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第六章~鳥籠の愛~
三百六十八話【SIDE:玻璃】
神も仏もない――最悪の気分で、私は日々を過ごしていた。
宍倉さんが居なくなってからというもの、ろくでもないこと続きなんだ。
一に、自分のパソコンを取り上げられた。二に、護衛という名の監視がついた。ゴリラもかくやの見た目の男は父の肝入りで、風呂やトイレの時間にまで煩く言ってくる始末。
三に……そんな状態だから、宍倉さんを探しに行くことすらできない。
――もちろん……監視がついていなくても、そう出来たかはわからないけど。
私は、自嘲し……車のシートに凭れた。
車窓から見えるのは、兄の在籍する文学部の校舎だ。いまは、夕刻。全ての講義が終わったのか、ぞろぞろと学生たちが群れて出てくる。
中学生である私が、なんで大学なんかに居るかと言うと、父のミッションに他ならない。
「……あ」
人波の中に、兄の姿をみとめ、私は車から飛び出した。
「兄様!」
「……玻璃!」
悠長にスマホを見ながら歩いている兄の腕を、引っ掴む。兄の晶は一瞬、ぎょっとし――私だと解ると、あからさまに嫌そうに顔を歪めた。
「なに。大学まで来るとかやめろよな……」
「お兄様を迎えに来たんです。今日はこれから、椹木さんとお会いするんでしょう? 私もお供するようにとお父様に言いつけられまして」
自分で説明していても嘘くさいのだが、本当の話だ。
椹木さんから、うちの兄にデートの申し込みがあったんだけど。うちの父ときたら、一人で行かせるのは心配だから、私もついて行けって言うわけよ。「晶の気に入りだから、椹木には仕方なくチャンスをやるだけだ」と上から目線でのたまって。
――大学生の息子のデートの面倒見る親って、気もち悪くない?
と思うでしょ。私も初めに聞いたときは、「ないわ」って思ったよ。
で、それとなく断ったら、「第二の宍倉を作りたいのか」って脅してきたんだよね。あのオッサン、ガチで生まれ直して、歪んだ性根を真面にして欲しいわ。
そんな経緯で、大事な六限目もサボって、制服のまま兄の大学まで馳せ参じたってわけだ。
「さあ、行きましょう」
掴んだ腕を引き、歩き出そうとすると、兄は思いきり腕を振り払った。
「意味わかんない。ていうか、デートなんて行かないし」
この期に及んで、何を往生際の悪いことを。
私は、尖りそうになる声を和らげ、兄に手を伸ばす。
「いや、そう言うわけにはいきませんよ。せっかく、誘ってくださったんですし。お兄様のお好きな映画だそうですし――」
「うるさい、お前に関係ない……っ!」
兄は、キッと睨みつけてきた。その百パーセント、私のせいで不愉快だという態度には、閉口してしまう。私だって、兄貴のデートになんか無関係で生きていきたいっつーの。
お互いにとって幸いなことに、兄は俯いているので、白けている私に気づかなかった。
「俺と椹木さんは、もう関係ないんだから……デートなんて、行くつもりはないッ」
震える声で呟く兄に、こめかみが引き攣る。
昨夜には、今日の予定を伝えたはずだったんだけど、どうして今さらごねるかな。「じゃあ、さよなら」って言いたいところをぐっと堪え、腕を掴み、歩き出す。
「なんにしても、もうお受けしてしまいましたから。お断りするにしても、直接言ってくださいよ」
「……っおい! 離せってば!」
暴れる兄の手を引いて、車に乗り込ませる。行きかう学生たちは、私達を物珍しそうに見送っていた。運転手に出すように指示すると、滑るように走り出す。
「……クソッ。最悪……」
車が走り出してからも、兄は悪態をつき、拗ねた子どものように唇を尖らせてる。私は、逆隣の扉をくっつくように座りながら、出そうになるため息を堪えた。
――毎度毎度、面倒くさいなあ。
だって、椹木さんが兄をデートに誘うのは今日で五回目なんだもの。で……前の四回も、兄は最初は「行かない」とごね、私が無理に連れていくというポーズでなら、行くのだ。
物憂げな様子で、車窓の景色を眺めている兄を、私は横目で窺った。文句を言うのをやめたらしく、今度はそわそわと唇を触ったり、髪を撫でつけたりしている。
あからさまに浮ついた様子に、へッと思う。
――会いたいなら、素直に会えばいいのに。私が、「じゃあ断りますね」って言ったらどうするつもりなわけ?
と、いじわるな考えが浮かんだものの、結果はわかる。――どうもしないんだろうって。
私が、「余計なことするな」ってハゲ親父に怒られて終わり。
まったく世の中って、理不尽。
私は会いたい人に会えないのに、簡単に会える奴が、嫌がるふりをする。
「……はぁ」
今度は、こらえられずにため息が出た。慌てて、運転席を見るとミラー越しに鋭い目がこちらを睨んでいる。父の肝入りであるこの男は、私が少しでも反抗的でないかと常に見張っている。
――私が反抗的な態度をとったところで、傷つく人が出るだけ。
パソコンもない、宍倉さんもいない。
それに……私は結局、あの親父の厄介になるうちは、どれだけいきがってもただの子どもだった。
制服のスカートの上で、きつく両手を握り合わせた。
宍倉さんが居なくなってからというもの、ろくでもないこと続きなんだ。
一に、自分のパソコンを取り上げられた。二に、護衛という名の監視がついた。ゴリラもかくやの見た目の男は父の肝入りで、風呂やトイレの時間にまで煩く言ってくる始末。
三に……そんな状態だから、宍倉さんを探しに行くことすらできない。
――もちろん……監視がついていなくても、そう出来たかはわからないけど。
私は、自嘲し……車のシートに凭れた。
車窓から見えるのは、兄の在籍する文学部の校舎だ。いまは、夕刻。全ての講義が終わったのか、ぞろぞろと学生たちが群れて出てくる。
中学生である私が、なんで大学なんかに居るかと言うと、父のミッションに他ならない。
「……あ」
人波の中に、兄の姿をみとめ、私は車から飛び出した。
「兄様!」
「……玻璃!」
悠長にスマホを見ながら歩いている兄の腕を、引っ掴む。兄の晶は一瞬、ぎょっとし――私だと解ると、あからさまに嫌そうに顔を歪めた。
「なに。大学まで来るとかやめろよな……」
「お兄様を迎えに来たんです。今日はこれから、椹木さんとお会いするんでしょう? 私もお供するようにとお父様に言いつけられまして」
自分で説明していても嘘くさいのだが、本当の話だ。
椹木さんから、うちの兄にデートの申し込みがあったんだけど。うちの父ときたら、一人で行かせるのは心配だから、私もついて行けって言うわけよ。「晶の気に入りだから、椹木には仕方なくチャンスをやるだけだ」と上から目線でのたまって。
――大学生の息子のデートの面倒見る親って、気もち悪くない?
と思うでしょ。私も初めに聞いたときは、「ないわ」って思ったよ。
で、それとなく断ったら、「第二の宍倉を作りたいのか」って脅してきたんだよね。あのオッサン、ガチで生まれ直して、歪んだ性根を真面にして欲しいわ。
そんな経緯で、大事な六限目もサボって、制服のまま兄の大学まで馳せ参じたってわけだ。
「さあ、行きましょう」
掴んだ腕を引き、歩き出そうとすると、兄は思いきり腕を振り払った。
「意味わかんない。ていうか、デートなんて行かないし」
この期に及んで、何を往生際の悪いことを。
私は、尖りそうになる声を和らげ、兄に手を伸ばす。
「いや、そう言うわけにはいきませんよ。せっかく、誘ってくださったんですし。お兄様のお好きな映画だそうですし――」
「うるさい、お前に関係ない……っ!」
兄は、キッと睨みつけてきた。その百パーセント、私のせいで不愉快だという態度には、閉口してしまう。私だって、兄貴のデートになんか無関係で生きていきたいっつーの。
お互いにとって幸いなことに、兄は俯いているので、白けている私に気づかなかった。
「俺と椹木さんは、もう関係ないんだから……デートなんて、行くつもりはないッ」
震える声で呟く兄に、こめかみが引き攣る。
昨夜には、今日の予定を伝えたはずだったんだけど、どうして今さらごねるかな。「じゃあ、さよなら」って言いたいところをぐっと堪え、腕を掴み、歩き出す。
「なんにしても、もうお受けしてしまいましたから。お断りするにしても、直接言ってくださいよ」
「……っおい! 離せってば!」
暴れる兄の手を引いて、車に乗り込ませる。行きかう学生たちは、私達を物珍しそうに見送っていた。運転手に出すように指示すると、滑るように走り出す。
「……クソッ。最悪……」
車が走り出してからも、兄は悪態をつき、拗ねた子どものように唇を尖らせてる。私は、逆隣の扉をくっつくように座りながら、出そうになるため息を堪えた。
――毎度毎度、面倒くさいなあ。
だって、椹木さんが兄をデートに誘うのは今日で五回目なんだもの。で……前の四回も、兄は最初は「行かない」とごね、私が無理に連れていくというポーズでなら、行くのだ。
物憂げな様子で、車窓の景色を眺めている兄を、私は横目で窺った。文句を言うのをやめたらしく、今度はそわそわと唇を触ったり、髪を撫でつけたりしている。
あからさまに浮ついた様子に、へッと思う。
――会いたいなら、素直に会えばいいのに。私が、「じゃあ断りますね」って言ったらどうするつもりなわけ?
と、いじわるな考えが浮かんだものの、結果はわかる。――どうもしないんだろうって。
私が、「余計なことするな」ってハゲ親父に怒られて終わり。
まったく世の中って、理不尽。
私は会いたい人に会えないのに、簡単に会える奴が、嫌がるふりをする。
「……はぁ」
今度は、こらえられずにため息が出た。慌てて、運転席を見るとミラー越しに鋭い目がこちらを睨んでいる。父の肝入りであるこの男は、私が少しでも反抗的でないかと常に見張っている。
――私が反抗的な態度をとったところで、傷つく人が出るだけ。
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それに……私は結局、あの親父の厄介になるうちは、どれだけいきがってもただの子どもだった。
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