いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
370 / 505
第六章~鳥籠の愛~

三百六十九話【SIDE:晶】

「……どうしたんですか?」
 
 突如、穏やかな声に思考を破られて、俺はぱっと顔を上げる。
 対面には、椹木さんが食事の手を止め、こっちを見つめていた。鷹のような目からも、声からも「心配だ」と言いたげな気配がうかがえ、狼狽する。
 
「何でもありません、けど……」
「口に合いませんか?」
「……いえ。美味しいです」
 
 頭を振り、手の中のナイフとフォークを握り直す。
 映画を観たあとに「食事を共に」と乞われ、フレンチに連れてこられた。料理も気が利いているし、ウェイターもいちいちうるさくない。この人に珍しい、良いチョイスだとは思う。
 
 ――美味くないのは、単純にこの人と飯を食べるなんて、慣れないからだ……
 
 中途半端に手をつけたスズキのソテーを切り分けて、口に運ぶ。極上のソースをたっぷり含ませた白身魚が、口の中でほどけた。 
 それでも、気を遣う相手と顔をつき合わせて食べているせいか、何を食っているか分からない。
 俺のことなんて、ずっと放置していた婚約者だから、なおさら。文句を言われないよう、もくもくと食べていると、椹木さんは言う。
 
「すみません。晶くんは、魚が好きじゃないと言っていたので、気になって……」
「え?」
 
 意外なことを言われ、手が止まった。
 相手も言うつもりがなかったことらしい。「いや、その」と口ごもる様子を、まじまじと見つめてしまう。
 そういえば、注文するときも、「その料理でいいのか」としつこい程に聞かれた気がする。白が飲みたいから魚、って押し切ったけどさ。
 
 ――てか、なにそれ? なんであんたが、俺の好みを気にするわけ。
 
 意味わかんねえ。……俺なんかに、興味ないくせに。
 俺は、食器を置いて唇を拭うと、ワインを一口含んだ。アルコールを摂ると、少し動揺が落ち着く気がする。
 
「俺が、選んだんですし。わざわざ嫌いなものを頼みません」
「ああ、たしかに。そうですよね」
 
 正論をつきつければ、椹木さんは気恥ずかしそうに頭をかく。常に堅い人の隙のある仕草に、鼓動がどくんと跳ねた。
 
 ――べつにかわいいとか、思ってないし。
 
 俺はこほんと咳払いし、疑問を述べる。
 
「ていうか……魚が好きじゃないなんて、言いましたっけ?」
「いえ……君はいつも、気遣ってくれていましたから」
 
 椹木さんが苦笑する。じゃあ何で知ってんだよ、と思う。俺は、親の決めた婚約者に不満を述べるほど、弁えのないことはしていないはずなのに。むっと眉を顰めかけ――はたと気づく。
 
 ――ひょっとして……陽平ママが、言ったのか。
 
 城山親子には、この人の愚痴を何度も話した。
 
『聞いてよー、ママ。あの人さ、外食つったら、いつも寿司に連れてくんだよ。俺、魚嫌いなのにさ』
『そうなの? 晶ちゃんの好きなフレンチとか連れてってくれないの?』
『全然だよ。ただでさえ、押しつけられた婚約者だから……飯くらい、好きなもの食べたいんじゃねーかな』
 
 ……たしかに、言った覚えがある。
 愛情のない婚約に耐えられなくて、ときどき冗談めかしてだけど。
 俺にとって、実の家族以上に家族めいた付き合いをしてきた人たちだから……つい、気を許してしまったというか。
 外面が良いわりに、内側で不満をため込むタイプの親子のガス抜きをするため、俺も悪口を言ってあげるべきだと思ったのもあったし。
 
 ――まさか、あんな裏切られ方するなんて思わなかった、からな……
 
 陽平ママが椹木さんの家に来て、俺とのことをぶちまけた日のことを思い出し、頭が痛くなる。
 あのとき、テーブルには資料が撒かれていた。――忌々しい、音声も。
 俺を陽平と結婚させるために、かなり悪意があるようにまとめられたに違いないそれを……この人は見せられたんだっけ。
 逃げ出したい気持ちが、足下から這い上がってきて、震えた。
 
「晶くん?」
 
 穏やかな声にハッとして、目を逸らす。
 
「……あの時のこと、すみませんでした。使用人の皆さんの前で、恥をかかせて……」
 
 ズキズキと痛む傷に堪えるため、歯を食いしばり謝罪する。
 婚約者の不貞の証拠をばらまかれ、嫌な思いをしただろう。――例え、俺がいっさい望んだことじゃなくとも……彼からしたら、屈辱でしかないことは弁えているつもりだった。
 
 ――『このアバズレ! 地獄に落ちなさいよ!』
 
 陽平ママの哄笑や、使用人の驚愕……泣き叫んだ自分の声が鼓膜の奥に反響する。痛みを飲みこんだ謝罪は、生傷に爪を立てられているようだった。
 信じていた人に裏切られるのは、きつい。
 だから、もう期待なんかしたくない。 
 ぎり、と膝の上のナフキンに爪を立てると、「晶くん」と呼ばれる。
 困ったような声に、そろそろと顔を上げると、椹木さんが俺を見つめている。
 
「顔をあげて下さい。あの時のことは、私も申し訳ありませんでした」
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。