いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第六章~鳥籠の愛~

四百十七話

 それから、ぼくと宏ちゃんは少し眠った。昨夜も遅かったのに、たくさん抱き合ったから、流石に起きられなくて。二人でぐっすり眠りこんでしまったん。
 起きたらとっくに夕方になっちゃってて、二人で顔を見合わせちゃった。
 
「ごめんなあ、豪華ディナーの予定だったんだが……」
「ううん、まだ雨も降ってるし。ぼく、宏ちゃんのおうどん大好きっ」
 
 夕飯のおうどんを食べながら、宏ちゃんが苦笑する。ぼくは手を合わせて、にっこりした。
 ペコペコのお腹に優しいお出汁がしみて、本当に美味しい。桃色の猫のどんぶりを持ち上げて、おつゆをひとくち含む。

――はあ、あったかい……

 おうどんの熱を通した器が、手のひらをほんわりと温もらせる。
 
「宏ちゃんと一緒にたくさん寝て、美味しいもの食べて。ぼく、幸せ……」
 
 甘く煮られたおあげに食いついていると、すでに箸をおいた宏ちゃんが笑う。
 
「そっか。まあ……これはこれで、贅沢な休日かな」
「ねっ。いいよね」
 
 うんうん、と頷く。
 お風呂に入って、夕方からすっかりパジャマに着替えてしまうのも、なんだか楽しいし。
 お出かけも嬉しいけど、おうちで二人がいちばん嬉しいから。
 ぼくはお箸を止め、頬杖をついている宏ちゃんを窺った。すぐに気づいて、やわらかく笑んでくれる。
 
「どうした? おかわりするか」
「ううんっ。もうお腹いっぱいです」
 
 慌てて頭を振れば、「そうか」と首をかしげている。
 灰色がかった瞳の奥は、和やかやった。

 ――宏ちゃん、またいつも通りになってる。

 ゆっくり眠ったから、でしょうか。じーっと見つめていると、宏ちゃんが笑い声を漏らす。 

「でっかい目して、どした? 可愛いぞ」
「な――可愛くないですっ!」
 
 すぐからかうんやからっ。
 ふい、と顔を背けると、「悪い悪い」と髪を撫でられる。優しい手つきにつられて振り返ると、楽しそうなほほ笑みがあった。
  
 ――ううん……やっぱり、内緒かなあ。
 
 寂しくないって言ったら、ウソになる。
 でも、無理に「話して」って言っても、仕方ない気がするん。――閉ざされた戸を無理にこじ開けても、痛むだけなんやないかって思うから。 
 
 ――ぼくは怒っても、疑ってもない。ただ、宏ちゃんが辛くないか、心配なだけなんやもん。
 
 だから――せめて、いまは一緒にいられたらいいなって、思う。ここに来たばかりの頃、何も聞かずに側に居てくれた宏ちゃんに、ぼくはたくさん救ってもらったから。
 そう心に決め、穏やかな瞳に笑い返した。
 
「この際だから、とっときのお酒でもあけようか? ジュースで薄めたら、成も飲めるだろ」
「わあ、いいの?」
 
 眩しい晴天じゃなくても――暗い雨の日にしか、出来ない楽しみがあるみたいに。
 
 


 
 翌日になると、雨は上がっていた。
 ぼくは店先をお掃除して、うんと伸びをする。
 
「うーん。いいお天気で気持ちいい……ねっ、宏ちゃん」
「はは。そうだな」
 
 お店に戻ると、グラスを拭く宏ちゃんの笑顔が眩しい。たくさん飲んでいたのに、背筋がしゃんとしてる。流石大人や。

 ――でも、宏ちゃん、何でハイネックなんやろ。目の下にクマも出来てるし……

 首を捻っていると、宏ちゃんはおほんと咳払いをする。
 
「あー……成、二日酔いは大丈夫か?」
「うんっ、何ともないよ。ぼく、もしかしたらお酒強いんかも」
 
 心配してくれる夫に、ピースサインをつくる。ぼくね、宏ちゃんの家に来てから、初めてお酒を飲んだんやけど。
 次の日、二日酔いになったりせえへんタイプみたい。
 
 ――ただ、すぐに寝ちゃうのか……あんまり、記憶ないんやけどね。
 
 でも、すぐ寝ちゃうのは良いお酒や、って涼子先生も言ってたし。いける口じゃなくても、宏ちゃんと晩酌できればいいかなぁって思ったりして。
 頬をかいて照れ笑いしていると、宏ちゃんはくすりと笑う。

「俺も楽しかったよ……色々とな」
「ほんま?」

 嬉しくなって身を乗り出すと、頭を撫でてくれる。

「うん。……まったく、沈黙は金だよな」
「?」

 宏ちゃんは、喉を鳴らして笑う。上機嫌の理由は解らないけれど、嬉しそうだからオッケーです。

「また飲もうな」

 ぎゅっと抱きしめられると、ふわりと芳しい香りが鼻腔をくすぐる。
 あんなにグラスをあけていたのに、宏ちゃんからはお酒の匂いがしない。
 陽平とは違う。
 ふと雨ざらしになっていた頼りない目が浮かんで、慌てて打ち消した。

「はい。宏ちゃん」

 ぼくは笑って、頷いた。……言えないから、聞かないんじゃないよね。
 好きだから、言えないことがあるんやもん。
 
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