いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百二十三話

「宏ちゃんっ」
 
 ぼくは、夫のもとにぱたぱたと駆け寄った。宏ちゃんのエプロンから、揚げ物の香ばしいにおいがする。
 
「コロッケが揚がったから、呼びに来たんだ。タイミング良かったか?」
「嬉しい……! ごめんね、任せっきりで」
「いいよ、いいよ」
「でもっ」

 言い募ろうとしたとき、おなかがぐうと鳴る。現金すぎる自分の胃袋に真っ赤になってると、宏ちゃんが声をあげて笑った。
 
「あはは。こっちは素直だな」
「うっ。つい興奮しちゃって、お腹が減って……」
 
 指をもじもじしていると、宏ちゃんは「飯にしようか」って、ぼくの肩を抱きよせた。
 
 
 
 きつね色のコロッケにお箸を入れると、さくっと軽い音がたつ。揚げ物って、音まで美味しいのは何でやろう。ぼくは、わくわくしながら熱々のところを少し切りとって、口に運んだ。
 
「うう、おいしぃ……!」
 
 さくさくの衣と甘く煮られたお芋が、口のなかでダンスしちゃってますっ。すごく熱いのに、頬張るのがやめられへん。はふはふと湯気を吐く口を手で押えつつ、夢中で味わっていると宏ちゃんが笑う。
 
「かーわいい。顔が真っ赤んなってる」
「はっ……つ、つい美味しくて」
 
 甘い声でからかわれて、頬がますます上気する。
 
 ――が、がっついてるって思われちゃったかな。はずかしい……!
 
 今さらやけど、澄まし顔でしずしずとお味噌汁を飲むと、ますます微笑ましそうに見つめられてしまう。ぼくは、パッとお椀の陰に隠れて、訴えた。
 
「宏ちゃん、そんなに見んといてっ」
「えー。せっかく可愛いのに」
 
 宏ちゃんは笑いながら、ごはんの最後のひとくちを口に入れた。いつもの通り、箸をおいてごちそう様をしてる。……コロッケ、熱くなかったのかな? とちょっと心配になる速さだ。
 宏ちゃんは、「それにしても」と言う。
 
「新薬には驚いたよな。椹木製薬は以前から、全てのオメガに効く抑制剤を作りたいと言っていたが……こんなに早く出来るとは」
「あっ……ほんまやねぇ。綾人とも、びっくりやなあって話してたんよ」
「だよなあ。貴彦さんと対談したときに、なんか「良い報告ができるかも」って言われたんだが……これのことだったんだな」
 
 なんと、宏ちゃんにも予兆があったなんて。ぼくも、少し前に椹木さんとセンターでお会いしたとを伝えると、宏ちゃんは思案気に顎を撫でている。
 
「そうか、中谷先生と――じゃあ、実用化はもうすぐだろうな」
「そうやんね! ほんまに、いいニュースやわ……はやく、困ってた人達に届いてほしいな」
 
 両手を合わせて夢想していると……宏ちゃんは頬杖を外して、テーブルに軽く凭れていた体を起こした。
 
「成は、どうしたい?」
「え?」

 真剣な眼差しに、目を瞬く。
 
「新しい抑制剤、俺は一応持っていた方がいいと思うんだが。最初は、数がでないだろうし……今は必要なくても、手元にあった方が安心かな、と」
「宏ちゃん……!」
 
 ぼくは、喜びに頬が赤らんだ。
 ファーストヒートが失敗した十四歳からずっと、ぼくは一度も咲けずにいた。
 子宮が未熟やったので、調整のために色々なお薬を合わせてもらって……それで、いくつか耐性が出来てしまってる抑制剤もあるんよ。

 ――宏ちゃんには、結婚するときに、いろいろと聞いてもらったん。ぼくの身体的な事情も……

 そっと下腹に手を当てた。話したときは、未熟なオメガである自分が居たたまれなくて、宏ちゃんがどう思ってるのかは、あえて気にしないようにしてた。
 でも――ずっと心配してくれてたんやね。
 感激で、じわりと視界が滲む。
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