いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
420 / 505
第六章~鳥籠の愛~

四百十九話

 
「でも、ちょっと照れくさいんだよな」
 
 店じまいをしながら、宏ちゃんが言う。メニューをアルコールで拭きながら、きょとんとしてしまう。
 
「なにが?」
「目の前でさ、あんまり俺のことをべた褒めされてると……」
 
 そう言って、曇り一つないコップをとんと置く。宏ちゃんの切れ長の目元が、赤く染まっているのを見て、ぼくは思わず噴き出した。
 桜庭先生ったら、照れやさんなんやから!
 
「先生、ごめんねぇ。大好きな先生に直接、好きを伝えられて嬉しいんよ」
「いや、俺も嬉しいよ! ただ、にやけちまって仕方ないからさあ。杉田さんに、「店長、顔赤いけどトイレでも我慢してるのかい?」なんつわれちまって」
「あははっ。杉田さんてば……!」
 
 涙をふきふき笑っていると、宏ちゃんが眉をへにゃんと下げる。大きいクマみたいな宏ちゃんやけど、そんな顔は子犬さんみたいで可愛い。
 
 ――いけない、からかいすぎちゃった……!
 
 ぼくはくすくすと笑いをこぼしながら、カウンターに歩み入る。照れ屋の旦那さまの袖を、ちょんと摘まんだ。
 
「宏ちゃん、宏ちゃん。ぼくね、宏ちゃんが大好きなん。やから、みんなに褒められると嬉しいんよ。ずっと聞いてたいくらい……」
「ぐっ……」
 
 じっと見上げると、宏ちゃんが低く唸る。「ああ、もう」と唸るように言い、布巾をぽいと放り出した。
 目の前で長い腕が開き、がばりと抱きしめられてしまう。
 
「ひゃっ?」
「お前って子は~。そんな可愛いこと言って、俺をどうするつもりなんだ?」
「やぁ、どうもしませんて……あっ、シャッター下ろしてないから、キスしちゃダメっ」
 
 ふざけて迫ってくる唇を手のひらで押し返しつつ……ぼくは、笑いが止まらなくなる。
 背中を抱く腕が、いつも側にある温もりが愛おしかった。
 
 ――大好き、宏ちゃん。
 
 ぼくがもし……宏ちゃんと離れ離れになったら、きっと、どうして良いか分からへんくなる。考えるだけでも怖くなるくらい……今が幸せやから。
 
「はい、取った!」
「ああっ」
 
 両手を取られ、彼の首に導かれる。ぼくは笑って、観念した。
 
「成。好きだよ」
「ぼくも、大好きっ」
 
 
 


 
 良く晴れた日の午後――やわらかな陽光がビルの窓ガラスに反射している。
 今日は、フラワーアレンジメントの教室の日やった。軽い足取りで、建物に入ろうとしたところで、電話を受けたん。
 
「えっ、今日はお休みなんですか?」
『そうなの、そうなの。先生がどうしても来れなくなっちゃったそうでさあ。ごめんね、もっと早くに連絡出来たら良かったんだけど、ぼくもちょっと立て込んでて……』
 
 受話器の向こうで、お義母さんが申し訳なさそうに言わはった。ぼくは、見えないと知りつつも頭をぺこぺこ下げてしまう。
 
「そんな、気にせんといてくださいっ。次回、楽しみに待ってます」
『そお? 本当にごめんねえ』
 
 通話が切れて、ぼくはスマホを胸に抱いた。爽やかな風が、そわりと吹き抜けていく。
 
「さて……急に予定が無くなってしまいました」
 
 今日は、ここまで宏ちゃんに送って来て貰ったんよ。
 ちょうど街の方でお仕事があるから、終わったら合流しようって。宏ちゃんの車を見送ったのが、ついさっきだったりします。

「どうしよう~」

 お教室が無くなったと知ったら、気遣って迎えにきてしまいそうなので、いま伝えるのはナシとして。
 うんうん悩んでいると……ちりんちりん、と可愛いベルの音がする。
 見れば、前の通りに可愛らしいパン屋さんがある。ドアが開いた拍子に、香ばしい小麦の香りが漂ってきた。

「わあ……いい香り」
  
 そういえば、前から通りがかるたび、美味しそうなパン屋さんやなあって、気になってたん。ショーウィンドウに引き寄せられるよう近づけば、まん丸くてつやつやした焼き目のパンが積まれてるのが見えた。
 ごくりと喉が鳴る。
 
「このあんぱん、宏ちゃんも好きそう。こっそり買っておいて、おやつにお茶と一緒に出したりして……ふふ」

 「センター認証店」と表札が出てるのも発見し、ぱっと笑顔になってしまう。

 ――さきに、お家に帰るとして。いいお天気やし、バスの時間までこの辺りを散策するのも楽しそうかも!
 
 そう決めてしまうと、少しわくわくしてきた。 
 お財布を確認して、いざ中に入ろうとすると……内側からドアが開く。
 
「あっ、すみません」
「いえ、こちらこそ――」
 
 ちょうど出てきはったお客さんと、お見合いになる。慌ててわきによけると、相手の女性が怪訝そうな声を上げた。 
 
「成己さん?」
「え……あっ」
 
 大きなバゲットの袋を抱えて立っていたのは、城山さんやった。
 
 
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。