いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第六章~鳥籠の愛~

四百十三話【SIDE:陽平】

 午前の講義を終え、構内をぶらついた。今から来たらしい奴や、昼メシを求めてうろつく奴で、混雑する廊下を行く。
 
「あ……城山」
 
 棟の玄関に差し掛かったとき、思わず漏れた、といった風な声が聞こえた。
 そちらを振りむけば、岩瀬と渡辺が連れ立っている。手に食堂の弁当を持って、エレベータを待っているらしかった。
 目が合った途端、険しかった岩瀬たちの顔は、驚愕に塗り替えられる。
  
「……ッ、行こうぜ」
 
 気まずげに視線を逸らし、ちょうど降りてきたエレベーターに逃げるように乗り込んでいく。
 「意味わかんねえ」と思ったが、追いかけて確かめる程の気持ちでもない。
 
「……」
 
 それよりも、胸に過るのは……あいつらが向かっているだろう場所だった。
 岩瀬と渡辺の所属ゼミの演習室は、この棟の上階にある。そこで、散々に成己を傷つけたことを思い出していた。
 一方的な言い分を押し付けて、あいつを無視していた俺と、それでも話そうとして来てくれたのに。俺はちゃんと話もしないで、あいつを突き放して――
 
「……はは。まるで逆だな……」
 
 自嘲の笑みに、唇が歪む。
 あの時どころか――今までは、成己が追いかけて来てくれた。喧嘩をするたびに、歩み寄ってくれるのはあいつだった。許してくれるのも、機嫌を直してくれるのも……いつも、あいつからだった。
 
――『陽平、ちゃんと話そう? ぼく、陽平と話せへんの寂しいよ』
 
 だからか……俺はどうやって、お前に詫びたらいいか分からねえ。謝らないといけないことも、伝えたいことも山ほどあるのに。「何をしても迷惑になるんじゃないか」とか、色々と思って動けない。
 
 ――情けない。城山のアルファともあろうものが……
 
 自分と言う存在が、外から圧縮されていくような閉塞感が襲う。
 成己と一緒に居た頃、俺は自分が強い気でいた。だから、幼い頃はどうにも出来なかった晶のことも、助けてやれると思った。――だが、その結果はどうだ。
 結局、俺は何も出来はしなかったんだ。

「……っ」

 ビニル傘の柄を、きつく握りしめた時だった。
 
「陽平……?」
 
 聞きなれた声に、名を呼ばれる。
 弾かれたように顔を上げれば、茫然とこちらを見ている晶と目が合った。
 



「晶……」
 
 艶のある黒髪が、蛍光灯の下で輝いている。顔を会わすのは、ずい分久しぶりだったが、記憶にある姿より元気そうに見えた。
 そこまで考えて、ハッとする。最後に、蓑崎邸で顔を合わせた時、危ないことになりそうだったのを思い出した。
 
 ――一緒に居るのは不味い。
 
 けど、俺が身を翻すより、晶の方が早かった。
 
「陽平っ!」
 
 悲痛な声で叫ぶと、駆け寄ってくる。
 
「どうしたんだよ、そんなに痩せて……どっか悪いのかよ!」
「は?」
 
 白い手がこちらに伸ばされ、思わず一歩後じさる。中空でぴたりと止まった手に、「また激昂されるか」と身構えたが、晶は自嘲の笑みを浮かべたのみだった。
 
「……ただ、心配しただけだっての。そんな身構えんなよな」
「……」
 
 ひらりと手を振って、肩を竦めている。予想外に落ち着いた対応に、正直驚いてしまう。
 
 ――この前、めちゃくちゃキレてたってのに。一体、何があったんだ……?
 
 訝しく思っていると、晶は普通に話しかけてくる。
 
「ずい分、やつれちまって……どうしたんだよ? メシも食ってねえのか?」
「別に……なんてことねえよ」
 
 成己のことを引きずっているからなどと、言えるわけもない……言う必要もないと感じる。俺は、晶のことがあったから成己と別れたんだから。
 
 ――頼むから、放っておいてくれ。
 
 晶の顔を見ると、自分の愚かさをまざまざ突きつけられているようで、キツイ。振り切るように、俺は雨の中に飛び出した。
 土砂降りだった。すぐに、着ていたパーカーに雨粒がしみていく。
 
「陽平……!」
 
 俺の背を、晶の声が追ってくる。振り返ると、建物の中に立ち尽くしているのが見えた。
 
 ――『陽平……!』
 
 店を飛び出してきて、抱き留めてくれた成己を思う。あいつはずぶ濡れになって、ムカついているだろう俺のことを心配してくれた。
 
 ――本当に、俺は何を……何をしてた!
 
 たまらない気持ちがこみ上げ、俺は雨の中を駆ける。
 頭に浮かぶのは、成己の顔しかなかった。
 
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