると、洗い場で髪を洗いながら、宏ちゃんが笑う。
 
「ちゃんと肩までつかるんだぞ」
「はーい、先生」
 
 敬礼して見せると、「よろしい」と厳めしい応えが返る。ぼくは、ふふと笑って、宏ちゃんを観察した。長い髪をざかざか洗う手つきは、さっきぼくを洗ってくれたときとは違う。
 
 ――自分のことは後回し……って、宏ちゃんのことでは?
 
 宏ちゃんを先にって言うたんやけど、「自分は頑丈だから」って、聞いてくれへんかったん。
 
「……っ」
 
 ちゃぷん、とお湯が跳ねる。
 宏ちゃんの手で、丁寧に洗われたわが身を、気恥ずかしい思いで抱いた。悪いことはしないよって約束してくれた通り、洗ってくれただけ。けど、頭のてっぺんからつま先まで、熱心に泡だらけにされちゃって……それはそれで照れくさいよね。
 悶々と考えているうちに、シャワーの音が止まる。
 
「入るぞー」
「はあい」
 
 泡を流した宏ちゃんが、湯船に入ってきた。ざぶりと勢いよくお湯が溢れて、からだが浮かぶ。浴槽の縁につかまって、ぷかぷか浮かんでいると、長い腕が伸びてくる。
 
「成、こっちにおいで」
 
 宏ちゃんの足の間に、ちょこんと座らされちゃう。いつも、一緒にお風呂に入るときの定位置なので、ぼくもゆったりと身を預けた。
 
 ――宏ちゃん、あったかい……
 
 おなかに回った二本の腕に、すごく安心する。たっぷり増えたお湯で、浮かんで行っちゃいそうな体をしっかりと捕まえていてくれる。
 
「ふぁ……」
「眠いか」
「ううん。安心して……」
 
 逞しい胸に、甘えるように頭をすりつけた。宏ちゃんは、「そうか」と笑って、ぼくを抱く腕に軽く力を込めてくれた。
 しばらく、そうしてじっと身を寄せる。お湯に浸かっているからじゃない温かさを味わって、冷えて強張っていた体が、とろとろにほぐれていく気がした。
 冷たい雨に打たれたことも、忘れるくらい。
 
「……あったかいね、宏ちゃん」
「うん……そうだなあ」
 
 宏ちゃんも、リラックスしてるみたい。のんびりした応えに、くすりと笑みがこぼれる。
 ぼくは、湯船のお湯を掬って、すこし汗ばんだ顔を流した。
 
「ねえ、宏ちゃん。あの男の人、どうやった?」
 
 そっと、気になっていたことを訊ねてみる。
 
「お友達の病院で、入院することになったんよね。お怪我の具合、よほど悪かったん?」
「そうだな……」
 
 後ろを振りあおぐと、宏ちゃんは答えてくれた。
 
「全身の打撲だそうだ。幸い、頭を打っては無かったし、後遺症の残るような怪我は無かった。怪我の影響で高熱が出ているから、しばらく入院して様子を見るらしい」
「……そうやったん」
 
 男の人のぐったりした様子を思い出し、両手で口を覆う。
 宏ちゃんが言うには、男性は治療のあとで意識を取り戻し、お礼と自分の身元とを明かさはったそうなん。うちの裏で倒れていたのは、雨宿りをしているうちに、立てなくなったって。
 ただ……怪我をした理由については、頑として口を割らへんかったそう。

「いったい、何があったんやろうねえ。酷いことをする人もいるんやね」

 痛ましい事件に、胸がむかむかする。
 ケンカに明け暮れるタイプに見えなかったし、トラブルに違いないって思ってたけど……
 ぼくは、向かい合う宏ちゃんの手を、ぎゅっと握った。
  
「宏ちゃん、ありがとう。全部、任せちゃってごめんね」
「なんの。当たり前のことをしただけだよ」
 
 大らかに笑う夫が、心強い。
 マイペースな様でいて、誰か困っていると見過ごせない宏ちゃんのこと、すごく好きや。
 
「それでさ。助けた責任として、しばらく彼の様子を見に行こうと思うんだ」
「いいと思う……! ぼくも、一緒に行っていい?」

 ぼくも勇んで、身を乗り出す。

「ああ、もちろん」
 
 切れ長の目が、優しく細まった。
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