いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百二十四話

「ありがとう、宏ちゃん」
 
 目尻を拭いながら言うと、宏ちゃんはほほ笑んだ。
 うずうずと触れたくなって、両手を伸ばせば、大きな手に握り返される。……とってもあたたかい。
 
「えっとね。ぼく、抑制剤のことは大丈夫です」
「そうか? 遠慮しなくてもいいんだぞ」
「大丈夫。ぼく、いまは抑制剤をやめてるし。とうぶん、飲む予定もないし……」
 
 心配そうな宏ちゃんに、にっこりとほほ笑んで見せる。
 ぼくは、やっと咲くことが出来た。次のヒートを心待ちにしていて……一緒に、待ってくれてる宏ちゃんがいてくれる。

「やから、抑制剤は本当に必要で、待っている人に届いてほしいと思うんよ」

 そう伝えると、宏ちゃんは僅かに目を瞠り――微笑した。
 
「そっか……成はいい子だな」
「そんなことないよっ。宏ちゃん、心配してくれてありがとうね」
「当たり前だろ。大切なお前のことなんだから」
「……!」
 
 ぎゅっ、と握られた手に力がこもる。肌がくすぐったくなるほどの優しい眼差しに見つめられ……ぼくは、もじもじしてしまった。
 
 ――そうだ……! これは言い出すチャンスなのでは……?!
 
 はっ、と閃いた。
 この前、咲けてから……ずっと言いたかったことがあるん。

 宏ちゃんと番になりたい、って。

 宏ちゃんも、ぼくのヒートを待ってくれているから……たぶん、そのつもりでいてくれてると思うんやけど。まだ、しっかりと心を確かめたわけじゃなかった。
 一度だけでいい。ぼくが彼のパートナーで良いか、言葉をもらって安心したい。

 ――だって……番になったら、二度とはなれずに済むんやもん。

 命ある限り離れることがない、唯一の絆。それを宏ちゃんと結べたら、もう何も怖くない……!
 城山さんの怒った顔が、迷子のような陽平の目に変わり――今ここに戻ってくる。ぼくはごくりと唾を飲み、夫の灰色の瞳を窺う。
 
「えと……そ、それにね。ぼく、子どもが出来るまでは、抑制剤は飲まんとこっかなあって思ってるんやけどっ」
「ん?」

 早口でまくしたてると、宏ちゃんは不思議そうに首をかしげる。焦って、頬がかっかしてきた。
 
「あの、えっと――宏ちゃんと番になったら、あんまり飲む必要も、ないんやし……」
 
 ……どうやろう。なにげない世間話みたいに、ほがらかに訊けたやろうか?
 ぼくはドキドキしながら、宏ちゃんの反応を待った。

 ――なにか、何か言ってください……!

 しーん……と、長い沈黙が続く。
 ぼくは耐え切れずに、そろそろと視線を上げて宏ちゃんを窺う。そして、「えっ」と叫んだ。

「ひ、宏ちゃん!?」

 宏ちゃんは、石みたいにかちこちに固まっていた。
 なのに、浅黒い肌が上気して真っ赤になってる。瞠られた目は、瞬きすら忘れてるかのようで、ぎょっとしてしまう。ぼくは慌てて、大きな岩となった夫に駆け寄った。

「ど、どうしたのー? おーいっ!」
「――はっ!」

 がくがくと肩を揺すぶると、稲妻にうたれたみたいに大きな体が震えた。

「宏ちゃん、どうかしたの?」
「……俺は、ほんとに……」

 宏ちゃんは答えず、口の中でちいさく何事か呟いた。額を大きな手で覆って、ふるふると頭を振っている。記憶を失ったみたいにぼんやりした様子に、ぼくは不安になった。

「あのう……」
 
 こわごわ声をかけると、宏ちゃんが勢いよく振り返る。凛々しい眉が、苦しそうに顰められている。

「成……すまなかった」
「えっ」

 突然の謝罪に目を見ひらく。
 問い返す前に、ぐいっと腕を引かれ、抱きしめられてしまう。噎せるほどの森の木々の香りが鼻腔を抜けてゆき、くらりとする。

「俺は、お前のことを大切に思ってるよ」
「宏ちゃん……?」

 ぎゅ、と強く抱きしめられて呆然とする。

 ――ご、ごめんって……どういうこと? まだ、だめってこと……?

 大きな手に頭を撫でられて……いつもなら安心できるのに、泣きたくなった。重ねて聞くのはしつこい気がして、言葉にするのをためらってしまう。
 
 ――ぼくの馬鹿。もっとはっきり聞けばよかった……!

 そうか、もっと遠回しにするとか。中途半端なかけひきをするからやっ!
 広い肩に頬を埋めて、ううと唸った。

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