いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第六章~鳥籠の愛~

四百二十話

 ――何で、こんなことになったのでしょう。
 
 数分後――ぼくは近くの喫茶店で、陽平のお母さんと向き合っていた。
 予想外の出来事すぎて、どうしよう。落ち着いたインテリアのそのお店は、とても素敵やったけれど、ちっとも憩える気がしません。
 パン屋さんの前でお会いしてすぐに、「話がある」って、お茶にお誘いいただいたんよ。もちろん、遠慮しようとしたんやけど、
 
『あの、せっかくのお心遣いですが……』
『城山夫人の誘いを断る気なの? もう家族じゃないのだから、立場を弁えなさい』
 
 と、ぴしゃりと叱られてしまったん。
 
 ――でも、もと義理のお母さんとお茶やなんて、何をどうすればいいのか分からへんよ~。
 
 内心で苦悶していると、城山さんが言う。
 
「どうしたの? お茶は冷める前に飲みなさい」
「あっ、はい。ありがとうございます」
 
 尖った声で促され、思わず背筋が伸びる。「頂きます」と、城山さんがとってくれたダージリンティに手を伸ばした。……とても良い香りのお茶で、この状況じゃなければ、うっとりと心を落ち着かせてくれたに違いなかった。
 空色のティーカップを恐々と手におさめ、正面の城山さんを窺う。
 
 ――一体、どのようなご用向きやろうか……?
 
 カップ越しに見る城山さんは、以前お会いした時よりはご加減も良さそうに見えたけれど。
 それにしても、城山さんにお茶に誘われるなんて、陽平との婚約中もほとんど無かったのに。
 すると、城山さんは茶器を置いた。
 
「……相変わらずみたいね、成己さん」
「えっ」
 
 ぼくは目を瞬く。城山さんは柳眉を顰め、長い指に髪を巻きつけながら、言う。
 
「いちいち人の気を窺う子って、私好きじゃないのよ。堂々としてなくて、いじましいったらないわ。センターの子って大体そうね」
「は、はぁ……申し訳ないです」
「ふん」
 
 い、いきなり、ダメ出しを貰っちゃってる。内心で衝撃を受けつつ、大人しく頷くと、城山さんは鼻を鳴らした。
 
「まあ、いいわ。私も暇じゃないから、本題を言う。――陽平ちゃんに、会ってあげて欲しいの」
「……え?」
 
 思わず、聞き返してしまう。
 城山さんは、真剣な表情で言葉を続けはった。
 
「陽平ちゃんね。あなたが出て行ってから、すごく落ち込んでるの。ご飯もほとんど食べられなくて、眠れてもいないみたいだし……見ていられないくらいなのよ?」
 
 陽平に似た紅茶色の瞳が、目の前で潤んだ。
 言葉に詰まるぼくに、城山さんは切々と訴える。――ぼくが、あのマンションを出て行ったあとの話を。陽平が、ずっとお酒を飲んで、大学にも行けていなかったこと。実家で療養することになってからも、酷い熱を出し、魘されていたこと……
 
「そうだったんですか……」
 
 ぼくは、少なからずショックを受けた。たしかに――陽平は俺様なのに、繊細なところがあって。でも、そういう脆い部分をひとに見せたがらないやつやったから。
 
 ――『大切なオメガを失って、お前に助けを求めに来たってとこだろう』
 
 宏ちゃんの言っていたことが、甦る。蓑崎さんに失恋したことが、それほど痛手やったなんて……。
 黙り込んでしまうと、城山さんは身を乗り出した。
 
「陽平ちゃんは、本当に傷ついてるの。だって、晶ちゃんを助けたかっただけなのよ!? 責任感が強い子だから、不幸なオメガを放ってはおけなかったの。すすんで不貞をするような子じゃないって、あなたも解るでしょう?」
「……それは」
「だから、陽平ちゃんに会って頂戴。そうして、側に居て励ましてあげて……あなたには、その責任があるはずだわ!」
 
 華奢な手に、しっかりと手を取られる。緊張のせいか、氷のように冷たい肌の感触がした。
 
 ――お義母さん……本当に、陽平を想ってはるんや。
 
 ぼくは、悲しい気持ちになって俯いた。
 城山さんの陽平を想う気持ちが伝わってきて、胸が痛かったん。それでも――ぼくがそっと手を抜くと、城山さんは目を瞠る。
 
「ごめんなさい」
 
 頭を下げてから、紅茶色の瞳を見返した。
 
 
 
 
 
 
「ぼくは、この前もお伝えしましたように……陽平さんに会うつもりはありません」
「……っ!?」
 
 驚愕に彩られる城山さんの顔……あいつによく似た顔を、悲しい気持ちでじっと見つめた。この人を、お義母さんと呼んでいたときもあったことを、ふと思い出す。
 
 ――でも、もう過去のこと……ぼくの家族は、宏ちゃんやから。
 
 迷いなく、そう思っている。だから、
 
「陽平さんには会いません。宏章さんを心配させたくないんです。それに……ぼくでは、お役に立てないと思いますから」
「……どういうこと」
「陽平さんに振られたのは、ぼくの方です。ぼくじゃ、駄目やと思います。……きっと、慰めて欲しい人は、別にいるんですよ」
 
 城山さんは、きっと勘違いしてはるんや。
 陽平が落ち込んでいるのは、蓑崎さんに失恋したからやのに。――ぼくは、なにも関係ない。
 そう言って、頭を下げた時……ぱしゃんと冷たいものが浴びせられる。
 
「!」
 
 驚いて顔を上げると、城山さんが怒りの形相でコップを握りしめていた。――ぽたぽた、と髪や顎から雫が伝い落ち、水をかけられたって気づく。
 
「ふざけないで――!」
 
 城山さんは、ゆらりと立ち上がる。
 紅茶色の目が涙をたたえ、火のように揺らめいていた。あまりの迫力に、ぼくはギクリとする。
 
「あなたじゃないと駄目なのよ。あなた、陽平ちゃんの側に居て、わからなかったのっ!?」  
「……城山さ、」
「一人で、さっさと結婚なんかしてっ! 幸せになったからって、私の息子は用済みってわけ? 陽平ちゃんを捨てるなんて、絶対に許さないからね……!」
 
 彼女は叫ぶと、バッグを引っ掴んだ。そのまま、足早に喫茶店を飛び出して行ってしまう。
 カツカツとヒールで床を打ち鳴らす音が遠ざかっていく。
 
「え……?」
 
 ぼくは、茫然と目を見ひらいていた。
 
「ど、どういうこと……なんで?」
 
 わけが解らず、混乱する。

 ぼくが、陽平を捨てる?

 蓑崎さんを選んで……冷たく家を追い出したのは、陽平なのに。どうして、ぼくが陽平を捨てるなんてことが、出来るんだろう?
 
 ――『成己、俺は……!』
 
 雨の中に、立ち尽くしていた陽平が、ふと甦る。……必死の形相で、手を伸ばされたことも。
 ぼくが理由も聞かずに追い返したから、あかんの?
 
「だって……宏ちゃんのお家を壊して……蓑崎さんのこと、ぼくに頼ろうとしたんや。ぼくは、陽平と関係ないんやもん……!」
 
 ぎゅっと手を握りしめ、頭を振る。
 
 ――どうして、ぼくが悪いの……!? 
 
 自分一人の温もりだけでは心もとなくて、猛烈に宏ちゃんの顔が見たくなる。ぼくは深く息を吐き、涙を堪えた。
 
「ぼくがいらないから、陽平は捨てたんやんか。……本当に大切やったら、捨てるはずないんやからっ」
 
 目をきつく瞑ると、赤い血の色が透けて見える。夕焼けの空に似ていて、胸がずきずきと疼きだす。
 早く家に帰れ、と急かされているような悲しい赤色に耐え切れず、目を開いた。
 
 ――ひろにいちゃんっ……!
 
 ぼくは勢いよく立ち上がると、お会計を済ませてお店を出た。
 向かい風に逆らい、歩きながら――センターに電話を掛ける。送迎の車を頼んだ。すぐに、家に帰りたくて、たまらない。
 
 ――宏ちゃん、すぐに会いたい……
 
 はやく宏ちゃんに会わないと、また迷子になりそうな気がしていた。
 
 
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